佐藤くんは覗きたい

喜多朱里

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佐藤くんは覗きたい(後編)

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 お腹のキスマークを撫でる腕に手の平を重ねられる。
 独占欲が満たされて有村さんは無邪気に微笑んだ。

「背中の方も付けちゃおうかな」
「また今度ね」

 あちこちにキスをされていたら流石に我慢できなくなってしまうかもしれない。

「わかった、我慢する。その代わりにもう一回、ぎゅっとして」

 背中に手を回して抱き寄せる。
 胸板に押し付けられた乳房越しに心臓の鼓動が伝わってくる。
 どくんどくんと規則正しい心音を奏でていた。あれだけ興奮していたおっぱいを押し当てられているのに、不思議と情欲は湧いてこない。穏やかな気持ちのまま肌を重ね合っていた。

「――心を覗けたら楽になれるのかなって何度も思ったんだ」

 腕の中で有村さんが見上げてくる。

「それは失敗をもうしたくないから?」
「きっと結果は変わらなかったよ。ただ納得したかったんだと思う」
「納得……?」

 有村さんと間には体を覆う布は一枚もなく、心まで丸裸で、秘密も隠し事もない。それでも明日には、何を考えているのかきっと分からなくなる。
 たとえ心を覗けたとしても、全部を分かったとしても、絶対なんて存在しない。

「あの時、ああすれば、こうすればって散々悩んだけど、本当は正解なんて無いって納得したかったんだ」

 誰かを本気で好きになって、ようやく理解できた。
 鏡のように振る舞っていても何も変わらなくて、有村さんが僕の心を覗き込んでくれたからこそ歩み寄れた。
 心に寄り添えない人間は心を許されない。そんな初歩の初歩の過ちに気付くまで何年も掛かってしまった。何かを失敗したのではなくて、そもそも自分のやろうとしていた心の無い教室自体が失敗だったと理解できた。

「……わたしは思ったことをぜんぶ伝えるからね」
「恥ずかしいことでも?」
「むぅぅ……いじわるっ」
「冗談だよ。全部を言う必要はないんだ。本当にそんな必要はなかったんだ」

 知らないのが当たり前で、擦れ違うのが当たり前で、何を考えているのか分からないのが当たり前だ。
 それでもみんなは人の輪に居る。そんな当たり前の中に戻るのが久しぶりで、随分と臆病になっていた。

「佐藤くんが安心できるなら、恥ずかしいことでも伝えるよ……たとえばね」

 有村さんが顔を寄せて耳元で囁いた。

「もう一回、えっちしたいな」

 それは賢者を殺す魔法の言葉だった。
 真面目な思考もこれまでの我慢も一瞬で吹き飛んだ。
 有村さんは自分の言葉に恥ずかしくなったのか、布団の中に潜り込んでしまった。

「まだゴムのストックは四つあるしね」
「四回も……!?」
「なんで全部使う計算なの」
「また引っ掛けたっ!」
「流石に言い掛かりが過ぎるよ」

 有村さんが布団の中でじたばた振り回す手足でぺちぺちと八つ当たりしてくる。可愛いから許した。
 僕だって有村さんとなら五連戦になろうと戦い抜いて見せよう。
 テーブルに置いたコンドームの小箱に手を伸ばして、近くに置いてあった置き時計に目が行った。色々とやっている内に22時を過ぎていた。色々と挟みながらも数時間はイチャイチャしていたことになる。道理で疲れるわけだ。

「すっかり遅い時間だね」
「本当だ」
「明日に響いちゃうし寝ようか」
「えっ……う、うん」
「常夜灯はどうする?」
「……えっと、その……消して大丈夫」
「りょーかい」

 完全に暗闇になった部屋に沈黙が広がる。

「………………お預けっ」

 ぼそりと有村さんの呟きが聞こえた。
 布団の中をもぞもぞと動いて、有村さんが僕の身体に伸し掛かった。

「本当にお預けなの?」

 涙目で胸元にしがみついてくる。
 もっと焦らそうと思ったが、耐えられなかった。
 有村さんの頭を撫でてキスをする。

「明日に響くって言ったけど日曜日だからね。有村さんの予定は?」
「ないよっ!」
「それならどれだけ寝不足になっても大丈夫だね」
「一晩中っ……!?」
「えっ」
「えっ……?」

「いや、少しぐらい遅くなっても大丈夫だなーって」
「わ、わわ……わわわわーっ、あぅぅぅ…………おほんっ、わかってたよ?」
「……有村さんはえっちだね」
「うぅぅぅぅ、佐藤くんのいじわるーっ!!」

 完全に自滅だと思うけど、理不尽な拳マイナス威力で回復を僕は受け入れた。
 夜が更けていくが、まだまだ今夜は終わらなさそうだった。


    *


 カーテンの隙間から光が差し込んだ。
 ぼんやりと意識で身体を起こそうとして、腕に伸し掛かった重みに阻まれる。

「えっ……?」

 気持ち良さそうに寝息を立てる有村さんが僕の隣に眠っていた。
 剥き出しになった白い肩が眩しく映る。
 なんだまだ夢の中だったのか。

「…………あっ」

 ようやく思考が回り出して昨夜の出来事が現在に繋がった。
 全身の心地良い倦怠感の正体は、テーブルに転がったコンドームの空箱が教えてくれた。
 置き時計で時刻を確認すれば、既に正午を過ぎている。朝日かと思っていた日差しは昼間の太陽だった。

「有村さんはまだ寝させておこう」

 僕は布団から出ようと思ったが、がっちりと絡み付いた有村さん腕で身動きを取れなかった。
 やっぱりもう少しこの時間を堪能していよう。

 有村さんの寝顔を眺めて昨日の記憶を思い出す。
 本当に五回戦まで突入するとは思わなかった。射精するたびに体位を変えて、ひたすらに有村さんの最奥を突き続けた。賢者タイムなんて存在せず、コンドームの付け替えをしてもらう間に再び勃起していた。

「……そういえば裸のままだった」

 布団がずり下がって少し寒そうなので肩まで確りと掛け直す。
 少し捲り上げた時に有村さんのおっぱいが見えてしまった。

(この寝ている状況、恋人や家族ならではの覗きシチュエーションでは?)

 新たな領域の開拓に興奮した息子は、朝勃ちではなく完全なる勃起に変わった。
 一晩中好き勝手しておいて、まだ精力を残しているとは我ながら恐ろしい。

 ふと視線を感じる。
 眠気眼を擦る有村さんと目が合った。

「おはよう……佐藤くん……」

 ふにゃふにゃと安心し切った笑顔だった。

「おはよう、有村さん」
「ちょっと寒いね……あっ、良いこと思い付いた」

 とても嫌な予感がした。
 有村さんがぴたりと抱き着いてくる。

「…………さとーくんっ」
「これはですね、本当に生理現象でしてね」
「ふーん、正直に言ってくれたら嬉しいなー」

 有村さんは蠱惑的に微笑んで、布団を掴んで少しだけ捲った。
 布団に覆われた裸が見えそうで見えない。

「――佐藤くんは覗きたい?」
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