あしながビジネスマン

野兎症候群

文字の大きさ
7 / 10
Case 3 鳥かごの外

Case3 鳥かごの外 前編

しおりを挟む
 今日の面接は珍しく高校生だった。名前は飛田哲平。童顔と落ち着きのない様子から、まだ少年のような印象を受けるが今は高校二年生だという。今日は両親の旅行についてきて、観光するといって途中で別れてきたらしい。C氏が担当する今日の面接者は彼しかいないからゆっくりと話を聞くことができる。とはいえ今回は珍しくタイムリミットは少年のほうにあるようだった。
 C氏は珈琲をすすり、少年に今日の面接の説明をいつも以上の時間をかけて説明した。少年の頭を冷やすためだろう。落ち着いた口調と砕けた言葉遣いで少年の緊張を解いていく。少年は運ばれてきたカフェオレを飲んでやっと息をついた様子になった。

「それじゃあ、そろそろ面接を始めようか。まあさっきも言ったように面接といっても世間一般の採用面接とは違う。君の素直な考えややりたいこと、そのためのお金の使い方を聞きたい。特に君の場合は申込額が結構大きいからね。それだけの奨学金を何に使うつもりなのか、そこらへんもクリアに話してくれるとありがたい」
「はい、大丈夫・・・だと思います」
「じゃあ、まずは奨学金を何に使うつもりなのかを教えてもらえるかな?」

 俺は高校を卒業したら海外の大学に進学したいと思っています。短期の留学と違って四年制の海外大学に通うことになり、学費に加えて衣食住を自分で調達しなければならないうえ、家族からの仕送りが期待できないため、一番お金をもらえる奨学金に応募しました。
 俺が海外の大学に行きたいと思ったのは、別に日本が嫌だとか、両親から離れたいとかいうわけじゃないんです。英語も人並み程度にしかできません。ただ、同級生たちのように普通に高校を卒業して、普通に日本の大学に行く、そんな敷かれたレールを走るような人生っていうのは、俺は何となく【おかしい】って思うんです。自分で選んだつもりになっているだけなんじゃないか、選択肢を与えられているつもりになってるんじゃないかって。だから、一度日本を離れて勉強しようと考えました。
 お袋も親父も「おまえは頭がいいんだから東京の大学に行け」って言って俺の話を聞いてくれません。もちろん留学資金を出してくれるつもりもないって言われました。なんだか愚痴みたいですね。すみません。続けます。
 これまで俺は地元の田舎町の中では人よりもいろんなことが器用にできるっておだてられて生きてきました。物覚えもそんなに悪いほうじゃありませんでした。だから柄じゃないと思うかもしれませんけど、典型的な優等生みたいに、これまで生きてきました。小学生時代の友達からも「おめーは東京で活躍するんだろ」なんて最近よく言われます。それが優等生にとって一番いい道みたいに。高校一年まではそんなものなのだと思っていました。
 高校一年のとき、ニールとの出会いがきっかけで海外の大学進学を考えるようになりました。
 ニールと初めて出会ったのは学校主催で行われた講演会でした。俺の学校に日本語が得意なアメリカの教授が講演に来たんです。講演の内容はさっぱり覚えていませんが、ニールはそのとき教授と一緒に日本に来た彼の研究室の院生でした。昼休みにたまたま食堂で一緒になったからごはんを食べたんです。彼は日本語が上手だったので会話には困りませんでした。
 ニールはフィリピン人の母親と日本人の父親をもつハーフで、大学からはアメリカに渡って他の学生とシェアハウスしながら生活していると言っていました。高校生まではずっとドイツで暮らしていたらしいです。日本でしか生活したことのない俺は自分の生まれ育った場所とは違う国の大学や企業に行くことについてまるでイメージが持てませんでしたが、楽しそうにしゃべるニールを見るとそれも良い選択の一つなのかもしれないと思いました。
 俺はニールに「ニールはなんで生まれ育った国を離れて海外の大学に進学したの?」って聞いたら、彼は何でもないことのように「そりゃあ、哲平、ドイツよりもアメリカのほうが色々でっかいことができそうだからだよ!それにドイツにはいつでも帰れるしね」って言って笑われました。ニールは宇宙物理学を専攻してて、NASAと共同で宇宙の構造を研究をしていると言っていました。ドイツの大学ではできないからとも言っていました。
 俺はそれから日本の大学に進学することがいいことなのか考えるようになりました。

「なるほどね。君とニールとの出会いはすごくいい影響を君に与えたようだね。君の言うように日本の大学に当たり前のように進学することは必ずしもいいことじゃない、と私も思う。そのことに気が付いて在学中に短期留学する学生もいる。でも大多数の学生は特に考えもせず日本で有名な大学を受験していく。学生だけじゃない。親も教師も誰もかれも日本の大学進学しか頭にない。これは何とも不思議なことだね。とは言っても私は日本の大学を卒業しているがね」
「Cさんはどうして日本の大学に行こうと思ったんですか?」
「ふふ。笑わないでくれよ。私はね、高校生のとき好きな女性がいたんだ。そしてその女性を追いかけて同じ大学に入ったんだ。君のように【何か】を悩む暇もなくね。哲平君みたいにいい目的意識がある若者に対してこういう話をするのは心苦しいし、恥ずかしくもあるけれど、紆余曲折を経て今私はここにいる。まあ、そういう人生もあるってことだ」
「はあ…。その女性とは?」
「うん?そうだね…、結婚はできなかった。でも、大学を卒業した今でも一緒に働いているよ。毎日が充実している。これはこれで悪くない道さ」
「なんか素敵でいいですね」
「ありがとう。話を戻そう。君の言うように、選択肢は与えられているようで、隠されている。目の前にあるのは使い古された簡単な選択ばかりだ。ニールとの出会いで君の中に芽生えた疑問は大学進学を控えた君に少なからず焦燥感を与えているようだ。だからこそ、行動を起こして私の奨学金に申し込んだんだろう?」
「はい!」
「君は常識にとらわれない自分なりの道を進みたい、選択肢にない答えを見つけていきたいという意気込みがあるようだ。未知への挑戦心あふれる非常にいい考え方だ。君の意志の力にかかれば多少の苦難や苦境なんてどうとでもなることのように思える。きっと、この面接も君の乗り越えるべき壁の一つなのだろうね」
「壁じゃありません。俺が選んでいく道のここがスタート地点なんです」
「いい答えだね。よし、じゃあ次の質問だ。哲平君が日本特有のおかしなレールから飛び出して海外の大学へ行きたいということはよくわかった。じゃあ次に、海外の大学で何をしたいのか、どんな学問を学んでいきたいのかについて教えてくれ」

 俺は化学工学を学びたいと思っています。化学工学っていう学問は日本ではほとんど知名度はありませんし、教えている大学もほとんどありませんが、実用的で面白い学問だと俺は思います。化学工学のこともニールに教えてもらいました。
 俺は化学が好きで化学反応で新しい物質ができるっていう現象が面白くて興味がありました。ニールにその話をしたら「じゃあ哲平は将来ケミカルエンジニア(化学工学者)になるといい」と言われました。簡単に化学工学について説明すると、化学反応を制御したり、効率的な反応装置を作ったり、安全な製造プロセスを計算・設計する学問です。原子炉の設計の際にも使われているそうです。化学というと研究ばかりが目につきますが、研究で開発されたものを量産するために化学工学は欠かせません。手を動かして、トライアンドエラーの中から実現可能な答えを導きだしていく、面白い学問です。
 さっきも言いましたが、日本では化学工学を学べる大学はとても少ないです。でも世界全体で見れば、学べる場所はたくさんあります。大きな学会がイギリスとアメリカにあって、どちらかの国の大学に行けば日本のトップ大学よりもいい場所があると考えました。最終的にアメリカに決めたのは、希望の大学がニールの大学だったからです。俺に道を示してくれたニールに会いたいとも思いましたし、彼の言ったようにでっかいことができるような予感を感じたからです。

「自分にとって一番いい場所を選んだ結果というわけだね。いいことだ。化学工学という学問については私も多少は知識があるよ。化学と付いているけど活躍の場は化学製品にとどまらず食品や医薬品、電子部品から原子力と極めて広い。産業の便利屋さんのような印象を私は持っているね。ここでもまた、ニールとの出会いが君を新しい世界に導いているようね。面白い。哲平君の出会いはうらやましく思うほど恵まれているよ。いい出会いは万金にも値する価値がある。私にもあった。それこそ今私がここに立っている理由といっていいほど、私にとって非常に大きな出会いだった。どんな出会いだったのか、それについてはまた今度話そう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

処理中です...