毒妻探偵〜サレ公爵夫人、夫の愛人を調べていたら殺人事件に巻き込まれました〜

地野千塩

文字の大きさ
76 / 157
第二部

疑惑編-3

しおりを挟む
 客間にいるコンラッドは、大股で座り、ドヤ顔だった。

 マムの事件後は、自らの失態について負け犬の遠吠えをしていたコンラッドだった。白警団内でも立場が無いという噂を聞いたが、今、目の前にいるコンラッドは、限りなく偉そうだ。

 元々鋭い目の嫌味な男だったが、今は余計にイライラとしてきたが、悟らせるわけにはいかない。フローラは薄く微笑み、事情を聞く事にした。

「単刀直入に言う。パティは自殺だ」
「は?」

 あの極悪女のパティと自殺という言葉が全く結びつかない。まるで水と油のような関係でフローラは言葉も出なかった。

 その間にコンラッドは白警団の調査結果をペラペラとスピーチ。彼の頭の中では国王にでもなった気分か。それぐらい流暢だった。

 ペティの死因はピーナッツアレルギーが反応した結果だった。あのパーティーの直前、ピーナッツオイル入りのクッキーを食べ自殺。自室には遺書のようなものも見つかり、状況から見ても自殺だと判断したという。

「まさか、あんな極悪不倫女が自殺するわけないわ。ちゃんと調べなさいよ」
「おいおい、素人が何を命令してるんだ。しかもサレ公爵夫人が。あはは」

 本当に嫌味だ。コンラッドは足を組み、さらにスピーチを続けた。死への引き金を引いたクッキーは、シスター・マリーの菓子屋で販売されたものだという。

「シスター・マリーの?」
「まあ味は良いクッキーだからな。最後の晩餐として食べたかったんだろう」

 ここでコンラッドは口笛まで吹いていたが、あのパティが自殺なんて。しかもシスター・マリーの菓子で。少なからずマリーとフローラは関係がある。ブリッジッドがマリーの菓子を大口注文したとも聞いた。

 これは単なる偶然?

 そもそもパティがピーナッツアレルギーがある事をどれだけ人が知っていたのか。悪意がなくても誰かの差し入れでうっかり食べてしまう事もあるだろう。当日、パティの部屋に誰か来なかったのか。あるいはクッキーをプレゼントした者がいなかったか。

「ちゃんと調査しなさいよ。パティはクッキーはいつ入手したの?」
「クッキーを無理矢理食べさせるなんて無理だろ。どう見ても自殺。はい、論破。それってあなたの感想だろう。サレ公爵夫人の感想なんて聞きたく無いわ~」

 コンラッドの嫌味な表情は全く楽しく見えない。むしろイライラするが、表に出すのは負けを認めるようだ。わざと上品に微笑み、フローラは一番知りたい事をきいた。

「自殺だとしたら、サレ妻の私に罪悪感でも持ったから?」
「そんな訳ないだろ。遺書らしきものは、公爵とこの世でくっつけない事を嘆き、悲劇のポエム書いてたな」
「ポエム? 他にノートみたいなものはパティの部屋から見つかった?」
「は、ノート?」
「うん? 公爵夫人、何か知ってるのか?」

 愛人ノートを盗んだ犯人=パティ?

 もし愛人ノートがパティの側にあったら、いくら無能&コネ男のコンラッドでも、何か怪しいと思うはず。事実、マムの事件の時は証拠もない癖に疑ってきた。

 そんなコンラッドがあっさり自殺と判断した事は、愛人ノートはパティの部屋から見つかってない。

 愛人ノートを盗んだ犯人はパティではなかった?

 またはパティだったが、別の人物の元にある?

 確か愛人ノートには「パティはピーナッツアレルギー」と書いた。パティを殺した犯人は、そこを見て殺人を実行した。筋は通ってしまう。

 まるでフローラが書いた愛人ノートが呪いを呼んだみたいだ。しかしそんな呪いで人は殺せない。マムの事件でそれは立証済みだ。

「じゃあな、サレ公爵夫人。いや、無能な素人探偵か。俺は他の凶悪事件で忙しいんだよ。なんせ白警団のエリートだからなっ!」
「ちょ、コンラッド。待ちなさいよ、まだ聞きたい事があるんだけど」
「待つもんか。パティは自殺。はい、終了。って言うか公爵の元愛人達がことごとく不幸になってると聞いた。奥さんが何かやっただろ。本当に呪詛でもしたか? 万が一自殺じゃなかったら、奥さんが呪い殺したんだろう? 奥さんが犯人だ」

 コンラッドはお茶も飲まずに帰って行ってしまった。

 入れ替わりのようにお茶と菓子一式を持ったパティが客間に入って来た。

「なんなの。コンラッドのヤツ。パティみたいな女は自殺なんてしませんって」

 それはフィリスも同意だった。フィリスはお茶と菓子一式をテーブルの上に置いた。とりあえず二人でこのお茶を飲む事にしたが。

「でもフィリス。無理矢理クッキーを食べさせる事って可能だと思う?」
「うーん、無理ですよ……」

 実際、今の二人もお茶と共にチョコレートクッキーを食べていたが、無理矢理口に入れるのは不可能だ。眠らせたとしても、硬い咀嚼するのは難しい。水っぽいものだったら眠らせて飲ませる事は出来そうだが。だとしたら、パティ自らクッキーを食べるよう誘導した「何か」があったはずだ。

「あ、でも。もしかして!」
「フィリス、何?」
「ちょっと待って」

 フィリスはバタバタと走りながら、退出すると、すぐに戻ってきた。また行儀が悪くなってしまったが、今はそれどころでもない。

「これですよ! これ、あの日のパーティで見つけたラベルです。シスター・マリーのクッキーのラベルです!」

 フィリスは息を荒げながら、それを見せてくれた。確かのあの日、ラベルを拾った。何か必要みなるかも知れないと、一応フィリスにとって置くように頼んだものだった。

「でも、このラベル……。原材料にピーナッツオイルとは書いてない。確かマリーのクッキーにはピーナッツオイルを使っていると書いてあったけど……」

 ラベルは何か違和感を覚えた。もし、このラベルが虚偽だったとしたら、間接的に殺人ができてしまう。

「まさかマリーがラベルを書き換えてパティを殺した? そんな訳ないです」

 フィリスは口を尖らせて否定した。フローラだってそう思うが、犯人がラベルを偽装してパティに渡した可能性も多いにある。たった一行、原材料の表示を変えるだけでできるのだから、ある意味誰でも犯行は可能。

 パティのアレルギーについてどれだけ知られていたか。

 これが今回の事件を紐解く鍵になりそうだ。もしさほど知られてなかったとしたら、愛人ノートを盗んだ犯人と同じかも知れない。あそこにはパティのアレルギーについても書いてあった。

「でも私はマリーが犯人なんて思えませんよ。あんなに丁寧に指導してくれたんですよ」
「そうね……」

 フローラは紅茶を啜りながら頷く。あれほど信仰深いマリーだ。復讐は神がすると断言していた女性が、自ら手を出さないだろう。もしかしたら過失の可能性はあるだろうが。

「とりあえず、これからマリーの所へ行きましょう。このラベルについてはマリーが一番詳しいわ」
「そうですね。でも、その前にお茶飲みましょう。クッキーも。キリキリに張り詰めても、ろくな結果にならないですよ、奥さん。もう夕方ですし、明日でも良くない?」
「そうね……」

 これはフィリスに同意だった。今は少しお茶を飲みながら、身体も心も緩めよう。

「まあ、うちらは愛人ノートの件も知ってるし、コンラッドなんかよりな数歩進んでますよ! 大丈夫、パティを殺したヤツは必ず捕まえましょ!」

 フィリスの明るい声を聞きながら、フローラの心も緩んできた。

 確かに今はまだ何も分からないが、コンラッドよりはパズルのピースを持ち合わせているだろう。それにコンラッドは最終ゴールを間違えている可能性もある。そう思うと、フローラは余裕が出てきた。

 それに愛人パティが死んだって別に嬉しくもない。むしろ、死に逃げされた気分だ。夫は可哀想な事になっているし、このまま作品が描き続けられるかも未知数だ。パティにもっと「この泥棒猫!」と罵りたくもあった。そう思うと、パティを殺した犯人に同意できない。むしろ邪魔された。これは犯人を見つけるしかない。コンラッドがいくら自殺と言い張ったとしても。

「奥さん、紅茶美味しいね!」
「ええ」

 フィリスと二人で啜る紅茶は甘やかに感じるほどだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人
恋愛
【「愛さない」と言ったのはあなたです。私はもっとハイスペックな次(夫)と幸せになりますので、どうぞお構いなく!】 侯爵令嬢リディアは、建国記念舞踏会の最中に、婚約者である王太子レオンハルトから婚約破棄を宣言される。 「君を愛することはない!」という王太子の言葉は、国中に響く『公的拒絶誓約』となってしまった。 しかし、リディアは泣かなかった。 「承知しました。私も愛しません。次いきます」 彼女は即座に撤退し、その場で慰謝料請求と名誉回復の手続きを開始する。その潔さと有能さに目をつけたのは、国の行政を牛耳る『氷の宰相』アシュ・ヴァレンシュタインだった。 「私の政治的盾になれ。条件は『恋愛感情の禁止』と『嘘がつけない契約』だ」 利害の一致した二人は、愛のない契約結婚を結ぶ。 はずだったのだが――『嘘がつけない契約』のせいで、冷徹なはずの宰相の本音が暴走! 「君を失うのは非合理だ(=大好きだ)」「君は私の光だ(=愛してる)」 隠せない溺愛と、最強の夫婦による論理的で容赦のない『ざまぁ』。 一方、リディアを捨てた王太子は「愛さない誓約」の呪いに苦しみ、自滅していく。 これは、悪役令嬢と呼ばれた女が、嘘のない真実の愛を手に入れ、国中を巻き込んで幸せになるまでの物語。

処理中です...