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1話 【間男(まおとこ)】
【間男】② ※R18あり
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その日は終日雨天が続いており、人々は濁った空模様に時刻の判別を妨げられたが、暮れ六つの鐘の音をもって夕刻を知った。
良次は雨水の張った地面に飛沫を散らしがら、足早に元鳥越の長屋へと急いだ。
今日は雨にもかかわらず多忙を極めていたため、自身への褒美に奮発して、二十文(およそ五百円)もする卵をふたつ買った。
この良次なる若者は、出先へ走ってまわる店持たずの髪結師である。このごろは得意先も増えたため、安い長屋で暮らす良次は景気がいい。
活気に溢れた元鳥越の往来から脇に折れて、長屋へ通じる木戸番をくぐる。
自身の部屋へ帰ってくると、人の足音がする。身を引きずるがごとき足取りで、縁側あたりを徘徊しているようだ。やがて、そこへ座したためか、足音がやんだ。
良次はいったん立ち止まり、
「ふう……」
胸の高鳴りを鎮めた。
部屋に帰れば忠弥が居ることを知っているから、余計に息が乱れる。いまだ昂る胸を撫でながら、何事もなかった装いで戸板に手をかけた。
「ただいま」
声をかけると、朝には部屋で眠っていた忠弥が庭の縁側でくつろいでいた。ほの暗い雨を背景に、忠弥の白い肌がいっそう鮮明に浮かび上がった。
「遅かったな」
ねっとりと耳を舐めてくる声に胸を浮き立たせ、
「うん……髪結い床の手伝いに、それと、お得意先を三つも回ったんだ」
告げた。
「あの、ありがとう」
「なんのことだ」
「今朝、飯に味噌汁まで作ってくれたろ」
「俺が食うものがなかったからだ」
「おかげで朝はゆっくりできたよ」
「飯程度で礼を言ってくれるな」
哀愁をまとった微笑を唇の端に浮かべ、忠弥は縁側に続く戸を閉めた。
「どうした、早く中に入れ。ずぶ濡れではないか」
「雨が降ってたからさ。俺、朝は晴れてたから傘を持って行かなかったんだ。このまま上がっちまったら、忠弥さんも濡れちまうよ」
「構わん。居候に気を遣うな」
どことなく町人のそれとは違う語調が、忠弥の出自が武家だというのを思い知らせる。
手拭いを腕にかけて歩み寄る忠弥の首筋には、まだ新しい吸着の跡があった。
良次はそのたび、生唾を飲んだ。
(帰ってきたってことは、今日は……)
今日は、忠弥を抱ける。
なるべく考えぬようにしていた欲が、心の水面下からゆっくりと顔を出しつつあった。
忠弥はふだん長屋におらず、奉公先で男に抱かれて暮らす。
体など売らずとも、日雇い仕事で十分に暮らせる。ところが、忠弥は妾奉公に執着し、体を売り続けている。
忠弥が奉公から帰ってきた日は、必ず良次も抱かせてもらえる約束だった。
(俺は、お侍さま相手になんてことを)
背徳感に駆られるものの、良次には忠弥を拒む理由もなかった。
そもそも、とっかえひっかえに男の家を放浪していた忠弥に一目惚れし、必死に口説いて長屋に連れ込んだのは良次だ。
忠弥のほうも、無銭で抱かせるのを家賃のかわりにして合意した。
良次は生まれながら女を抱けぬ。
女に恋もせぬ。
女の柔肌よりも男の硬い肉に惹かれたし、できるなら念者(年上)をこの手で好きにしてみたかった。
ひとつ年上で体躯も美しい忠弥は、良次にとって手離しがたい情夫である。
「あの、忠弥さん」
「なんだ」
「近ぇよ、もうちっと離れてくんないと」
「近くて困ることでもあるのか。俺が近くへゆかねば、お前の身体も拭けまい」
忠弥の言い回しは誘惑めいている。整った眼孔の奥から、大きな黒目が艶めかしく手招いていた。
(この人は、俺で遊んでいるのかな)
良次は背の高い忠弥に見下ろされながら、その美貌を前に渋い顔になった。家賃の代わりとはいえ、男をも虜にする美男子が、ただの髪結いに体を開くはずがない。
いつか飽きられ、あっけなく捨てられるのではないか。
そんな予感が、常に背中へ張りついていた。
「忠弥さん……いいか?」
忠弥の両肩に手を這わせる。そっと抱き寄せながら、深紅の花唇を食んだ。
「ん」
柔らかい唇を味わいながら、舌を潜らせて愛撫する。忠弥がいなければ一生ありつけなかった甘露だ。
良次は忠弥の身体を床に横たえると、己の不安を誤魔化すように、唇へむしゃぶりついた。
「む、んん……ふ……っ」
場数を踏んでいるはずの忠弥が、口の結び目から吐息を荒らげた。初々しい乙女の喘ぎ方も、男を騙す術なのだろうか。
ようやく唇を引き離すと、次は忠弥から抱きしめて、
「――そうだな、先に身体を暖めておこう」
耳元で囁いた。
良次は甘い声の命じるまま、忠弥の着流しを脱がせた。
身体のあちこちに吸いつきながら、
(どうしたらこの人を、俺だけのものにできるだろう)
と、考え続けていた。
忠弥を妾にできる男は、みな多才でかつ裕福である。忠弥を繋ぎ止めるには、それだけの価値が自分に必要なのだ。
「っ……どうした、今日はいつになく……遅いではないか」
しつこく愛撫する良次に痺れを切らし、忠弥が苦しげに声をかけてきた。
「あんまり、急に入れたら痛いだろ」
「今さら気にすることもあるまい……最初の頃のように突っ込んだら、どうだ」
「優しくしたいんだよ」
良次は言った。本心だが、嘘でもあった。
忠弥には楽をして抱かれて欲しい。良次もまた、気持ちよくなるには心構えがいる。締まりのいい肉に挟まれると、たちまち腰が抜け、情けない姿を晒す羽目になる。
「……好きにしろ」
忠弥はその場にくたびれ、吐き捨てた。
良次は衣の裾を掻き分け、白い脚の間に入った。山なりに曲げた脚を持ち上げると、昂る男のものが物欲しげに首をもたげる。
抱いてくれと言わんばかりの肉体が、さらに良次の劣情を煽った。
(これも、男を騙す手管だったりして)
身体は嘘をつかないと聞くが、一流の女郎は偽りの蜜で股を濡らすという。
忠弥もまた、そういう芸当ができる一人なのではないか。良次の頭に不安が巡った。
時折、床から良次を見上げる宵の瞳が、やけに熱っぽく見えることがある。たとえ水商売の手管だとしても、思わず本気で心を奪われる引力があった。
「忠さん……入ぇるよ」
拡げたところへ押し入ると、組み敷いた白い体が仰け反った。奥を弄してやりながら、腹のなかで肉を擦り合わせると、忠弥がなにかを掴もうとして虚空を探った。
その手に掴ませてやろうと、良次は首を差し出した。震えながら頭に伸びてきた手のなすがままにさせ、忠弥に抱きとめられる形で体を重ねた。
「あっ、はあっ……うう」
嬌声を押し殺す忠弥をうつ伏せに横たえると、いっそう深く突き上げ、
「ああっ!」
逃げ腰になるのを捕まえながら、絶えず翻弄した。
初めに抱いた時は、あまりに気持ちがよいので良次のほうが参ってしまったが、いまは忠弥に体が追いついてきて、一晩中、思うさまに抱いていられる。
抱き疲れて、あと一度でやめようという時に忠弥の体へ触れると、汗に炙り出された微醺がふたたび良次の男をいきり立たせるのだった。
「忠弥さんっ……」
絡みつく白い体に、良次も同じだけの強さでしがみついた。
(どうか妾奉公などやめて、ずっと俺の元にいてくれ)
言い出せない本音を、胸の内で叫んだ。
汗脂と雨水に照り返る肌で互いを舐め合い、慰める。
ごうごうと叩きつける雨音に紛れて、良次は声を漏らした。
◇
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