異世界転生した俺らの愉快な魔王軍

喜多朱里

文字の大きさ
59 / 75
第二章:城塞都市クレイル

冒険者(2)

しおりを挟む
 先生のことを口にして腑に落ちる。
 直前まで見ていた夢の雪景色に見覚えがあるのも当然だった。
 あの場所は故郷のシン村だ。

 夢の中でバンとフェリスが背を向けて去っていった。
 その姿に不吉な予感を覚えたが、フェリスに不安を悟らせるわけにはいかないので、ライは手元に意識を向けた。
 少しでも作業に集中して、最悪の想像を頭から追い出したかった。

 扉が物理的に塞がれているだけならば、無理矢理に突破する方法は幾らでもある。
 しかし魔法が相手の場合はそうもいかない。法則を理解して対処しなければ事態を悪化させかねないのだ。
 最も単純な仕掛けで思い付くのは、魔術式に組み込まれた『警報』だ。正規の手順以外で魔法を解除しようとしたり、術者以外が魔術式に干渉した場合に、術者の元へその事実を伝える魔法だ。

「旅の魔法使い……その方に師事をされたから、たくさんの魔法を扱えるのですね」

 作業の手が止まったところで、フリーダが納得するように言葉を口にした。
 ライは苦笑を浮かべる。

「どうだろう? 最後まで先生って呼ばれるのを嫌がってたというか……なんとも言えない感じだったから」
「魔法は教えてくださったんですよね?」
「そうだね」

 牢屋の鍵を解析している【解錠魔法】も先生から習った魔法の一つだ。

「でも魔法を教えるつもりじゃなくて、旅の手段として魔法を教えたんじゃないかな。村から出たくてしょうがないお年頃だったからね。きっと無駄死にさせるのも気が引けたんだよ。相棒も色々と教わっていたみたいだし」
「バンさんも?」
「先生はパーティを組んで旅をしていたこともあったらしくて、剣の使い方とか前衛職の立ち回りも知ってたんだ」
「物知りな方だったんですね」
「村の子どもが先生って呼ぶようになったのも、元はと言えば大人達が先生って呼んでたのがうつったんだよ」

 シン村は王国にの辺境にある寒村だ。
 名産品になるようなものはなく、行商の通り道からも離れた土地で、そんな村に外部から注目を向けるのは税金を徴収する役人ぐらいだ。
 誰もがその日を生きるのに精一杯で外の世界を知る者は居なかった。
 だから先生の存在は、村にとっては余りにも眩しかったのだ。

「……よし、警報の類も仕掛けられてない。これなら解除できそうだ」

 ライは作業を終えて気を抜くと目眩に襲われた。
 倒れそうになる体をフリーダが支えてくれる。

「大丈夫ですか!?」
「魔力不足でちょっとふらりと来ただけだから心配しないで」
「それなら良いのですが……」

 フリーダは嘘に気付いた様子だったが追及はしてこなかった。
 どれだけ軽口を叩こうとも、ライの限界も近い。

「……すぐに脱出しますか?」

 フリーダの言葉には焦燥感が滲み出ていた。

「監視はまだ離れたままなんだね」
「はい、戻って来てないみたいです」
「……この状況自体が罠の可能性はあったりするかな?」
「距離があったので正確に把握はできていませんが、監視をしていた人は慌てていたような気がします」

 動くべきか、待つべきか――果たして今こそが絶好の好機なのか見極めなければならない。
 重要な場面で決断を下してきたのは、いつもバンだった。
 そしてパーティはバンの決断には迷わず従えた。

「やれやれ、付けが回ってきたね」

 どれだけ考えても結論に辿り着けない。
 マーテル派の戦士は脱走を見付ければ、もはや祈りの罰では済ませず、即座に命を奪ってくるかもしれない。
 そうなれば犠牲になるのはライだけでは済まされない。

 他人の命というのはどうしてここまで重いのか。
 失敗した未来を想像するだけで、バンに押し付けてきた責任に――本来はライも背負うべきだった重みに押し潰されてしまいそうだった。

「……えっ、これはっ!?」

 フリーダが祈りの体勢を取ったのを目にして口を噤む。
 呼吸音すらも邪魔にならないように口元を押さえ込んだ。

 祈りはしばらく続いた。
 その間、ライは魔力の自然回復を促す瞑想を行っていた。
 他に何もできないなら瞑想をしておくように、というのは先生の教えの一つだった。旅の最中はいつどこで休めるか分からない。だから少しでも魔力を温存できるように癖を付けろと口を酸っぱくして注意を受けた。

「――神樹の導きに感謝を致します」

 フリーダは祈りの体勢を崩すと、零れ落ちる涙を指先で掬い取った。
 顔を上げたフリーダと目が合うと満面の笑みを返される。

「吉報かな?」
「はいっ、確かに聞き届けました」


    *


「王女殿下、どうされましたか」

 ロゼはブランカの呼び掛けに応えず、祈りを捧げるのに集中した。
 交渉中にアヴァドが不自然に向いた壁の方向を思い出して、現在地から方角を割り出すと、そちらに向かって一心不乱に祈りを捧げ続けていた。

 門番との話を終えてマーテルの里に引き返すかどうか――結局は立ち去ることを選んだ。
 何も成し遂げられない無力な自分を呪い、救いの手を差し伸べてくれる誰かに祈ろうとして、不意にフリーダの聖術を思い出した。

 “導きの聖女”フリーダ。
 王族の一人としてセフィロト教の神事に参加することがあり、何度かフリーダとは顔を合わせていた。彼女が教会内のいざこざで冒険者になったのも知っていたので冒険者パーティ『燈火』の名前に聞き覚えがあった。

 囚われている片割れの女性がフリーダであるならば、もしかしたら祈りは届くかもしれない。
 彼女は神樹に授けられた聖術によって迷える信者に道を示す。
 その過程で人々の心を読み取るのだが、遠く離れていても強い感情や真摯な祈りであればフリーダのもとに届くのだという。だから身動きの取れない者はフリーダに神樹を重ねて必死に祈りを捧げるそうだ。

 ロゼは祈った。
 冒険者が囚われているであろう森の奥へと届くように。

 ――必ずあなた達を助け出します。

 助けを求めるのではなく、助けるための誓いの祈り。
 純真無垢な心の紡ぐ真摯なる想い。
 果たして届いたのかどうなのか、ロゼには分からなかったが言葉に言い表せられない手応えを感じ取った。

 無言で手を組んだまま立ち尽くすロゼに対して、ブランカや護衛達は困惑していた。
 上手な説明が思い浮かばず、誤魔化すように微笑み掛ける。

「急ぎましょう」
「王女殿下、先程は何を?」
「戻ってくるための道導を刻みました」
「は、はぁ……それは一体」
「私もよく分かってないのです。ただ必要なことだと思いました」


    *


「つまり誰かが助けに向かってきていると?」
「もっとぼんやりとしていました。助け出すという意思表示なのだと思います」
「信じられる祈りかな」
「力強さと真摯な想いが宿っていました。私は
「信じたい、か……」

 ライはフリーダが聖術で感じ取った祈りについて考える。
 どうやらバンやフェリスの送ってきた合図ではないようだが、何者かがマーテルの里の近くまで二人を助け出そうとやってきたのは確かなようだ。もしかしたら里の中まで入ったのかもしれない。それならば監視役が離れたのも納得が行く。

「ライさんは、私を信じてくださいますか」

 出逢った頃を思い出す問い掛けだった。
 やましい考えを持つ者はフリーダを恐れる。教会内で起きたいざこざも聖術の効果が原因の一つだった。
 聖女認定を受けるに相応しい人格者であるフリーダは、他人の秘密を覗き見てもそれを言い触らすことはない。しかしそれは同時に、悪を見て見ぬ振りをし続けなければならない苦しみを彼女に与え続けた。

 ライ達のパーティは教会の騒動に関わったので、フリーダの苦々しさを一緒に味わっていた。
 人は誰しも仄暗い感情を持っている。
 それを行動に移さない限り罰する法は存在しない。
 発露する前の悪逆は無実であるべきなのだ。もしかしたら直前になって踏み留まるかもしれない。最後まで善意に期待するのがセフィロト教の在り方だった。
 フリーダが教会を離れる原因となった事件は、そんな在り方を嘲笑うような悪意に満ちていた。

「信じるに決まっているじゃないか、フリーダちゃん」

 不安に揺れていた瞳に光が宿る。
 ライは『燈火』の仲間を誰よりも信頼していた。

「そうと決まれば少しでも休もうか。いざって時に動けなくちゃ救助隊に申し訳ないからね」

 寝床の準備をするライに、フリーダが神妙な面持ちで囁いた。

「その前にもう少しだけ話をさせてください」
「……監視が戻ってきた?」
「あっ、いえ……まだです」

 声を潜めたのでてっきり監視が再開されたのかと思ったが、どうやら違うようだった。

「小声で離すのは良いけど、もっとリラックスした態度を取ろうか。監視役が離れていたことにこっちが気付いていたってのを親切に教えてやる必要はないからね」
「なるほど、流石ですね、ライさん」
「いやーもっと褒めてくれていいんだよ」

 素直に褒めちぎってくれるので思わず頬が緩む。
 フェリスが居れば白い目を向けてきただろう。あるいはからかってきたかもしれない。それで喧嘩に発展したところをフリーダが止めに入る。一連の流れを黙って眺めるバンを巻き込んで馬鹿騒ぎに発展――そこまで考えて我ながら重症だなと苦笑を浮かべる。

「実は話したかったのは監視についてなんです」
「彼らも気合が入ってるよね、相手が重罪人だからって朝から晩まで監視を続けるなんて」
「そこなんです!」
「そこ……?」
「ずっと奇妙だと思っていたんです。だってそこまで念入りに監視をして脱走を防ごうとするぐらいなら、牢屋を強固にした方が良いじゃないですか」
「手の込んだものを教典に反するとか?」

 フリーダは森の樹木で作られた格子壁に触れる。

「大切な森を材料にしているんです。マーテル派にこれ以上の罪深い素材はありません。だからもっと厳重に魔法を掛けて、出られないようにすればいいのに簡易の【施錠魔法】を掛けるだけでした」
「逃げられること前提で森を出る前に捕らえれば良いって考えじゃ……ああ、そうか、その場合も念入りな監視はいらないのか」
「はい、時間を決めて巡回をするだけでいい筈です」
「そうなると監視役は何を目的にしてるんだ」

 フリーダは首を横に振った。
 そして恐る恐る告げられた言葉にライは驚愕した。

「監視役の人達はマーテル派とは別口なのかもしれません」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3) 「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー) ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。 神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。 そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。 ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。 早く穏やかに暮らしたい。 俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。 【毎日18:00更新】 ※表紙画像はAIを使用しています

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...