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第二章:城塞都市クレイル
背信者(2)
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夜風に舞い上がる髪を押さえ付けた。
見張り台としての役割を持つ城壁塔には周りに遮るものがないので、いつまでも冷たい風が吹き抜けていく。
「冷え込んできました。これ以上はお体に障りますのでテントに移動しませんか」
アルフレッドの提案に、ロゼは首を横に振った。
「もう少しここからの景色を見ていたいです」
「……分かりました」
「ロゼさん、こちらをお使いください」
リーサがテントから持ち出してきた厚手のコートを手渡してきた。
アルフレッドが現在身に着けているものと同じ王立魔法研究所の冬季フィールドワーク用のコートだった。
「良いのですか?」
「はい、お使いください」
「……これはもしかしてリーサさんのものでは?」
「魔法による体温調整は得意なので問題ありません。このコートも念のため用意したものです」
「無理をしていないのであれば、ありがたく使わせて頂きますね」
極寒地帯を想定したコートは、羽織るだけでボタンを留めなくても十分に温かった。
「すみません、主任。話の続きをお願い致します」
「クレイルからの観測ではこれ以上の成果を得るのは厳しいですね。こちらで取れる手段は冒険者から話を聞き出すこと、そして現地に赴くことぐらいしか残されていません」
「冒険者の解放は都市長の交渉次第となるでしょう。明日、私もそれに同行する予定です」
アルフレッドが驚きに目を見開く。
「それは随分と危険な橋を渡られますね。マーテルの森は王国の領土内とはいえ実質的に獣人達の支配下にあります。彼らは自らを王国民とは認めないでしょう」
ロゼはてっきり止めてくるものだと思っていたが、アルフレッドは危険性を語るだけだった。
「どうされましたか?」
「止めはしないのですね」
アルフレッドは皮肉げに口元を歪めた。
「第ニ室長のように忠誠心の欠片もない人間ではありませんが、僕は無駄なことはしない主義です。それに冒険者の情報は喉から手が出るほど欲しいところ。情報が得られる確率が上がるのであれば、反対する理由はありません」
「やはり研究者の合理性は好ましいですね」
「ロゼさんが、アルフィ主任を好ましいっ……!」
リーサが妙な反応するので慌てて手を振った。
「あの、リーサさん、そういう意味ではないのでご安心ください」
昼間のやり取りでなんとなく察していたが、本当にリーサはアルフレッドに好意を寄せているようだ。
アルフレッドの様子を見れば苦笑を浮かべていた。
その表情はどういう意味なのだろうか、と訊いてみたくもあったが口を閉じた。
幼い頃からの付き合いとは聞いているので、リーサのポンコツっぷりとアルフレッドの優秀さから考えれば気付いた上で放置している可能性が高い。
後はもうお互いに大人なので当人同士の問題だ。
相談を持ち掛けられない限りは触れない方が無難だろう。
「しかし森に赴くのであればダグラス主任が適任でしたね。草花に囲まれた環境下の魔法戦闘で彼に勝る者を僕は知りません」
「ですが政治に長けた者は彼以外におりませんでしたから」
ダグラス主任はエンバード伯爵として王都に残り、政治的な動向を追ってもらっていた。流星事変という未曾有の事態に、腐敗した貴族達がどのような動きを見せるのか不安を残したままロゼは王都を離れられなかった。
ロゼと協力関係を結んだ者はほとんどが政治と距離を置いていた者達だ。むしろそうでなければ、滅多に社交界に顔を出さない第三王女という微妙な立場の人間に手を貸そうとはしなかっただろう。
「第ニ室長辺りは稼ぎ時だと楽しんでいるようですがね」
「そういえば、フィルギヤ……いえ、レナーテ副代表とレネ副代表は同一人物で記憶も共有していると聞きました。こちらでも王都の状況を把握できているということですよね」
「ええ、僕は政治に疎いので聞いていませんが、代わりに助手が情報だけは受け取っています」
落ち着きを取り戻していたリーサはこくりと頷いた。
「特に目立った動きは見せてはいないようです。ただ未知の現象に騒ぎ立てて不安を煽っているのはどうかと思いますが……いえ、それはきっと何も知らない国民の方が多いので責めるべきではないかもしれませんね」
「少なくとも表立って何かを訴える人は居ないというのが朗報かもしれませんね。【流星魔法】の使い手の仲間が王国内で連携を取れる立場に居ない証拠です」
ロゼは【流星魔法】は人間にも使える可能性があるというのを知ってから、最悪の想定として王室を軽んじる貴族一派の仕業ではないかと考えていた。もしも本当にそうであれば、カウンターさえできれば国内の大きな懸念事項を解決できる好機でもあった。
「やはり真実は森の中ですね」
怪物の口へと踏み込む決意を新たにマーテルの森を見詰める。
王国にとって第三王女は取るに足らない存在だ。
心優しい親の顔を持つ国王や、普段は政治的な立場に縛られた兄妹はロゼの死を悲しんではくれるだろう。しかしそれだけだ。
世界は何も変わらない。
だからロゼは躊躇うことなく新しい一歩を踏み出せる。
見張り台としての役割を持つ城壁塔には周りに遮るものがないので、いつまでも冷たい風が吹き抜けていく。
「冷え込んできました。これ以上はお体に障りますのでテントに移動しませんか」
アルフレッドの提案に、ロゼは首を横に振った。
「もう少しここからの景色を見ていたいです」
「……分かりました」
「ロゼさん、こちらをお使いください」
リーサがテントから持ち出してきた厚手のコートを手渡してきた。
アルフレッドが現在身に着けているものと同じ王立魔法研究所の冬季フィールドワーク用のコートだった。
「良いのですか?」
「はい、お使いください」
「……これはもしかしてリーサさんのものでは?」
「魔法による体温調整は得意なので問題ありません。このコートも念のため用意したものです」
「無理をしていないのであれば、ありがたく使わせて頂きますね」
極寒地帯を想定したコートは、羽織るだけでボタンを留めなくても十分に温かった。
「すみません、主任。話の続きをお願い致します」
「クレイルからの観測ではこれ以上の成果を得るのは厳しいですね。こちらで取れる手段は冒険者から話を聞き出すこと、そして現地に赴くことぐらいしか残されていません」
「冒険者の解放は都市長の交渉次第となるでしょう。明日、私もそれに同行する予定です」
アルフレッドが驚きに目を見開く。
「それは随分と危険な橋を渡られますね。マーテルの森は王国の領土内とはいえ実質的に獣人達の支配下にあります。彼らは自らを王国民とは認めないでしょう」
ロゼはてっきり止めてくるものだと思っていたが、アルフレッドは危険性を語るだけだった。
「どうされましたか?」
「止めはしないのですね」
アルフレッドは皮肉げに口元を歪めた。
「第ニ室長のように忠誠心の欠片もない人間ではありませんが、僕は無駄なことはしない主義です。それに冒険者の情報は喉から手が出るほど欲しいところ。情報が得られる確率が上がるのであれば、反対する理由はありません」
「やはり研究者の合理性は好ましいですね」
「ロゼさんが、アルフィ主任を好ましいっ……!」
リーサが妙な反応するので慌てて手を振った。
「あの、リーサさん、そういう意味ではないのでご安心ください」
昼間のやり取りでなんとなく察していたが、本当にリーサはアルフレッドに好意を寄せているようだ。
アルフレッドの様子を見れば苦笑を浮かべていた。
その表情はどういう意味なのだろうか、と訊いてみたくもあったが口を閉じた。
幼い頃からの付き合いとは聞いているので、リーサのポンコツっぷりとアルフレッドの優秀さから考えれば気付いた上で放置している可能性が高い。
後はもうお互いに大人なので当人同士の問題だ。
相談を持ち掛けられない限りは触れない方が無難だろう。
「しかし森に赴くのであればダグラス主任が適任でしたね。草花に囲まれた環境下の魔法戦闘で彼に勝る者を僕は知りません」
「ですが政治に長けた者は彼以外におりませんでしたから」
ダグラス主任はエンバード伯爵として王都に残り、政治的な動向を追ってもらっていた。流星事変という未曾有の事態に、腐敗した貴族達がどのような動きを見せるのか不安を残したままロゼは王都を離れられなかった。
ロゼと協力関係を結んだ者はほとんどが政治と距離を置いていた者達だ。むしろそうでなければ、滅多に社交界に顔を出さない第三王女という微妙な立場の人間に手を貸そうとはしなかっただろう。
「第ニ室長辺りは稼ぎ時だと楽しんでいるようですがね」
「そういえば、フィルギヤ……いえ、レナーテ副代表とレネ副代表は同一人物で記憶も共有していると聞きました。こちらでも王都の状況を把握できているということですよね」
「ええ、僕は政治に疎いので聞いていませんが、代わりに助手が情報だけは受け取っています」
落ち着きを取り戻していたリーサはこくりと頷いた。
「特に目立った動きは見せてはいないようです。ただ未知の現象に騒ぎ立てて不安を煽っているのはどうかと思いますが……いえ、それはきっと何も知らない国民の方が多いので責めるべきではないかもしれませんね」
「少なくとも表立って何かを訴える人は居ないというのが朗報かもしれませんね。【流星魔法】の使い手の仲間が王国内で連携を取れる立場に居ない証拠です」
ロゼは【流星魔法】は人間にも使える可能性があるというのを知ってから、最悪の想定として王室を軽んじる貴族一派の仕業ではないかと考えていた。もしも本当にそうであれば、カウンターさえできれば国内の大きな懸念事項を解決できる好機でもあった。
「やはり真実は森の中ですね」
怪物の口へと踏み込む決意を新たにマーテルの森を見詰める。
王国にとって第三王女は取るに足らない存在だ。
心優しい親の顔を持つ国王や、普段は政治的な立場に縛られた兄妹はロゼの死を悲しんではくれるだろう。しかしそれだけだ。
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