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第一部
殺人事件編-3
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マムは娼婦のような女だと思っていた。商業地区での噂、夫のポエムなどを総合すると、派手な下品な女だと思ってた。
しかし目の前にいるマムは、小柄だった。背の高いフローラと並んで立つと、その差は明らかだった。
着ているドレスもレースがたっぷり、ブリブリで繊細。長い栗毛も上品に巻かれ、いかにもか弱い女性に見えた。むしろ悪役女優顔のフローラがいじめっ子に見えるぐらいだった。
クリスは混乱したマーシアやザガリー達を連れて別室へ行ってしまい、作業では本妻と愛人が二人で対面している。その間にいる夫は無表情で固まるばかりで、完全に添え物化していた。
「こ、こわーい。サレ公爵夫人の顔がこわーい!」
マムはあの恋愛テクニック本通りに、夫の前でぶりっ子していた。わざとらしくカタカタと震え、目を潤ませていた。何も事情を知らない第三者が見たら、フローラがマムをいじめているようにしか見えないだろう。
「公爵さま、私、サレ公爵夫人に虐められているんですぅ。ストーカーみたいに、色々調べられて、私、夜も眠れないのぉ~。こわぃ~」
今にもマムは泣きそう。
「おい、フローラ、本当か?」
ここで頷くしかない。フローラは嘘がつけないたちだった。修道院でもそう躾されていた。
「おい、まさか愛人調査でもしているのか? 薄々、そんな事をしているとは思ったが……」
夫は嫌悪感たっぷりの視線を向けてきた。フローラは思わず自身の手をぎゅっと握り締めてしまう。
不倫は心の殺人。こんな時でも妻にそんな視線を向けてくる夫にフローラの心は、さらに壊れていく。
「おい、フローラ。何とか言えよ。マムに何をしてるんだよ」
「公爵さまぁ~。私、こわくって、こわくて!」
猫撫で声を発するマムに、吐きそうだ。おそらく脅迫状の犯人もマムだ。それぐらいの事は平気でやりそうだ。
「でも」
気づくと、口から勝手に声が出ていた。
「でも、あなた。あなたは、泥棒猫よね? 泥棒猫ちゃん?」
自分の声とは思えないほど、冷たい。この声がきっかけに場の空気は完全に凍りつき、夫もマムも押し黙ってしまう。
フローラはマムに目に前に近づき、見下ろした。そう、自分は本妻だ。正式な妻だ。こんな泥棒猫の戯言には負けてはいられない。
フィリスも言っていた。負けるな、と。ここで負けたら、妻としての尊厳が消えてしまう。
「ねえ、泥棒猫ちゃん? 人のものを盗んでいる今の気持ちは、どう? 確かに私にも原因があるかもしれない。でも不倫という行動に移した時点で、あなた達は立派な犯罪者では?」
さらにフローラはマムに近づき、見下ろした。このフローラの圧力の負け、マムは何も言い返せず黙っていた。背筋が曲がり、本当に不細工な野良猫のよう。一方、フローラは背筋をすっと伸ばし、汚物へ向けるようにマムを見下ろしていた。
「ねえ、泥棒猫ちゃん。あなたは、こんな所に来る資格はないわ。他人の恋愛相談乗る資格もね。泥棒猫は自分のお家にかえりなさい」
さらにフローラの冷たい声が響く。
「っつ、サレ妻がドヤ顔するなー!」
マムは捨て台詞を残して去っていく。この姿は、泥棒猫というより負け犬だ。フローラの圧力に完全の負けていた。愛人が発する安っぽさ、情けなさ。そこに格の違いをフローラは身をもって見せつけたのだ。
そういえばフィリスの父親が書いた探偵マニュアルには、愛人は本妻より色んな意味で劣るとあった。事実かもしれない。
「フ、フローラ」
夫はこのフローラに呆然としていた。
「お前、案外強かったのか……?」
確かに毅然と愛人を追い払ったフローラは、夫が知らない一面だっただろう。かくいうフローラも、そんな自分に戸惑っていた。少し前の自分だったら、泣け叫び、狼狽えていたのかもしれない。
負けないで。
いつかフィリスがくれた言葉が、心の支えになっていたのかもしれない。そうだ、あんな泥棒猫なんかには負けたくない。
「奥様! マムを追い払ってくれてありがとうございます!」
そこのクリス達も別室から出てきた。クリスによると、マムは時々施設に現れては、差別発言をしたり、マーシアやザガリーを虐めていたとう。おかげで彼らからもとても感謝されてしまった。
「あ、あがとう!」
特にザガリーの拙い感謝の言葉を聞いていると、フローラも泣きくなってきた。毅然としていたフローラだったが、相当気が張っていたのだろう。マムがこの場所にいないというだけで、安堵しかない。
夫はこの状況に無言だった。いつもだったら、フローラへ嫌味の一つでも言いそうだったが、何も言えない模様。
「奥様、でも気をつけて。マムはろくでも無い女」
そんな中で、盲目のマーシアは、冷静だった。フローラの耳元で何か囁く。
「マムは魔術師にも恨まれてるからね」
「マーシア、どういう事?」
「ええ。私もあんな女は、泥棒猫だと思うけどね」
「え?」
「今度都で魔術師がマムを呪うそうよ。奥様も呪いの儀式に参加しない?」
そう誘うマーシアの目は、無邪気だった。何も見えていないはずなのに、全てを見透かしているようだった。とんとんとフローラの肩も叩き、その手は何かを挑発しているよう。
「呪いたいでしょ、あんな女」
ノーとは言えなかった。フローラは嘘は言えない。
「そうね。興味はあるわ」
マーシアから呪いの儀式の詳細を聞いていた。場所、日時、時間など。呪いをかけるのは、エルという男の魔術師らしい。
「ええ、人間なんて天使じゃないのよ。奥様もマムへの気持ちは、自覚した方がいいかもね? 人間の心なんてそんなに強くはないわ。ね、公爵夫人?」
無邪気に笑うマーシアを見ながら、確かに自分の心には天使はいないと自覚していた。むしろ心には毒まみれの魔女が住んでいるような気がしていた。
しかし目の前にいるマムは、小柄だった。背の高いフローラと並んで立つと、その差は明らかだった。
着ているドレスもレースがたっぷり、ブリブリで繊細。長い栗毛も上品に巻かれ、いかにもか弱い女性に見えた。むしろ悪役女優顔のフローラがいじめっ子に見えるぐらいだった。
クリスは混乱したマーシアやザガリー達を連れて別室へ行ってしまい、作業では本妻と愛人が二人で対面している。その間にいる夫は無表情で固まるばかりで、完全に添え物化していた。
「こ、こわーい。サレ公爵夫人の顔がこわーい!」
マムはあの恋愛テクニック本通りに、夫の前でぶりっ子していた。わざとらしくカタカタと震え、目を潤ませていた。何も事情を知らない第三者が見たら、フローラがマムをいじめているようにしか見えないだろう。
「公爵さま、私、サレ公爵夫人に虐められているんですぅ。ストーカーみたいに、色々調べられて、私、夜も眠れないのぉ~。こわぃ~」
今にもマムは泣きそう。
「おい、フローラ、本当か?」
ここで頷くしかない。フローラは嘘がつけないたちだった。修道院でもそう躾されていた。
「おい、まさか愛人調査でもしているのか? 薄々、そんな事をしているとは思ったが……」
夫は嫌悪感たっぷりの視線を向けてきた。フローラは思わず自身の手をぎゅっと握り締めてしまう。
不倫は心の殺人。こんな時でも妻にそんな視線を向けてくる夫にフローラの心は、さらに壊れていく。
「おい、フローラ。何とか言えよ。マムに何をしてるんだよ」
「公爵さまぁ~。私、こわくって、こわくて!」
猫撫で声を発するマムに、吐きそうだ。おそらく脅迫状の犯人もマムだ。それぐらいの事は平気でやりそうだ。
「でも」
気づくと、口から勝手に声が出ていた。
「でも、あなた。あなたは、泥棒猫よね? 泥棒猫ちゃん?」
自分の声とは思えないほど、冷たい。この声がきっかけに場の空気は完全に凍りつき、夫もマムも押し黙ってしまう。
フローラはマムに目に前に近づき、見下ろした。そう、自分は本妻だ。正式な妻だ。こんな泥棒猫の戯言には負けてはいられない。
フィリスも言っていた。負けるな、と。ここで負けたら、妻としての尊厳が消えてしまう。
「ねえ、泥棒猫ちゃん? 人のものを盗んでいる今の気持ちは、どう? 確かに私にも原因があるかもしれない。でも不倫という行動に移した時点で、あなた達は立派な犯罪者では?」
さらにフローラはマムに近づき、見下ろした。このフローラの圧力の負け、マムは何も言い返せず黙っていた。背筋が曲がり、本当に不細工な野良猫のよう。一方、フローラは背筋をすっと伸ばし、汚物へ向けるようにマムを見下ろしていた。
「ねえ、泥棒猫ちゃん。あなたは、こんな所に来る資格はないわ。他人の恋愛相談乗る資格もね。泥棒猫は自分のお家にかえりなさい」
さらにフローラの冷たい声が響く。
「っつ、サレ妻がドヤ顔するなー!」
マムは捨て台詞を残して去っていく。この姿は、泥棒猫というより負け犬だ。フローラの圧力に完全の負けていた。愛人が発する安っぽさ、情けなさ。そこに格の違いをフローラは身をもって見せつけたのだ。
そういえばフィリスの父親が書いた探偵マニュアルには、愛人は本妻より色んな意味で劣るとあった。事実かもしれない。
「フ、フローラ」
夫はこのフローラに呆然としていた。
「お前、案外強かったのか……?」
確かに毅然と愛人を追い払ったフローラは、夫が知らない一面だっただろう。かくいうフローラも、そんな自分に戸惑っていた。少し前の自分だったら、泣け叫び、狼狽えていたのかもしれない。
負けないで。
いつかフィリスがくれた言葉が、心の支えになっていたのかもしれない。そうだ、あんな泥棒猫なんかには負けたくない。
「奥様! マムを追い払ってくれてありがとうございます!」
そこのクリス達も別室から出てきた。クリスによると、マムは時々施設に現れては、差別発言をしたり、マーシアやザガリーを虐めていたとう。おかげで彼らからもとても感謝されてしまった。
「あ、あがとう!」
特にザガリーの拙い感謝の言葉を聞いていると、フローラも泣きくなってきた。毅然としていたフローラだったが、相当気が張っていたのだろう。マムがこの場所にいないというだけで、安堵しかない。
夫はこの状況に無言だった。いつもだったら、フローラへ嫌味の一つでも言いそうだったが、何も言えない模様。
「奥様、でも気をつけて。マムはろくでも無い女」
そんな中で、盲目のマーシアは、冷静だった。フローラの耳元で何か囁く。
「マムは魔術師にも恨まれてるからね」
「マーシア、どういう事?」
「ええ。私もあんな女は、泥棒猫だと思うけどね」
「え?」
「今度都で魔術師がマムを呪うそうよ。奥様も呪いの儀式に参加しない?」
そう誘うマーシアの目は、無邪気だった。何も見えていないはずなのに、全てを見透かしているようだった。とんとんとフローラの肩も叩き、その手は何かを挑発しているよう。
「呪いたいでしょ、あんな女」
ノーとは言えなかった。フローラは嘘は言えない。
「そうね。興味はあるわ」
マーシアから呪いの儀式の詳細を聞いていた。場所、日時、時間など。呪いをかけるのは、エルという男の魔術師らしい。
「ええ、人間なんて天使じゃないのよ。奥様もマムへの気持ちは、自覚した方がいいかもね? 人間の心なんてそんなに強くはないわ。ね、公爵夫人?」
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