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⑶かくまい人の重蔵
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重蔵の住まいは、本所の片田舎に置かれているためか、屋敷自体も煤けた雰囲気がある。
足元に茂る雑草が無造作に千切られており、かろうじて住人が屋敷の周辺を手入れしていると見えた。
「御免、御免」
門をくぐって戸を叩いてみたが、返事はなかった。もう亥の刻を過ぎる真夜中だから、重蔵は眠っているのかもしれない。
(朝まで待ってみよう)
勝之進が門の前に座り込んで、いくらか時がたったころ、
「あッ」
斜め前に並ぶ柳の影から、人の形がぬらりと現れた。
恰幅のいい男たちの中心に、一人だけ襷をかけた女が混じっている。みな刀を腰に差し、女にいたってはすでに抜刀していた。
(あれが討手の娘、お鈴か)
娘から放たれる敵意に気圧されて、たまらず手にしていた提灯を落としてしまった。
「間島勝之進どの」
助太刀を引き連れたお鈴が、尖った声で勝之進に呼びかけた。
「我が名は熱海兵衛の娘、鈴。父の仇である貴殿を討ち取りに参った」
「ま、待たれよ!」
立ち上がろうとしたものの、お鈴の鬼気迫る顔貌に圧倒されて腰を抜かす。
屋敷の戸板にへばりついたまま、傷ひとつない腕を見せて声を張った。
「私はこのとおり、剣を握ったこともござらぬ!このような脆弱な腕で、どのように人を斬り殺せましょうか。お鈴どののお父上を殺した者は別にいるに違いありませぬッ!」
勝之進には、お鈴本人に事実を訴えるしか術がない。
ところが、お鈴の大きな眼は、冷ややかに勝之進を見下ろすばかりだった。
「お鈴」
お鈴の後ろに控えていた初老の武士が、ひそかに耳打ちした。
「惑わされてはならぬ。このまま弟に家督を継がせず、お家を絶やすつもりか」
「いいえ、叔父上。決してそのようなことにはさせませぬ」
「ならば、この場で討ち取っても構わぬ。相手が無抵抗でも、一対一での斬り合いなら問題あるまい」
叔父の言葉を受けて、お鈴が引っ下げていた刀を正眼に構えた。
「間島勝之進どの、私も武士の娘でございます。仇と討手として尋常に勝負なさいませ」
「そ、それは……」
「ならば、斬られる覚悟はできておりましょうな!」
お鈴は大喝するや、勝之進の眼前で刀を振り上げた。
いまに体が左右へ泣き別れようというとき、勝之進は真後ろの戸口がかすかに開くのを背で感じた。
この戸口は、施錠されていない。
逃げ場を失った勝之進は、とっさに、
「南無三ッ」
勢いよく戸口を開け放ち、重蔵の屋敷へと飛び込んだ。戸板を閉めるや、草鞋を脱ぐのも忘れて奥へと駆け抜けていった。
「重蔵どの!」
無我夢中で名を呼びながら、目に入る襖を片っ端から開けていった。
次の手を伸ばすと、勝之進よりも早く襖が開く。
奥から現れた男の人影に、目が慣れてきた勝之進は拍子抜けした。
天女も爪を噛むような美貌が、眼前にあった。
睫毛の伸びる目尻はほのかに赤みがかり、その魅惑にたまらず言葉を失う。
光をはじく紅い唇から首筋へと視線を移すと、この男の肌が格別に白いのにも気がついた。
この男の背丈が五尺七寸(一七五センチメートル)あまりの長身でなければ、一目で女と見紛うていたところである。
美貌の男は瞠目して、
「……《お花》ちゃん、君なのかい?」
と、眼下の勝之進に問うた。
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