あしながビジネスマン

野兎症候群

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Case 3 鳥かごの外

Case3 鳥かごの外 後編

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「では、哲平君に質問だ。質問という言い方は少し不似合かもしれないな。聞きたいことは、例えば君がこの状況ならどうする?というたぐいの問いだ。素直に思うことを答えてほしい。いいかい?そうだな、哲平君の場合、将来的に外国に籍を置くこともあるだろう。そうなったときに直面するかもしれない問題について出題しようか。移民問題についてだ。
 知っているかもしれないが、アメリカは人口のおよそ三%が不法残留や不法入国の移民によって占められている。数にすると千二百万人ほどになる。もちろん彼らはアメリカ国籍を持っていない。国籍を持っていない人間がそれだけいる状況というのは何とも不思議なことだね。移民から始まったアメリカの歴史にも関係するところかもしれない。まあいい。
 移民の問題の一つには労働賃金の低下がある。移民は安価な労働力になってくれる。そのせいで仕事を追われるアメリカ人もいる。アメリカ国籍を持つ人間にとってみれば、移民は仕事を奪う天敵のようなものでそれが違法なものであるならなおさら許せないというのが自然な感情の流れだろう。
 しかし移民対応についてはアメリカ議会もうまく対応できていない、というのが私の印象だね。いろいろな人種がアメリカにはいるけれど、中南米からの移民であるヒスパニック系の人口はアメリカ国民の十五%にもなる。だから議会でもメキシコとかアメリカに国境で接する国から押し寄せてくる移民――最近では特に子供が多いらしいね――に対して「強制追放」とかいう政策はとれなくなってきているんだ。選挙に影響するからね。何とも汚い政治の世界の話だ。
 加えて国民感情も複雑だ。というのも不法滞在の移民だったとしても、彼らがアメリカで生んだ子供はアメリカ国籍を得ることになるからだ。不法滞在移民を両親に持つアメリカ人もたくさんいる。いろいろな思惑や事情が渦巻いているのが移民問題というわけだ。
 さて、哲平君には移民問題についての君の意見を聞きたいと思う。君は別にアメリカの選挙に出るわけでもないから八方美人なことを言う必要もない。現状の移民問題をどうすべきなのか、どうあるべきなのか、何でもいい。君の思うところを聞かせてほしいと思う」
「複雑な問題ですね。…少し時間をください」
「もちろんだとも」

 OKです。考えを大体まとめました。
 Cさんの話を聞く限り、移民問題についてはいろいろな側面があって対処が難しいことだということも分かりました。じゃあどうするのか?と考えた時に国ができる対応策は現状かなりやりつくされている感があって、それをどうこうしたところであまり大きな改善には繋がらないと俺は考えました。
 じゃあ、移民問題の現状改善のためにどうすべきなのかということになりますが…。結論として俺は、国の担っている役割の一部を企業に肩代わりしてもらうことを考えました。
 まずこの結論に至ったまでの経緯を説明します。
 移民問題というとずいぶん大雑把なくくりになってしまいますが、移民一人ひとりの考えに焦点を当ててみれば問題の本質が分ると俺は考えました。例えば、メキシコから国境を違法に超えてアメリカに渡る不法移民の人たちは治安や賃金の問題から、自分たちの国の環境では生きていけない、今の環境から抜け出していきたいという思いでそういう行為を行っていると俺は考えます。自分たちの力で解決できないことに対して外の世界に活路を求めての行動だと思います。不法だとしても、幸福を求める移民の人たちの行動を俺は批判できません。
 次に、彼らが新しい環境に求めるのは国籍というステータスです。例えば、アメリカ国家が守っている治安には価値がありますが、不法滞在ともなればそれは移民の脅威となります。だから彼らは社会的に認められるための国籍を求めていると思います。
 もちろん、他国から来た不法移民に国籍を与えることは今は難しいです。アメリカ国籍をすでに持っている人たちからすれば移民は仕事を奪う天敵にもなりますから。

「確かにね。ステータスとしての国籍を得ることが多くの不法移民にとって非常に難しい状況であるのは間違いないね」
「そうですね。その理由は国籍があることによって保証されることや自由度が極端に変わってしまうこと、つまり国籍の持つ価値がとても大きいことに起因するからだと、俺は思います」
「国籍の持つ価値か・・・、面白いね。続けて」
「はい。国としては国籍を与えたからには彼らを適切に管理しなければならない義務が生じます。教育や補助金、福祉の提供とかです。大量の移民が押し寄せてくることで、これらの負担が大きくなることから国家としても対応しづらくなっているのではないかと俺は考えています。もちろん本当はそんな単純なことじゃないことはわかっていますが、今は手持ちの知識と情報から考えられることを考えていきます。
 以上のことを踏まえて、俺は移民問題の解決の手口として国の管理義務を移民の雇用主である民間企業に委託することを考えました。言い換えれば、国籍を与えるという行為の価値を相対的に引き下げることをやるんです」
「つまり、哲平君は民間企業が移民を管理していけばいいと考えるわけだね?」
「そうです。企業は労働力を求めていますし、移民は賃金と安全を求めているからその利害は一致すると考えたんです。この案をやることによる企業の負担がどの程度なのかは俺にはわかりません。でもこの案なら移民受け入れの窓口が分散化して大量の移民に対応できますし、何より移民の待遇改善につながると考えられます」
「待遇改善か。その意図に私は何となく気が付いているけれど、あえて聞こうか。それはどうしてかな?」
「それは競争が起きるからです。アメリカかメキシコのどちらに行きたいか?と問われれば移民の方々はよりいい環境のあるアメリカに行くのと同じで、待遇のいい企業ほど移民からは人気が出る。単純な労働力だけじゃなく、技能を持ったいい人材も入ってくる。企業と移民、どちらもwin-winのいい関係が作れると俺は思います」
「そうだね。企業負担を度外視すれば、確かに君の言うようないい関係を作れることもあるだろう。すべての人が納得できる完璧な答えのない問題だけれど、今の君の答えは一つのアイディアとして価値があると思う」
「ありがとうございます」
「でも、そうだな。一つだけ補足的に質問させてもらっていいかい?」
「はい。俺にわかることなら・・・」
「うん。今の質問に関して私は数パターンの答えを想定していた。例えば、政治決着で各国に移民受け入れを分担するとかね。私の想定していた答えはどちらかというと国籍を持つ人たち、つまり移民じゃない人たちが移民をどう扱うかについてのものだった。でも君の答えは違った。哲平君は移民側の視点で解決策を提案した。独創的で私は考えもしなかったアイディアだった。こういう聞き方をするとちょっと難しいかもしれないけれど、君はどうして移民の立場で移民問題を考えたんだい?」
「移民の立場で・・・、ですか。そのことはあんまり意識してませんでしたけど、言われてみればそうですね」
「意図はなかったのかな?」
「うーん、そういうわけじゃないです。理由は言葉にするのは難しいですけど、移民って俺と似てるなあ、と思ったから・・・」
「似ている?」
「法律とか、国境とか大きな障害があっても、今の場所を捨てて新しい場所に行くってところが。俺もそういう自由とかチャンスがほしいから、なおさらそう思うんです。移民の人も俺も、青い鳥を外の世界に求めたチルチルとミチルなのかもしれません。でも俺は家の中に幸せを見つける前に、冒険したいんです」

「そういえば、さっき質問の前に続きは今度話そうって言ってましたけど、今度って、Cさんとまた話す機会なんてあるんですか?」
「話す機会なんていくらでもあるさ。私と君が生きている限りね。そして話そうと望む限り。でも哲平君の場合はせっかくだから一つの誓いが果たされたらにしようかな」
「誓い?」
「そう、誓い。哲平君が一つの自己実現を遂げたら、また会おう。その時に私の話を聞かせてあげよう。ついでに君のその後の話も聞きたいな。一つのステージを超えたお祝いにね」
「俺の話はついでですか!?」
「ははは、まあいいじゃないか。要はいろいろな話をしたいってことだよ」
「ふうん?」
「君はきっとこれからすごく苦労するし、たぶん挫折も味わうだろう。でも、今日の誓いを、思いを忘れないで走り続けてほしい。どんな道でもいい。どんな結果でもいい。哲平君自信が満足できる何かを成し遂げてほしい。それが奨学金を与えて夢を後押しすることしかできない私の希望だ」
「希望・・・」
「私は・・・いやこの続きは、誓いが果たされた後にしようか」

 C氏は立ち上がると名刺サイズの銀色のプレートを哲平に手渡した。表面には簡素な書体でC氏の本名とプライベート用の連絡先が彫られていた。哲平は何かを言おうとしたが、そのとき思い出したかのように鳴り出した彼の携帯電話のベルにさえぎられた。画面を見て慌てている様子からすると彼の両親からだろう。哲平は簡単に挨拶とお礼を済ませると店を飛び出して行った。
 C氏は椅子に深く腰掛けて先ほどまで哲平がいた場所を見つめていた。ほどなくしてマスターが注文もしていないのに白い湯気を漂わせている珈琲をC氏の前に無言で置き、無言で去っていった。
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