異世界転生した俺らの愉快な魔王軍

喜多朱里

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第二章:城塞都市クレイル

冒険者(6)

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 二人の冒険者はあっさりと交渉の席に着いてくれた。
 ロゼは余りにも都合の良い展開に安堵するよりも困惑を覚える。
 離れて様子を見守っていたレネが酒を片手にやってきて、思わぬ展開に付いて行けていないロゼを応接室に案内してくれた。
 応接室に入ったところで、すべてお膳立て済みだったと理解する。
 ロゼはソファに腰掛けたレネを睨み付けると、悪怯わるびれた様子もなくニヤリと笑い返された。

「見世物にされるとは思いませんでした」
「ほんまロゼ様は素直で可愛いのう。貴重な経験できて良かったやんな」
「第二研究室の予算配分、楽しみにしておいてください」
「なんでや、レナーテは関係ないやろ!?」

 予想よりも過剰な反応が返ってきて狼狽えてしまう。
 レネの方にも自覚があるのか不機嫌そうに酒を煽った。

「あのー……指名依頼があると聞いたんすが……」

 アンの控え目な挙手に気付いて、ロゼは慌てて頭を下げた。

「失礼致しました。アンさんに指名依頼をお願いしたいと考えております」
「フィルギヤ副会長がお酒を口にしてたので、気楽なお誘いかと思ってたんすが、どうやら真面目な依頼にみたいっすね」
「そんな他人行儀な呼び方されると悲しゅうなるわ。ウチとアンちゃんの仲やない」
「勘弁してほしいッス。私にはレネさんとレナーテさんの見分けがつかないッスよ」
「間違っても怒らへんわ」
「でも拗ねるっすよね」
「あー……ダル絡みするかもしれへん」
「名乗るまで副会長と呼ばせてもらうっす」

 アンは不満そうな酔っ払いを放置すると、ロゼと向き合うように姿勢を正した。
 酒を口にしていないのか、それとも顔に出ないだけなのか、色白の肌は赤みを帯びていない。少なくとも言動に酩酊は見られないので、真剣な話をできる状態にあることを安堵する。

「改めて名乗らせてもらうっす」

 首に吊り下げていた認識票を懐から取り出して、ロゼからよく見えるように提示した。
 冒険者にとって認識票は名刺代わりだ。
 等級ごとに使用される金属は異なっており、上の等級ほどより希少な金属が使用される。
 アンの提示した認識票は金で加工されているので、上級であることを示していた。四人パーティが基本とされる中で、たった一人でありながら『燈火』と同じ上級認定を受けている事実が既にずば抜けた実力を証明していた。

「上級冒険者のアンというっす。前衛戦士職として戦えるっすけど、本職は錬金鍛冶師っすよ」

 改めてアンの容姿を目にすると矛盾した要素の組み合わせに戸惑いを覚えてしまう。
 ロゼよりも頭一つ分以上も低い身長と可愛らしい幼顔が合わさって十歳になるかどうかの少女に見えるが、複雑な魔術式を刻まれた眼帯が右目を覆い隠すことで急に物騒な印象に早変わりする。
 事前にレナーテから、人間の少女ではなく成人済みのドワーフであると教えてもらわなければ、どのような態度でアンに接すればいいかもっと迷っていただろう。

「それでこっちが初級冒険者のスピカっす。魔法戦士で後衛職として戦ってもらっているっす」

 意識を向けないようにしていた全身甲冑を紹介されて、これ以上は現実逃避をできないと観念する。
 スピカはアンの背後で何故かステップを踏み続けていた。あれだけ動き回っていながら会話の邪魔になるような音を立てていない。重々しい鎧で軽やかな足捌きは見事だった。
 でもどうして踊っているのだろうか。それだけは謎のままだ。

「アンちゃんに拾われたスピカでっす! オイラは森生まれの森育ちだから多少の非常識は許してね!」

 甲冑内で無邪気な声が反響する。
 鎧によって更に大きく見えるが鎧がなくても相当に身長は高い。金属鎧で軽快な動きを見せられるぐらいなので、肉体は鍛え上げられているのは確実だ。身体的特徴から大人の男性だと思うのだが、これまでの振る舞いや声変わり前のように甲高い声は幼い印象を与えてくる。
 スピカとアンは外見と内面の組み合わせが、まるで入れ替わっているようだった。

「スピカ、自分で言うものではないっすよ」
「でも言っておかないと、森の文化から飛び出す不規則言動に戸惑わせちゃうよ!」
「森の文化……なるほど、その踊りも民族的なものだったのですね」

 辺境の少数部族には奇妙に思える風習が残っているとは聞いたことがある。
 酒場からずっと抱えていた疑問に答えが見付かってすっきりした。人生のほとんどを王城の中で暮らしてきたロゼの見識には偏りがある。ロゼにとって意味不明でも、現実に起こることには理由があるものだ。

「ううん、ただの趣味だよ!」
「……なるほどぉ」

 ロゼは深く考えないことにした。
 踊りたいから踊っている、そういうこともあるだろう。
 それよりも訊くべきことを訊かなくてはならない。

「普段はソロであるアンさんが、スピカさんとパーティを組んでいるということは、もしかして先約がありましたか?」
「ああ、違うっすよ。確かにスピカとは臨時パーティを組んではいるっすが、クレイルに来る途中で死に掛けていたのを拾っただけっすから。相性が悪くなければ今後も長い付き合いにはなると思うっすけど」
「拾った……?」

 アンは治療の腕にも優れているとも聞いていた。
 失った片目、片腕、片足――その欠損から生き残ったのは本人の錬金術によるものらしい。半身を失うほどの大怪我から生還する回復薬の製作、生体と遜色ない義手や義足を作り出す技術は相当なものだ。

「そこはまあ気にしなくていいっす」

 どうやら何か事情があるらしい。
 アンとの関係を悪くはしたくないので無理に踏み込まないことにした。
 もしも身元が怪しいと発覚しても、レネとブランカが適切に対処をしてくれるだろう。

「でも手間を省くためにこれだけは伝えておくっす。スピカは私と同等以上には動けるので、『上級』を求める依頼なら心配は要らないっすよ」

 スピカは甲冑の上から首に銅の認識票を下げていた。登録したばかりの冒険者である初級を示すものだ。どれだけ実力があっても公的な証明がなければ誰もが初級から始めなくてはならない。
 簡単な依頼を一つ二つ達成するだけで下級には上がれるので、クレイルで冒険者登録したばかりのようだ。

「申し遅れましたが、私は……一先ずロゼとお呼びください」
「了解ッス、ロゼさんッスね」
「ロゼちゃん、しくよろー」
「…………」
「どうしたっすか?」
「いえ、あっさりと受け入れるものだと思いまして」
「うーん、ロゼさんが真面目なのはよく分かったっす」

 アンの隻眼に見詰められて、緑掛かった灰色の瞳に吸い込まれるような錯覚に襲われる。

「ここまで副会長が口を挟まないところを見るに、ロゼさんが依頼主ってことっすよね。お二人がどういう関係かは想像するしかないっすが、同席して保証人になるぐらいっすから、ロゼさんの正体なんて些末な話っすよ」

 言われてみればそうだ。
 アンは王国全土で取引を行うフィルギヤ商会の副会長を通してロゼを見ているので、ロゼが何者なのかは関係なかった。

「では私からも手間を省きましょう。改めて名乗らせてください」

 ロゼは背筋をすっと伸ばした。

「ルベリスタ王国第三王女、ロザリンド・エル・ルベリスタです」
「ほえー……王女様!? ねえねえ、アンちゃん! 王女様だって! オイラ、初めて見たよ!」
「……驚いたっす」
「訳あって身分を隠してクレイルには来訪しているため、どうぞ先程のようにロゼとお呼びください」

 スピカの大はしゃぎする様子は素直な反応に見える。
 しかし、目を見開いたアンの反応は、正体に驚いているというよりロゼが早々に正体を明かしたことに驚いているような気がした。

「アンちゃんは薄々察していたみたいやね」

 ロゼが反応を読み取れたぐらいなので、レネも違和感に気付いていたようだ。

「……王女様と歴戦の商人に隠し事はできないっすね。仕事柄、第二王女殿下と顔を合わせる機会があるっす。それで顔立ちが似ているなと思っていたっす」

 予想外ではあったが納得の行く回答だった。
 ロゼとレネは苦笑を交わす。

「誰も止めらへんからな、あの方が王国で一番強いんやから」
「ミリーお姉様は外でもお変わりがないようで、安心するような不安になるような……」

 第二王女ミルドレッド・エル・ルベリスタ。
 見た目の華やかさと圧倒的な強さから“姫騎士”という呼び名で国民に慕われている。
 無意識に行使される【強化魔法】と類まれな剣術の才能によって、幼い頃から自らの道を定めると、魔法と剣術を鍛え上げるべく騎士団に飛び込んだ。そしてそのまま直属の騎士団を持つまでに成長を果たした。

 普段は王国に現れた魔物や反逆者を相手取って各地を飛び回っている。
 王城に引きこもって表舞台に立たないロゼを心配して、今でも定期的に王城を訪ねてくれる。会う度に冒険譚を聞かせてくれるので、来訪は楽しみなのだが、こんな自分に時間を使わせてしまうことを申し訳なく思っていた。
 他の兄妹にしても決してロゼを見捨てたりはしないが、最も献身的なのは一番歳の近いミリーお姉様だった。

「ミリーお姉様と同じ戦場に何度も立たれているのであれば、私はアンさんを信頼致します」
「信頼はありがたいっすが、一緒に戦っただけっすよ?」
「アンさんにとってのレネさんということです」
「なるほどっす」

 第二王女の戦場は例外なく過酷だ。
 誰もが避ける危険な場所、誰もが恐れる強大な敵、それらに立ち向かうからこそ“姫騎士”の英名で称えられているのだ。
 それはつまり冒険者にとっては、割に合わない依頼ということである。
 レネからの推薦とミリーお姉様を通して見えた人間性で、ロゼとしても二人の冒険者は信頼できると判断できた。

 日も暮れて遅い時間になるので、依頼内容の説明を切り出そうとして――未だに静音ダンスを続けているスピカに目を向けた。

「長い話になるので、スピカさんは装備を外されては……」
「んー? 装備?」
「はい、金属鎧は重いと思うので」
「脱げないから気にしないでー」
「どういうことですか?」
「だって体の一部だもん!」

 ただでさえ血の気のないアンの顔が青白くなる。
 呑気なままのスピカと、今にも吐きそうなアンの顔を交互に確認して、ロゼは首を傾げた。
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