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(21)熊沢 左近 ①
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さて、渦中の熊沢左近はといえば――
「ぶはっ」
江戸城の御堀から分岐した日本橋川の水流に運ばれ、ついに日本橋・小舟町の河岸へと流れ着いた。
岸へたどり着いたころには、すでに立ちあがる体力もなかった。
「なんだこりゃあ」
「おい誰か、番所から人呼んで来いッ」
漂着した左近の背中に広がる血を見て、河岸に船をつけていた漁師たちが大いに騒ぎ立てている。
急いで呼びつけられた町医者や、番所から駆け付けた役人に囲まれながら、左近はかすむ視界に重蔵の幻を見た。
幻だからか、都合のよいことに、左近を心底から案じているふうな表情をしている。
死に際に見るのが重蔵の顔なら、悔いはなかった。
「じゅ……」
左近はぽつりと呟いたきり、痩繁した体で眠りに落ちた。
◇
左近が昼下がりの日本橋に漂着する、わずか四半刻前。
浅草をぐるりと周回した左近は、勤め先である北町奉行所へと舞い戻っていた。
奉行所に常駐している陰味方の同心たちへ、手土産に買ってきたをかりん糖を振舞ってやり、
「五年前、偽薬で捕まる連中が多かったよなあ」
談笑する中でさりげなく切り出した。
先日、左近が熱海家で発見した吟味記録は、五年前の書きつけである。
これを持っていた熱海兵衛が殺されたということは、当時に取り調べをした事件に関係があるとみえる。
とくに、吟味記録に残されていた下手人の多くが、偽薬の罪であった。
「熊沢さん、どうしたって五年前のことを急に思い出したので?」
と、吟味方同心。
「駄菓子屋の店先に麻疹絵(麻疹の退散を祈願して、鬼神などを描いた絵)が飾ってあってな、昔は為物の薬なんかも買わされたりして、たいそう懐が寒かったって話を聞いたのさ」
もちろん、これは嘘だった。
「ああ、たしかに五年前はべらぼうに多く捕まえたものです。人が困っているという時に、よくもあのような悪徳を働いたものだと思いましたね」
「それだけの人数を裁いて牢に入れりやあ、江戸の人口も減っちまいそうだ」
「いや、それなんですがね、実際に裁かれた数はそうでもなかったような覚えがあります」
「ほう」
「溢れるほどいる薬犯を捕まえたら、毎日のようにお裁きで、お奉行がぶっ倒れてしまいますから。ちょうどいい加減で見逃していたりしてたそうですよ。薬を見抜かれて、あまり稼げなかった間抜けな薬売りとかね。はは」
もう過ぎたこととあって、吟味方の連中は愉快げな語調であった。
「釈放した下手人があんまり多いってんで、一時はお奉行から事情の説明を求められたこともあったと聞いています」
「大変だな」
「ええ。こんなことなら、吟味した人数を少なめにつって記録しとくんだった……なんて、あの頃は与力の方々も嘆いておられました」
「町廻り楽さがつくづく身に染みるぜ。こんな菓子でよけりゃ、たんと食ってくれな」
「熊沢さんはよろしいのですか」
「おれは甘いものが好きじゃねえのさ」
適当に断ると、左近は甘味を楽しむ同心たちを置いて、書物庫へと忍び込んだ。
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