かくまい重蔵 《第1巻》

麦畑 錬

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(23)かくまい人と討手と仇 ②

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 お鈴は暫時、開眼したまま勝之進と対峙していたが、

「――やはり、そうでしたか」

 やがて瞼を伏せがちに、下を向いた。

 お鈴が逆上してくるものと覚悟していただけに、

「えっ」

 勝之進はひときわ声高になった。

「父を失った悲しみと怒り……なにより、今後の家族の生活に目が眩んでさえいなければ、叔父上がどこか怪しいことに気が付けたかもしれません」

 お鈴はこう続けた。

「会ったこともない遠縁の身でありながら、父が死んだ途端に颯爽と現れ、仇討を進言なさったのも叔父上です。仇は間島勝之進で間違いない、ここで仇を討たねば武家の恥なるぞ、と。なぜ、あれほど仇討に協力的で、あれほどに強く押し進めてくるのか……勝之進どのに罪をなすりつけ、葬り去ろうとしたのですね」

「では、私たちで町奉行所へ申し出ましょう。いまなら……」

 身を乗り出して提案しようとしたところで、勝之進は絶句した。

 深くうつむいたお鈴が、

「申し訳次第もありませぬ。私が、もっと早くに叔父上との関係を切っていれば、このように取り返しのつかぬ事態にはならなかったものを」

 畳に添えた手のうえへ、おもむろに額を擦りつけた。

「本当に、申し訳ございません」

「そんな、お鈴どの・……頭を上げてくだされ」

 あの気高いお鈴が謝罪したので、勝之進は面食らっていた。
「叔父上は、泰山は……あなたの許婚であるお染どのを、人質になさるおつもりです」 

 伏したお鈴からそう告げられて、勝之進は固まった。

 屋敷の脇を通った荷車の音も、隣のおいとけ堀で魚が眺ねる音も、一里先のことのように遠く聞こえた。

「そ、そんなはずがありませぬ。いくら仇討のためとはいえ、無関係の人間を巻き添えにするなどご法度。本気のはずが」

 巻き添えにするはずがない。

 そう信じたくて断言しようとしたとき、勝之進は言葉を絶った。

 頭を上げたお鈴の口元が、これでもかと歯を食いしばっている。いまに泣きたいのを、必死でこらえていると見えた。

 その真剣な顔貌から、お鈴が露した泰山の企みに、誇張や偽りが一切ないのが伝わってくる。

 泰山はきっと、勝之進が逃げたときにはお染を見せしめに殺す気でいるのだ。

「このような、武士にあらざる所業……叔父上が怪しいと薄々勘付いていながら、流された自分が憎くてなりませぬ」

一度は鎮まっていた炭火が再び勢いづくような激しい義憤が、お鈴の中で燃えている。

 自分を騙した泰山も憎いが、騙された自分も許せない。お鈴はいまにも畳へ拳を叩きつけ、怒りのままに泣いて叫びたかったのであろう。

 それでも、いちばん辛いのが勝之進だと思ったからこそ、お鈴は涙だけは流すまいとしているのだ。

(まだ若いのに、なんて女の子だ)

 武家の娘らしく精悍に在ろうという、責任感で塗り固めた外の割れ目から、お鈴の本音が見えた気がした。
 
 本性は、まっすぐな心根の持ち主なのだろう。

 勝之進は力んでいた眉根を継し、ゆるりと肩を下ろした。

「お鈴どのが、私の無実を知ってくれただけでも十分です」

 家族の生活を脅かされれば、大人だって正常な判断はできなくなるものだ。

 泰山を裏切ってでも、その計画を勝之進へ打ち明けたのだから、お鈴は立派な娘だった。

「泰山どのには、私が仇討試合に参るとお伝えください。そうすれば、お染のもとからは手を引くでしょう」

「勝之進どの」

 それまで傍聴していた重蔵が、後ろから神妙に声をかけた。

 勝之進は張り詰めた美貌へ向き直り、穏やかに顎を引いた。

「私が死にたくないのは、許嫁を置いていきたくはないからです。けれど、私が生き延びたとして、お染が死んだのでは元も子もありませぬ」

「……いいのか。泰山は、貴殿を生かしては返さぬぞ」

「お鈴どのは、もう私を斬りはしません。ともに明日の仇討試合、どのようにして切り抜けるべきかを考えましょう」

 勝之進の提案に、お鈴は頷いていた。

 町奉行所へ訴え出ても、それを知った泰山がすぐにでもお染を始末しかねない。

 勝之進は、お染から魔の手が引く仇討試合当日に、泰山の前へ馳せるしか道はなかった。

 お染の命を想うと、不思議と怖くなくなっていた。


 ◇
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