アプロディーテの大殺界

佐藤ののり

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疑惑と駆け引き

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パリシナから帰国して2ヶ月が過ぎた。妃教育の資料は微修正は必要なものの順調に仕上がってきている。受験直前の2ヶ月間を思い出させる日々だった。正直、大学院は最低限しか授業を受けられていないし自宅学習はできていない。
このままだと、今年度は単位を全部取るのは厳しそうだ。やっぱり仕事しながら大学院に行くのはかなり厳しい。シオンみたいな天才なら軽くこなせるんだろうけど、私のような優秀な凡人の域を出られない者には限界がある。

レオンハルト殿下に歴史と文化は並列で資料を作るように言われていたが、その意味が分かった。歴史を理解しないとなぜその土地の文化ができたか根本がわからないのだ。王宮の作法も全てに意味があり、それを理解すれば一つ一つの作法も忘れないで済む。私は全ての講義の助手ができそうなくらい博識になったと思う。
帝王学も家の経営に加わるときに役立ちそうだし、大変だけどこの仕事をやらせてもらって良かったと思う。
この2ヶ月間は、法科大学院の授業と妃教育の電子教本作りばかりしていたので誰とも遊びに行かず、本当に何もすることができなかった。
そんなわけで、パリシナ国で着想したアダルベルト様への疑惑についてすっかり忘れていたが、たまたま大学院から帰ってきたときにアダルベルト様に会って思い出した。
「アダルベルト様、ご無沙汰しております。」
「久しぶりだね。大学院の帰り?」
「はい。顔色が悪いですね。大丈夫ですか?」
「風邪をひいてしまったんだ。もう少し話したいところだけど染すといけないので失礼するね。」
「はい、ご機嫌あそばせ。」
風邪で弱っている姿も麗しいわね、と思いながらアダルベルトに対する疑念を思い出した。
(よし。今は少し時間もできたしアダルベルト様のことを調べてみようかな。)

まずは協力者に連絡だ。
翌日のお昼にパリシナ帝国立大学院の経営大学院フロアでシオンを訪ねる。
「シオン、ちょっといいかしら?」
友人達といたシオンは彼らから離れて私のところに駆け寄ってきた。すっごいキラキラの笑顔だ。
「会いに来てくれて嬉しいよ。一緒にランチに行かないか?」
「友達はいいの?」
「かまわないよ。」
構わないとは言ってくれたけれど、彼の友人たちは突然放置されたのだから申し訳なく思う。
二人でカフェテリアに向かうと、少しだけ離れて警護のレーネさんが付いてくる。選んだメニューを受け取って4人掛けの席に向かい合わせで座った。最初は近況報告と2ヶ月も経過してしまったがパリシナ国のお土産を渡す。
「ところで、マクレガーの製薬と医療機器製作所でそれぞれ作ってもらいたいシステムがあるの。今度、お互いの時間をあわせて草案を説明したいんだけど、どうかな?それに少し相談したいこともあって・・・」
「いいよ。大歓迎だ。」
「場所はそうね。あなたの家か・・・もしくはカペラ宮殿のワイマール家かマクレガー家のどちらかの部屋がいいわ。」
シオンは切れ長の彼の目を細めて微笑み「ふむ」という。システムの件は表向きで”少し相談したいことがある”がメインの話だと察してくれたみたい。
「じゃあ、うちに来なよ。平日でも基本的に16時以降は家にいるよ。土曜の午後と日曜日は何時でも構わない。」
「じゃあ、次の日曜日の午後に伺うわ。シオンの好きなスコーンを焼いていくね。」
護衛に聞こえるようにはっきりとした声で私はシオンに話をした。
護衛に聞かせた理由は二つ。
一つはそろそろレオンハルト殿下側の目的を知りたいから。私を監視して報告を上げさせているはずなので、情報収集のためにワイマールを頼ったと匂わせて揺さぶりをかけたい。
レオンハルト殿下の目的が私を利用して、マクレガーの利権を手に入れたいことだったら今の私は立ち直れそうにないけれど。

もう一つは、私と殿下の間にきちんと線引きをするという意思を示すためだ。私はレオンハルト殿下を慕っている。そして、自惚れでなければ殿下も私に好意を持ち始めている。
私達が一緒になることは利益よりも不利益のほうが圧倒的に大きい。彼は妃の候補の誰かと、私はシオンと結婚することが国の安寧につながる。

とにかく!そろそろ腹を探るのを止めて、腹を割って話しても良い頃だと思う。このままじゃモヤモヤしたまま消化不良だ。
「ありがとう、夕飯も一緒にどう?母もシアに会いたがってる。」
「いいね、楽しみにしてる。」
「シア・・・」
「?」
隣り合って座っていたシオンは私の背中に手を回してギュッと抱きしめた。
「こんなに長いこと会えなかったのは久しぶりで辛かった。」
「・・・うん。」
私はシオンの背中を軽く擦った。
「シオン、いつも味方でいてくれてありがとう。」
「うん」
そのあと、二人で1時間ほど話して別れた。

******
土曜日は朝早くから厨房の一角を借りてスノーボールクッキーとスコーンを作る。10時にライラが登城する予定だ。卒業式の写真を現像したものを持ってきてくれるそうだ。
アダルベルト様がレオンハルト殿下の護衛担当の日を狙ってライラを皇城に呼んだ。この日の午後、レオンハルト殿下はアダルベルト様を伴ってフィリーナ様を訪ねにウィローブロック公爵家に赴く予定だ。
城の中では護衛が付かないので午後は誰の目も気にせずに過ごせる。今日は図書館で過去のマスメディアの記事を見たり貴族年鑑を見てアダルベルト様のことを調べる予定だ。

庭園の四阿で待っていると、ライラが城の侍従に案内されてやってきた。
「リリ!お久しぶり。痩せた?」
「来てくれてありがとう。痩せてないよー。」
2人でハグする。
「ライラ、今日は皇太子殿下とアダルベルト様がいらっしゃるんだけど一つお願いがあるの。」
「なになに?」
私はライラにちょっとした茶番に付き合ってもらうようにお願いした。
*****
「ライラ嬢、よく来てくれたね。」
よく通る美声でレオンハルト殿下がライラに声をかけた。少しクセのある淡い金髪も瑠璃色の瞳も後光が指すように眩しい。本当に宗教画から抜け出してきたような美丈夫だわ。初めて会った時から格好よかったけど、最近は恋愛フィルターのおかげでますます素敵になったような気がする。
「帝国の若き光にご挨拶申し上げます。本日は登城を許していただきありがとうございます。」
ライラが凛々しく挨拶する。
「今日は我々しかいないから畏まらなくて大丈夫だよ。」
「ありがとうございます。」
ライラがレオンハルトに写真を見せながら説明している間にリリーシアは4人分のお茶の準備と今朝作ったスノーボールクッキーを用意する。
「やった。リリのスノーボールクッキー、すごく美味しいんですよ。」
「ふふ。ではアダルベルト様、毒見をお願いしたいのですが。」
「ああ、これは3種類?」
「プレーン、ラズベリー、抹茶です。ラズベリーと抹茶はクッキー自体にも粉糖にも混ぜてありますよ。」
「ずいぶんと鮮やかな緑だな。」
「抹茶は、太陽国の発酵させないお茶・・・緑茶をミルしたものです。エスプレッソのように苦くて香りが高く甘味と一緒にいただくそうですよ。はい、毒味してください。」
抹茶のスノーボールクッキーを摘んでアダルベルト様の唇に近づける。
あーん、と小さく声をかけると思わずアダルベルト様は口を開けたので口にクッキーを入れた。
クスっと笑って、「粉糖が付いてますよ」と言って指の腹で唇を拭い、アダルベルト様の目を見る。
アダルベルトは真っ赤になり、動揺している。
(ふーん)
「えっ・・・と、残りのものは自分で毒見するから大丈夫。」
「はい。」
私は笑顔で返事する。
アダルベルト様とレオンハルト殿下は偽装恋人だと確信した。恋人の前でさっきのようなことをされたら、嫌悪や拒絶の感情を滲ませるはずだが彼は動揺して照れていた。それに、数少ない私の友人のうちの何人かに同性愛者がいるけど、彼らは私に触れられたり見つめられても大きな動揺はしない。恋愛対象に絶対になりえない友人に触れられてもなんとも思わないわけだ。
本当はライラに“あーん”してもらって私が様子を見たかったのだが、状況的に不自然になってしまうので私が試すことにした。
「リリーシア嬢、さきほどのようなことは恋人か婚約者以外にしてはなりません。男は単純なので勘違いしますから。」
「覚えておきます。」
アダルベルト様に注意された私はレオンハルト殿下にティーセットを持っていく。
こちらは笑顔だけどご機嫌ななめだ。最近は殿下の微笑み仮面の下にある感情が読み取れるようになってきた。
「殿下、カップとソーサーはどちらがよろしいですか。」
レオンハルトは一つを指さす。お茶を私のカップに少量注ぎ飲んでみせる。
カップを任意で選ばせるのも先に一口飲んで見せるのも毒味の工程だ。
その後、4人分のお茶を注ぎ最後の1滴をレオンハルトのカップに垂らす。ゴールデンドロップというらしい最後の一滴による味の差なんて本当に有るのだろうか。
続いてスノーボールクッキーを前に置いた。
「クッキーじゃないものがいいな。」
「今日は昼食が早めなのでパティシエのスイーツはお断りしました。スコーンも少しあるのですが召し上がりますか?」
「ああ、リリーシアが作ったのなら毒見はもういい。」
リリーシアはトングでバスケットの中のスコーンを取り皿に乗せた。
「3種類あります。バジルとパルミジャーノチーズ、パンチェッタとドライトマトとコンテチーズ、ロックフォールチーズとクミンシードと黒胡椒です。」
「ふーん。美味しそう。でもこれは今日のお茶には合わないな。今夜、帰宅後にワインと一緒にもらうね。」
アストリアさんはスコーンのことまで報告していたのね。そしてシオンにどんなスコーンを作ったのか知りたがるレオンハルト殿下は好奇心旺盛でかわいいかも。
とりあえずアダルベルト様と恋人同士というのは偽装なようなので、どのタイミングで腹を割って話すか迷うところだ。
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