その声で囁いて

UTAFUJI

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第一章

14話

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「ん……」

 ぼんやりとした意識が少しずつ浮上して、薄く目を開けると見知らぬ部屋が映る。

(……どこだ、ここ)

 まだぼんやりとした頭で昨夜の記憶を辿ろうとする。けれど、霞がかかったように思考が定まらない。まずは体を起こそうと、布団を押しのけるように体を動かす。

「っ……!」

 その瞬間、ぐい、と背後から強く抱き寄せられた。
 背中にぴたりと張り付く体温。柔らかな息が、耳元でゆっくりと吐き出される。

 咄嗟に逃げようとするも、腹部にがっちり回された腕がそれを許さない。
 まるで、絶対に逃がす気がないとでも言うように、腕の力はじわりと強くなる。

(な、何……誰……)

 驚きと戸惑いの中、恐る恐る後ろを振り返る。

 視線の先、間近にあったのはまだ寝こけているイオリの顔だった。
 整った眉に長い睫毛、形のいい唇からは寝息が漏れ、その全てが、やけに近い。
 
 驚きとともに頬に熱が集まる。なんで、こうなったんだっけ、と、まだ上手く回らない頭で記憶を辿る。
 姉と買い物をして、イオリと飯を食って……そのあとは――。

 途端に、脳裏に昨夜の光景が鮮明に蘇った。
 ベッドの上での痴態が一気に再生され、心臓が跳ねる。早くこの場から離れなければという焦りが徐々に込み上げてくる。

(起こさないように、そっと外せば……)

 ゆっくりと腕の檻を解こうと腹部へと己の手を伸ばす。そっと指先を滑り込ませようとするが、その度にイオリの腕がわずかに動いて、さらに密着する。それを何度か繰り返しているうちに、腰のあたりに硬いものがかすかに押し当てられているのに気がついてしまった。

 背中に感じる体温、腰に当たる硬いもの、それに耳元にかかるゆるい呼気が、昨夜の快感をまた呼び覚まし、下腹部に熱が溜まっていくのを感じる。

 そのとき――。

 けたたましいアラーム音が静かな部屋を突き破った。

「……ん、……うるさ……」

 イオリが寝ぼけた声を漏らし、もぞもぞと腕を動かす。イオリはそのまま片手を伸ばし、ベッド脇のスマホを探り当ててアラームを止めた。

 ぴたりと音が途切れた後、彼はようやく瞼を持ち上げる。

「……え?」

 寝ぼけた黒い瞳が、腕の中で動けなくなっている俺と目が合った。数秒の沈黙。目がぱちぱちと瞬かれ、ようやく意識が現実に追いついたらしい。

「え、これ、夢……?」

 寝起きの掠れた声で、そんな呟きが零れる。

 俺は息を呑んだまま、視線を逸らすこともできずに、ただ固まっていた。

「ああ……ほんとに……」

 ぽつりと息が漏れ、イオリは深く、長い息を吐く。そして、ゆっくりと俺を抱き寄せてきた。

「よかった。起きても、ここにいてくれて」

 イオリは小さく安堵の吐息をついたあと、腕の力を抜かずに頸に唇を触れさせる。
 ふっと唇が離れたかと思えば、耳元で低く囁く。

「昨日の夢じゃないんですよね」

 囁きながら、ゆるやかに腰骨のあたりを撫でる指先。下腹部に集まった熱のせいで、そんな些細な刺激でさえ過剰に拾ってしまい、びくりと肩を震わせる。無意識に腰を引こうとするが、腕に抱き寄せられて逃げられない。

「おい、やめろ……朝だぞ」

 小声で抗議するも、今度は首筋に唇を落とされる。肌が薄く吐息がかかるたびに、再び身体が強張る。

 イオリの手が、無意識なのか狙ってなのか、シキの太腿をゆっくりと撫でた。
 指先が肌をなぞるたび、昨夜の余韻が疼くように甦り、体の奥で熱がじわりと広がっていく。

「ぅ、あ……っ」

 なんとも言えない感覚に、思わず身を捩って快感を逃がそうとするも、ピクピクと震えることしかできない。

 太腿をなぞり、イオリの手が緩く勃ち始めているそれに触れる。そのままゆっくりと上下に扱き始められ、それは徐々に硬さを取り戻していく。

「ふっ、ん……」

「気持ちいいですか?」

 耳元で囁かれ、咄嗟に頷いてしまう。イオリは笑いを含ませながらも、指先の動きを止めない。

「昨日より素直ですね」

 囁きながら、擦る動きが次第に少しずつ強くなる。その動きにつられて呼吸が荒くなり、無意識に腰がわずかに揺れた。イキそう、イキたい。そんなことが脳内を埋める。

「……っ……もう……」

 声が途切れ、肩が小さく跳ねる。
 今にも果ててしまいそうで、縋るようにイオリの腕を掴んだ。

「ぁ……も、イっ……」

 甘い空気が、部屋の中をじっとりと満たした瞬間。

 ――ピピピピッ、と無機質な電子音がまた空気を裂いた。

 イオリはぴたりと動きを止め、ベッドサイドに手を伸ばし、スマホを探り当ててアラームを止めた。
 静寂が戻ると同時に、小さく舌打ちがこぼれる。

「……いいところだったのに」

 ほんのり素の不満が滲む声が落とされる。俺は、解放できなかった快感に身を蝕まれながら、どうにか呼吸を整えようとする。けれど、肺はまだ勝手に熱を吐き出してしまう。

 腹に回されてた腕から逃れた俺は、脱力した体で仰向けになり、焦点の合わない目でぼんやりと天井を見ることしかできなかった。

 熱の残る下腹部は中途半端に疼いていて、けれど今さら続きをねだるような真似はできるはずもなかった。

 そんな俺の様子に気づいたのか、イオリは少しの間、無言で見下ろしボソボソと何かを呟いている。ただ肝心の声が聞こえず、何を言ったのか少しだけ、気になり首を傾げてしまう。

「な、なに……?」

 乾いた声で問いかけると、イオリはまさか俺が話しかけるとは思っていなかったのか、驚いたように瞬きをした。
その視線は、俺の顔を、胸元を、腹のあたりまでゆっくりとたどり、再び目を合わせてくる。

 彼はほんの数秒、沈黙の中で息を整えるように視線を伏せ、言葉を探すように沈黙する。

 唇を噛み、何かを堪えるように眉を寄せ、そして……決意したように、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。

「シキ様、その、」

「一回……イっときますか?」

 何を言われたのか、一瞬理解できずに固まる。俺がお願いすれば、この熱を出させてくれるのか、なんて。

 俺は熱に浮かされているのだろう。もしかしたら、まだアルコールが残っているのかもしれない。だから、こいつにイかせてほしいなんて思ってしまうのかも。

 昨日のあれはどう考えても無理矢理な行為で、決してーー

 少しの沈黙のあと、イオリの手がそっと俺の頬に触れた。覗き込むような視線に、心の奥を見透かされそうで、思わず顔を背けてしまう。
 
「……シキ様?」

 不安げに名前を呼ばれて、胸の奥がちくりと痛んだ。
 顔に集まる熱を隠すように、俺は腕で目元を覆う。けれど、身体の中に巣食ったもどかしさは、どうにも誤魔化せなかった。

「俺が、“してほしい”って言ったら」

「……してくれんの?」
 
 ぽつりと、そんな言葉が漏れた。それだけで、イオリの呼吸が一瞬止まったのがわかった。
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