52 / 75
第二章:城塞都市クレイル
背信者(9)
しおりを挟む
アヴァドから漂っていた重苦しい気配がなくなった。
心を開いてくれたわけではないが信用はしてもらえたようだ。
あるいはロゼが交渉相手として警戒に値しない存在だと判断されただけかもしれない――と考えるのは流石に悲観的に過ぎるだろうか。
「冒険者の解放は難しいのは理解しました……それならば、少しだけでも話をさせてもらえないでしょうか」
「彼らは残された時間を懺悔のためだけに捧げるのです」
アヴァドはロゼから目を背けるだけでなく体ごと向きを変えた。
じっと見詰める先は木の壁で、何かあるのかと思ったが、複雑な木目が模様に見えるだけで何も描かれてはいなかった。
「懺悔の時間……それがマーテル派の罰ですか」
「空腹と酷寒に堪え忍ぶ時間こそが縋る先のない生命の祈り。文明は人の殺し方すらも洗練させているようですな? 苦しみが一瞬で過ぎ去るギロチン刑や、眠るように息を引き取れる毒殺と比べれば、我々のやり方は野蛮に映るかもしれません」
アヴァドはロゼに向き直る。
先程まで宿していた力強さが瞳から失われていた。
「命そのものに価値はありません。命をどう使ったかが問われるべきなのです」
「死刑は罰になりえないと」
アヴァドは重々しく頷いた。
王国が文明を築く中で培った価値観や法律はマーテル派の教義とは相容れない。
頭では理解できていても、こうして目と目を合わせて言葉を交わしていると、分かり合えるのではないかと錯覚しそうになる。
理性的に話せるのに、言葉は通じているのに、価値観だけで擦れ違う。
自然の猛威よりも理不尽に思えた。
「祈りの言葉を紡ぐため、喉を枯らさぬように最低限の水は与えられておりますが……捕らえられた時には傷付き、消耗していた。過酷なこの森ではそう長くは持たないでしょう」
あの夜――【流星事変】の始まりから既に一週間以上が経とうとしている。
種族や魔法次第ではやりようがあるかもしれないが、冒険者パーティ『燈火』のメンバーは全員人間であり、冒険者ギルドで把握している限りは生存に特化した能力は持ち合わせていない。
改めて一刻の猶予もない事態だと理解させられる。
ロゼの背に二人の命の重さが伸し掛かった。
*
「王女殿下、力になれず申し訳ございません」
「いいえ、辺境伯の責任ではありません。あの交渉は最初から冒険者の処遇を決められる場ではありませんでした」
マーテル派の里を後にする足取りは重かった。
ロゼとブランカは言葉を尽くして説得を続けたが、アヴァドには必死の懇願も一顧だにもされなかった。
論理ではなく感情――それも集団の問題となってしまえば、簡単に解決できる問題ではない。理性的なリーダーであるアヴァドすらも動かせないのは絶望的な結果だった。
やってきた時に門番をしていた獣人の男が里の入り口に立っていた。
「まだ日は高いが、悠長にしていればすぐに沈む。早々に立ち去ることだな」
刺々しい物言いだが内容は親切な警告だった。
司祭であるアヴァドから諌められて、時間も経ったこともあり冷静になったのだろう。ブランカを睨み付ける目は相変わらずだが、少なくとも無闇に槍を振るおうとする様子はない。
ブランカや護衛を説得して離れてもらうと、ロゼは一対一で門番の男と向き合った。
「なんだ……?」
「あなたも冒険者の死刑……いえ、与えた罰には賛成していらっしゃいますか」
「あの捕らえた者達の話か」
「はい、男女の冒険者をマーテル派の教義に基づいて裁いたと聞きました」
「彼奴らは禁忌を犯した。然るべき罰を受ける。ただそれだけのことだ」
門番の声は冷めていた。
信仰者としては正しい姿かもしれないが、感情的な振る舞いを目にしていたので引っ掛かりを覚える。教義に記された最も厳しい罰を求めた相手の話をしているようには見えない。
「確かに教義は解釈の余地があって、今回も罰の内容を話し合われたが……賛成か反対かという一言でまとめるものではないが、決定された罰に対しては反対の立場だった」
「そうなのですか?」
「当然だろう。罪を犯したとはいえ、生き残るために森を傷付けることは有り得る話だ。故意にやったとは思えない状況だったからな、森から追放するだけでいいと考えていた」
「もしかして、あなたが冒険者を……?」
「だから話を訊いたのではないのか。……まあいい。魔物に追われて逃げていたのを目にしている。その場で助けはしたが、森で使うには危険な魔法を使用していた。それを看過することはできなかったので捕らえたのだ」
「それでは【流星魔法】の罪状は後から出てきたというのですね」
「流星……? ああ、あの魔法を言っているのか」
門番は眉をひそめた。
「貴様は我々を無知な獣頭と馬鹿にしているのか?」
「いいえ、馬鹿にするつもりはございません!」
「あれほどの魔法をたった二人の魔術師……いや、四人であっても発動できるわけがあるまい」
「……ええ、そうですね。当たり前ですね」
ロゼは自らの失念を自覚する。
前提知識の違いで擦れ違っていた。
研究者や術者本人でもなければ、【流星魔法】が儀式魔法が不可能な個人用魔法であるとは分からないし、考える筈もなかった。
(どうにも見えてきた過程と結果が噛み合わない気がしますね)
アヴァドは割り切れない感情の問題だと言っていた。
しかし門番の話を聞いてみると、冒険者の二人に対して、冷静に判断できる知識と理性をアヴァド以外の信者も持っているように思える。
他の信者にも話を聞いてみたいが、これ以上帰りが遅くなれば夜になってしまい危険だ。それにマーテル派を刺激することになりかねない。
それでも冒険者に残された時間は限られているのだ。
ロゼは里を振り返り、戻るべきかどうか判断を下す――
心を開いてくれたわけではないが信用はしてもらえたようだ。
あるいはロゼが交渉相手として警戒に値しない存在だと判断されただけかもしれない――と考えるのは流石に悲観的に過ぎるだろうか。
「冒険者の解放は難しいのは理解しました……それならば、少しだけでも話をさせてもらえないでしょうか」
「彼らは残された時間を懺悔のためだけに捧げるのです」
アヴァドはロゼから目を背けるだけでなく体ごと向きを変えた。
じっと見詰める先は木の壁で、何かあるのかと思ったが、複雑な木目が模様に見えるだけで何も描かれてはいなかった。
「懺悔の時間……それがマーテル派の罰ですか」
「空腹と酷寒に堪え忍ぶ時間こそが縋る先のない生命の祈り。文明は人の殺し方すらも洗練させているようですな? 苦しみが一瞬で過ぎ去るギロチン刑や、眠るように息を引き取れる毒殺と比べれば、我々のやり方は野蛮に映るかもしれません」
アヴァドはロゼに向き直る。
先程まで宿していた力強さが瞳から失われていた。
「命そのものに価値はありません。命をどう使ったかが問われるべきなのです」
「死刑は罰になりえないと」
アヴァドは重々しく頷いた。
王国が文明を築く中で培った価値観や法律はマーテル派の教義とは相容れない。
頭では理解できていても、こうして目と目を合わせて言葉を交わしていると、分かり合えるのではないかと錯覚しそうになる。
理性的に話せるのに、言葉は通じているのに、価値観だけで擦れ違う。
自然の猛威よりも理不尽に思えた。
「祈りの言葉を紡ぐため、喉を枯らさぬように最低限の水は与えられておりますが……捕らえられた時には傷付き、消耗していた。過酷なこの森ではそう長くは持たないでしょう」
あの夜――【流星事変】の始まりから既に一週間以上が経とうとしている。
種族や魔法次第ではやりようがあるかもしれないが、冒険者パーティ『燈火』のメンバーは全員人間であり、冒険者ギルドで把握している限りは生存に特化した能力は持ち合わせていない。
改めて一刻の猶予もない事態だと理解させられる。
ロゼの背に二人の命の重さが伸し掛かった。
*
「王女殿下、力になれず申し訳ございません」
「いいえ、辺境伯の責任ではありません。あの交渉は最初から冒険者の処遇を決められる場ではありませんでした」
マーテル派の里を後にする足取りは重かった。
ロゼとブランカは言葉を尽くして説得を続けたが、アヴァドには必死の懇願も一顧だにもされなかった。
論理ではなく感情――それも集団の問題となってしまえば、簡単に解決できる問題ではない。理性的なリーダーであるアヴァドすらも動かせないのは絶望的な結果だった。
やってきた時に門番をしていた獣人の男が里の入り口に立っていた。
「まだ日は高いが、悠長にしていればすぐに沈む。早々に立ち去ることだな」
刺々しい物言いだが内容は親切な警告だった。
司祭であるアヴァドから諌められて、時間も経ったこともあり冷静になったのだろう。ブランカを睨み付ける目は相変わらずだが、少なくとも無闇に槍を振るおうとする様子はない。
ブランカや護衛を説得して離れてもらうと、ロゼは一対一で門番の男と向き合った。
「なんだ……?」
「あなたも冒険者の死刑……いえ、与えた罰には賛成していらっしゃいますか」
「あの捕らえた者達の話か」
「はい、男女の冒険者をマーテル派の教義に基づいて裁いたと聞きました」
「彼奴らは禁忌を犯した。然るべき罰を受ける。ただそれだけのことだ」
門番の声は冷めていた。
信仰者としては正しい姿かもしれないが、感情的な振る舞いを目にしていたので引っ掛かりを覚える。教義に記された最も厳しい罰を求めた相手の話をしているようには見えない。
「確かに教義は解釈の余地があって、今回も罰の内容を話し合われたが……賛成か反対かという一言でまとめるものではないが、決定された罰に対しては反対の立場だった」
「そうなのですか?」
「当然だろう。罪を犯したとはいえ、生き残るために森を傷付けることは有り得る話だ。故意にやったとは思えない状況だったからな、森から追放するだけでいいと考えていた」
「もしかして、あなたが冒険者を……?」
「だから話を訊いたのではないのか。……まあいい。魔物に追われて逃げていたのを目にしている。その場で助けはしたが、森で使うには危険な魔法を使用していた。それを看過することはできなかったので捕らえたのだ」
「それでは【流星魔法】の罪状は後から出てきたというのですね」
「流星……? ああ、あの魔法を言っているのか」
門番は眉をひそめた。
「貴様は我々を無知な獣頭と馬鹿にしているのか?」
「いいえ、馬鹿にするつもりはございません!」
「あれほどの魔法をたった二人の魔術師……いや、四人であっても発動できるわけがあるまい」
「……ええ、そうですね。当たり前ですね」
ロゼは自らの失念を自覚する。
前提知識の違いで擦れ違っていた。
研究者や術者本人でもなければ、【流星魔法】が儀式魔法が不可能な個人用魔法であるとは分からないし、考える筈もなかった。
(どうにも見えてきた過程と結果が噛み合わない気がしますね)
アヴァドは割り切れない感情の問題だと言っていた。
しかし門番の話を聞いてみると、冒険者の二人に対して、冷静に判断できる知識と理性をアヴァド以外の信者も持っているように思える。
他の信者にも話を聞いてみたいが、これ以上帰りが遅くなれば夜になってしまい危険だ。それにマーテル派を刺激することになりかねない。
それでも冒険者に残された時間は限られているのだ。
ロゼは里を振り返り、戻るべきかどうか判断を下す――
0
あなたにおすすめの小説
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない
葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3)
「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー)
ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。
神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。
そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。
ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。
早く穏やかに暮らしたい。
俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。
【毎日18:00更新】
※表紙画像はAIを使用しています
魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します
burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。
その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。
日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。
両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日――
「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」
女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。
目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。
作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。
けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。
――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。
誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。
そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。
ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。
癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる