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第二部
疑惑編-4
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今朝の朝刊では、パティは自殺だと報道されていたが、ゴシップ誌は全く違う。フローラが呪詛でパティを殺したと書かれ、匿名とはいえ元愛人のクロエ、ドロテーア、エリュシュカが不幸になっているとある。
「私のクッキーも呪詛菓子とか噂がたって、大口注文が山ほどきてるの! フローラもフィリスもクッキー作るの手伝って!」
予定通り、翌日、シスター・マリーの菓子屋に行ったフローラとフィリス。パティの死因も報道され、さぞマリーの菓子屋も風評被害を受けていると思ったが、逆だった。むしろ注文が殺到していると、フローラもフィリスも菓子作りを手伝うはめになってしまった。
厨房は三人もいると狭いぐらいだ。その上、オーブンも稼働中なので、蒸し風呂状態だ。フローラ達も調理用のコックコートやエプロン、マスクもつけているので、余計に暑いが、クッキーを型抜きしたり、チョコレートをトッピングしたり、焼いたクッキーを袋つめしたり、忙しく動いていた。
フィリスは田舎娘らしく体力があるので、難なく仕事をこなしていたが、フローラは腐っても公爵夫人。愛人調査のために身体は鍛えていたが、重い小麦粉の袋を持った時、さすがにバテてしまい、厨房の隅に座って休憩となった。
「フローラ、大丈夫?」
マリーからコップに入った水を受け取る。単なる水だったが、今はご馳走のように美味しい。フローラは汗で濡れたおでこをタオルで拭いた。
「マリーもよく一人で菓子屋経営できますね」
「まあ、小さな店だからね。私も少し休憩しましょうかね」
マリーも丸椅子を持ってきて、フローラの横に座った。見かけは小さな老婆のマリーだが、十五キロの小麦粉もなんなく持ち上げていた。隣にいるマリーの底知れぬエネルギーに圧倒されそう。目もツヤツヤとし、野生動物のよう。
一瞬、マリーがパティを殺した疑っていたが、その可能性は限りなく低そうだった。こんな生命力のある女は、むしろ死にたがっている人を勇気づけそうだ。もしパティに何か恨みがあっても、殺す手段は取らないだろう。
そうは言ってもラベルの件は気になる。フローラは例のラベルを見せながら、どういう事か聞いてみた。
「うん? これはうちのラベルではないね。書体が違うだろ?」
マリーは実際店で使っているラベルを見せてくれたが、確かに書体が違った。そして本物には、ちゃんとピーナッツバターと原材料が書いてある。
これは犯人がペティにクッキーを食べさせる為にラベルを擬装した?
「たぶん、フローラの言う通りだ。こんな書体の違うラベルには心当たりがないね」
これで確定した。パティは自殺じゃない。
「でも、マリー。このクッキーってちょっとピーナッツの匂いもしますよ。誤魔化せますか?」
そこのフィリス。手を動かしているだけかと思ったが、こちらの話も聞いていたらしい。フィリスの手には焼きたてのチョコレートクッキーがあったが、彼女の言う通り。確かにピーナッツの匂いはする。
「そうね……」
フローラもマリーも、焼き上がったばかりのクッキーを試食した。口いっぱいに甘味が広がり、サクサクしているのに、喉越しはクリーミーで優しい。確かにピーナッツの匂いがする。いくらラベルを擬装したからって、パティは食べるか? やはり自殺?
「ま、どっちにしろ私のクッキーを利用した事は変わりないよ。悔しいね。そんなつもりで毎日一生懸命クッキーを焼いてた訳じゃないのに」
マリーは泣きそうだった。震える声を聞きながら、フローラもフィリスも言葉がでない。厨房内は甘い香りで満ちているのに。
「マリー、誰かクッキー買ったか心当たりない?」
フローラはマリーに聞いていた。
「そうね。パティの屋敷の使用人が買ったのは覚えているけど、彼女自身が買った記憶はないね。あと劇団関係者からうちのクッキーが人気でね。女優のケイシー、ブリジッドから大口注文はあったけど……」
マリーにはできる限り思い出してもらったが、このクッキーは想像以上に人気があるらしく、ここ一週間は飛ぶように売れたらしい。一応大口注文は予約制なのでそのリストを見せて貰ったが、店頭販売分は誰が客かはわからないという。
「そっか。でもこの女優のブリジッドは元愛人なんですよ。何か匂いません?」
フィリスが予約リストをめくりながら呟く。
「ブリジッドは自分で買いに来るの?」
今度はフローラが聞いた。
「いや、娘さんって人が注文入れてる。なんか幽霊っぽくて印象が薄い女の子。名前はアリスちゃん」
マリーがこめかみを擦りつつ、教えてくれた。確かにブリジッドには娘がいた。ドラ娘らしく、ろくに仕事もしていないと聞いていたが、これは関係あるか不明だが、一応マリーから予約注文のリストを借りる事にした。
「大丈夫よ、フローラ。神様がいるわ。悪事は必ず明るみに出るから。不倫だってそうよ。このまま愛人達が死に逃げなんてないわ」
マリーから軽くハグもされ、フローラは胸がいっぱいになってきた。パティに死なれた現状も少しは癒されそう。
「ありがとう、マリー。元気でたから。引き続き調査する」
「そうですよ、奥さん! パティを殺した犯人にギャフンと言わせてやりましょう!」
「今時ギャフンなんて言う人いないわ」
「じゃあ、ざまぁって言いましょ!」
フローラとフィリスの掛け合いに、マリーは腹を抱えて笑っていた。狭い厨房でフローラもフィリスもケラケラ笑ってしまう。
現状は何一つ進んでいなかったが、こうして三人で笑っていると、希望が出てきた。必ずパティを殺した犯人を捕まえれやろう、と。
「さあ、フローラはこんな所にいないで、早く調査をしなさい!」
「マリー、ありがとう、もう行くわ」
フィリスはこのまま厨房で働かせる事にした。マリーと一緒にいれば行儀ももっと良くなるだろうし、次行く場所はフローラ一人で行った方が良いだろう。
「あと、フローラ。このレシピブックをあげる」
帰り際、マリーが一冊のノートをくれた。そこのは多種多様の菓子のレシピがあり、フローラが知らないものも多かった。
「マリー、いいの?」
「ええ。容疑者に会う時は、甘いものを与えなさい。胃袋を掴めば大抵なんとかなる」
割れたり、トッピングがずれてしまったクッキーも貰った。これも捜査に利用しろという事か。マリーの気持ちは十分にフローラに伝わってくる。
「ありがとう、マリー。絶対に犯人を捕まえるわ」
フローラは笑顔で次の場所に向かっていた。
「私のクッキーも呪詛菓子とか噂がたって、大口注文が山ほどきてるの! フローラもフィリスもクッキー作るの手伝って!」
予定通り、翌日、シスター・マリーの菓子屋に行ったフローラとフィリス。パティの死因も報道され、さぞマリーの菓子屋も風評被害を受けていると思ったが、逆だった。むしろ注文が殺到していると、フローラもフィリスも菓子作りを手伝うはめになってしまった。
厨房は三人もいると狭いぐらいだ。その上、オーブンも稼働中なので、蒸し風呂状態だ。フローラ達も調理用のコックコートやエプロン、マスクもつけているので、余計に暑いが、クッキーを型抜きしたり、チョコレートをトッピングしたり、焼いたクッキーを袋つめしたり、忙しく動いていた。
フィリスは田舎娘らしく体力があるので、難なく仕事をこなしていたが、フローラは腐っても公爵夫人。愛人調査のために身体は鍛えていたが、重い小麦粉の袋を持った時、さすがにバテてしまい、厨房の隅に座って休憩となった。
「フローラ、大丈夫?」
マリーからコップに入った水を受け取る。単なる水だったが、今はご馳走のように美味しい。フローラは汗で濡れたおでこをタオルで拭いた。
「マリーもよく一人で菓子屋経営できますね」
「まあ、小さな店だからね。私も少し休憩しましょうかね」
マリーも丸椅子を持ってきて、フローラの横に座った。見かけは小さな老婆のマリーだが、十五キロの小麦粉もなんなく持ち上げていた。隣にいるマリーの底知れぬエネルギーに圧倒されそう。目もツヤツヤとし、野生動物のよう。
一瞬、マリーがパティを殺した疑っていたが、その可能性は限りなく低そうだった。こんな生命力のある女は、むしろ死にたがっている人を勇気づけそうだ。もしパティに何か恨みがあっても、殺す手段は取らないだろう。
そうは言ってもラベルの件は気になる。フローラは例のラベルを見せながら、どういう事か聞いてみた。
「うん? これはうちのラベルではないね。書体が違うだろ?」
マリーは実際店で使っているラベルを見せてくれたが、確かに書体が違った。そして本物には、ちゃんとピーナッツバターと原材料が書いてある。
これは犯人がペティにクッキーを食べさせる為にラベルを擬装した?
「たぶん、フローラの言う通りだ。こんな書体の違うラベルには心当たりがないね」
これで確定した。パティは自殺じゃない。
「でも、マリー。このクッキーってちょっとピーナッツの匂いもしますよ。誤魔化せますか?」
そこのフィリス。手を動かしているだけかと思ったが、こちらの話も聞いていたらしい。フィリスの手には焼きたてのチョコレートクッキーがあったが、彼女の言う通り。確かにピーナッツの匂いはする。
「そうね……」
フローラもマリーも、焼き上がったばかりのクッキーを試食した。口いっぱいに甘味が広がり、サクサクしているのに、喉越しはクリーミーで優しい。確かにピーナッツの匂いがする。いくらラベルを擬装したからって、パティは食べるか? やはり自殺?
「ま、どっちにしろ私のクッキーを利用した事は変わりないよ。悔しいね。そんなつもりで毎日一生懸命クッキーを焼いてた訳じゃないのに」
マリーは泣きそうだった。震える声を聞きながら、フローラもフィリスも言葉がでない。厨房内は甘い香りで満ちているのに。
「マリー、誰かクッキー買ったか心当たりない?」
フローラはマリーに聞いていた。
「そうね。パティの屋敷の使用人が買ったのは覚えているけど、彼女自身が買った記憶はないね。あと劇団関係者からうちのクッキーが人気でね。女優のケイシー、ブリジッドから大口注文はあったけど……」
マリーにはできる限り思い出してもらったが、このクッキーは想像以上に人気があるらしく、ここ一週間は飛ぶように売れたらしい。一応大口注文は予約制なのでそのリストを見せて貰ったが、店頭販売分は誰が客かはわからないという。
「そっか。でもこの女優のブリジッドは元愛人なんですよ。何か匂いません?」
フィリスが予約リストをめくりながら呟く。
「ブリジッドは自分で買いに来るの?」
今度はフローラが聞いた。
「いや、娘さんって人が注文入れてる。なんか幽霊っぽくて印象が薄い女の子。名前はアリスちゃん」
マリーがこめかみを擦りつつ、教えてくれた。確かにブリジッドには娘がいた。ドラ娘らしく、ろくに仕事もしていないと聞いていたが、これは関係あるか不明だが、一応マリーから予約注文のリストを借りる事にした。
「大丈夫よ、フローラ。神様がいるわ。悪事は必ず明るみに出るから。不倫だってそうよ。このまま愛人達が死に逃げなんてないわ」
マリーから軽くハグもされ、フローラは胸がいっぱいになってきた。パティに死なれた現状も少しは癒されそう。
「ありがとう、マリー。元気でたから。引き続き調査する」
「そうですよ、奥さん! パティを殺した犯人にギャフンと言わせてやりましょう!」
「今時ギャフンなんて言う人いないわ」
「じゃあ、ざまぁって言いましょ!」
フローラとフィリスの掛け合いに、マリーは腹を抱えて笑っていた。狭い厨房でフローラもフィリスもケラケラ笑ってしまう。
現状は何一つ進んでいなかったが、こうして三人で笑っていると、希望が出てきた。必ずパティを殺した犯人を捕まえれやろう、と。
「さあ、フローラはこんな所にいないで、早く調査をしなさい!」
「マリー、ありがとう、もう行くわ」
フィリスはこのまま厨房で働かせる事にした。マリーと一緒にいれば行儀ももっと良くなるだろうし、次行く場所はフローラ一人で行った方が良いだろう。
「あと、フローラ。このレシピブックをあげる」
帰り際、マリーが一冊のノートをくれた。そこのは多種多様の菓子のレシピがあり、フローラが知らないものも多かった。
「マリー、いいの?」
「ええ。容疑者に会う時は、甘いものを与えなさい。胃袋を掴めば大抵なんとかなる」
割れたり、トッピングがずれてしまったクッキーも貰った。これも捜査に利用しろという事か。マリーの気持ちは十分にフローラに伝わってくる。
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