本妻探偵〜彼女の不幸な結婚〜

地野千塩

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占い師炎上編-3

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 カラオケオフ会の翌日、ミイは北海道旅行から帰ってきたようだ。

 夫も帰ってきて離れにこもって、ずっと執筆していた。

 よっぽど筆がのっているのか、離れは夜中ずっと灯りがついていた。

 この状況下で話しかけても嫌がられるだろう。
使い捨ての紙の弁当箱におにぎりや唐揚げや漬物を詰めて、紙袋に入れて離れの扉のドアノブに吊るして置いた。

 もっとも文花の料理など嫌いな夫は食べない可能性が高かったが、そうせずには居られなかった。

 ミイのプライベートのSNSは相変わらずだったが、仕事でのブログはまた炎上していた。

 ミイはブログで再び「スピリチュアルにハマる女はブス!」という内容の記事をあげた。

 内容は他力本願で努力しない女はブスで、胡散臭いスピリチュアルにハマるのだと痛烈に批判してあったが、そこに人気占い師の桜村糖子が反論した。

 桜村糖子は、占いに興味がない文花でも知っているぐらい人気占い師だった。

 年末年始書店に行けば、彼女の年間の星占いの本が目立っているし、テレビにも出ていた。関東ローカル限定だが「突撃!糖子の心霊診断」という生放送の番組もある。幽霊屋敷や呪いの人形などを鑑定して、時には除霊もして人気だった。番組の演出は意外とコメディタッチで文花も時々視聴していた。

 糖子はまずミイのブログに反論するコメントを寄せていたが、ミイも折れずに反論仕返し、ミイのファンやアンチも巻き込み炎上していた。

 文花が見る限りどっちもどっちという感じで争っていたが、注意深く騒動を見ていた。

 確かにミイの言う事も一理あるが、現在進行形で不倫をしている倫理観の無さを思うと納得はできない。少なからず恨みを買っている人物だし、同情もできない。

 それに炎上すると売り上げに繋がる事もあるだろう。ネット書店をみるとミイの書籍は軒並み売れ切れ、取り寄せ状態になっていた。しかもタイミングよく来月電子書籍で本を発表すると言う。すでに予約も始まっていて、発売前にも関わらず、なぜか感想もついていた。どうやら熱心なミイのファンの仕業のようで、過去の感想を調べるとミイの書籍にどれも絶賛していた。

 そういえばミイはネット書店のレビューを異様に気にしていて、単なる酷評レビューにも「暇人のニートが書いている筈だ」と仕事ブログで愚痴っていたのを思い出す。

 文花はなかなか甘いなと思う。夫の小説は売れているが、酷評レビューなど気にしてたらキリがない。文芸誌や雑誌で専門家にこき下される事も多いが、夫は全く気にしていない。キリがないからだった。確かに売り上げを左右する有名評論家もいるが、それ以外の誤字だらけの素人レビューはそこまで大きな影響は無い。好きに言わせておけば良い。

 サクラを雇い、絶賛レビューばかりにする事は不可能ではないが、そんな事しても逆に夫の自尊心や自己肯定感を壊すだろう。甘やかせば全て良いのではないのだ。

 夫の元・担当者だった紅尾にも「奥さんは先生の本の絶賛レビューをしたり、書店で買い占めしないで下さい。そんな事しても先生の自信はつきませんよ。実際コネで甘やかされて作家になった人で長く続いて居ないんですよ」と釘を刺されている。あの男にしては珍しく正論である。

 文花も夫の本が好きだったので、昔はいちいち腹を立てていたが、無駄な怒りだと気づく。売れるほど絶賛コメントばかりでなくなるし、夫の不倫の方が許せなくなった。

 そう言う面でもミイはまだまだだ。キツい言葉で武装しているが、酷評レビューにいちいち傷ついているのは、意外とメンタルは弱いのかもしれない。

 夫の不倫相手でイライラとはするが、そう思うと少し冷静になってくる。

 文花は書斎のパソコンの電源を切ると、下の食卓に向かう。

 書斎の窓から離れの電気が切れたのが見えたからだ。

 夫は食卓に座り、ペットボトルのお茶を飲んでいた。

 久しぶりに会う夫は少し日に焼けていた。

 北海道旅行を堪能したのだろう。その様子はミイのプライベートのSNSで匂わせていたから知っている。

「久しぶりー、文花ちゃん。飯食ったよ」

 テーブルの上には紙袋が置かれていた。中を覗くと食べ尽くした弁当のからが入っていた。持ち上げると軽かった。文花はそれを端の方によけて、夫に向き合うように座った。

「あなた、一体どこに行ってたのかしら?」
「うん、取材で」
「北海道? 牧場の搾りたての牛乳やジンギスカンは美味しかった?」

 文花はニッコリと笑顔を作った。

 夫は大袈裟にのけぞり、ため息をつく。

「調べたんか?」
「ええ、簡単に。ミイさんにお伝えください。韓国アイドルのファンの中でもマナーが悪いファンだと有名ですよ、と」
「そっから調べたんか。よくやるなぁ~、探偵にもなったらどうだい? 天職だろ」

 夫はまたため息をついて、ペットボトルのお茶に口をつける。

「あなたこそ不倫の小説でも書けばいいじゃない。純愛やラブコメディばかりじゃなく」

 夫はあれだけ不倫をしておきながらも創る物語は美しい恋愛ものばかりだった。創るものだけは皮肉のように美しかった。

「こういう作風なんだよ。それに読者が求めているものは不倫ものじゃないしなぁ」
「あら、私は不倫もの読みたいわぁ。さぞリアリティがあるんでしょうね」

 ふふふと笑っていると、夫が何か閃いたようにポケットに突っ込んであるメモ帳に何かを書きつけた。夫は作品のネタがひらめいた時いつでも書けるようにポケットの中には常にメモ帳を忍ばせていた。胸ポケットにはボールペンも引っ掛けてある。

 ボールペンを滑らす音が微かに聞こえる。外から烏の鳴き声も聞こえて静かな午後だった。

「よし、今度は文花ちゃんをネタにしよう」

 夫はメモ帳をポケットに戻すと満足したように頷いた。

「はい?」
「いい話思いついたんだよ。ライトなミステリーだ。夫の不倫相手をしつこく調べる妻が、いつの間にか殺人事件を解決してしまう話だ」

 夫の目はいやにキラキラと輝いていた。見た目はおじさんだが、目だけみると子供みたいだった。

「『愛人探偵』っていうタイトルにしよう。いいネタ思いついた」
「そんなの辞めてくれません?っていうかそんな不謹慎なタイトル編集者も通すかしら」
「よし、さっそく企画書書こう」

 夫は文花の言う事など無視して立ち上がって、また離れの方に行ってしまった。

「はあ?」

 文花は苛立ち、テーブルの上の紙袋をゴミ箱に捨てた。
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