その声で囁いて

UTAFUJI

文字の大きさ
35 / 79
第二章

13話

しおりを挟む
 俺は残っていたお猪口の酒を飲み干した。ほんのり酔いが回ってきて、体の芯がじんわりあたたかくなる。さっき頼んだ三種盛りが運ばれてきたあたりで、俺は同じ日本酒をもう一合、レイは芋焼酎のロックを追加で頼んでいた。

「飲み過ぎんなよ~」

「シキくんこそね!」

 そんな、飲みの席でよくあるやり取りを交わしながら、気づけばテーブルの上はだいぶ片付いていた。皿もグラスも空に近くて、話に夢中だったせいで、時間の流れに気づいてなかった。

「失礼します。ラストオーダーのお時間ですが、何か追加でご注文されますか?」

 店員の声に、俺とレイは同時に顔を上げた。

「あっ、やばっ!めっちゃ長居してたね、俺ら」

「もうこんな時間か。何か頼むか?」

「う~ん、俺はいいかなぁ。強いて言うなら、あったかいお茶ぐらい?」

「じゃあ、あったかいお茶2つと、このバニラアイス下さい」

「かしこまりました!」

 店員が奥へ戻っていくと、俺たちは再び静けさの中に取り残された。

「今日はなんかいつもより楽しかったかも」

 ぽつりと、レイが呟いた。頬はほんのり赤くて、さっきまでの騒ぎっぷりとは打って変わって、やけに静かだ。

「ふ~ん。途中めっちゃ拗ねてたのに?」

「あれは!そもそもシキくんがあんな感じだったからでしょ!?原因は君ですよ!シキくん!」

 勢いよく言い返してきたわりに、レイの声はどこか照れてるみたいで。俺は水をひと口飲んで、わざとらしく肩をすくめる。

「はいはい、俺のせいってことで。じゃあ次は、」

 "次はお寿司だな"なんて言いかけたところで、注文していたバニラアイスとあったかいお茶が運ばれてきた。テーブルの上にそっと置かれた小さな器に、レイの視線が吸い寄せられる。

「何?ほしいの?」

 俺がそう聞くと、レイはちょっとだけ目を丸くしてから、素直に答えた。

「ください!」

 素直すぎて笑いがこみ上げる。俺はわざと少し間を置いて、スプーンを持ったままレイを見る。

「じゃあ、このまま自分で食うか、食べさせてもらうかどっちがいい?」

「えっ……た、食べさせてくれるなら!そっちがいいに決まってますけど!?」

「そっか、じゃあ口、開けろ」

 言われるがまま、レイは恥ずかしそうにゆっくりと口を開けた。俺は小さく笑って、スプーンをそっと差し出す。

「あーん……ほら、うまいか?」

「おいしい!!」

 幸せそうに微笑むレイを見て、俺も自然と口元が緩まる。そのままスプーンを引き戻し、もう一口すくって、自分の口に運んだ。

 冷たい甘さが舌の上で溶けていく。ほんの少しだけ、口の中に残る熱が、余計に甘さを引き立てている気がした。

「たしかに、うまいな」

 レイは湯呑みを両手で包み込みながら、少しだけ目を細めて俺を見ていた。
 その視線に気づきながらも、俺はアイスを食べ進める。

 アイスの最後のひと口を平らげたあと、俺は湯呑みに口をつける。
 そんなタイミングを見計らったように、レイが口を開いた。

「ねぇ、シキくんがもしまだ時間あったらなんだけど」

「ん?」

「駅の向こう側に知り合いがやってるバーがありまして、そこ一緒に行きたいなぁ……なんて、思ったりしてるんですが」

 ちら、と俺の顔色を窺うように目を向けてくる。
 元々、何軒かハシゴするんだろうなとは思ってたし、明日の依織との約束も夜からだ。時間に余裕はある。

「別にいいけど、お前はいいの?終電とか」

「全然大丈夫!タクシーで帰る予定だったし!」

 あっけらかんと、でも嬉しそうに笑うレイを見て、思わず鼻で笑ってしまう。

「なら、行こう」

「やったー!」

 テーブルの上に置かれた伝票を、俺が手に取ろうとした瞬間

「ちょ、待って!それ俺が払うから!」

 レイが慌てて身を乗り出し、俺の手から伝票を引っ掴んだ。

「今日ごはん奢らせて!お願い!払わせて!」

「……は?」

 少し目を細めて、レイの顔を覗き込むと、思ったよりも真剣な表情をしていやがる。

「なんか、さすがに、今日は払わないとお金出さないと、ファンサ的にも、課金したい」

「何言ってんだ、お前」

 なんだそのアイドルみたいな理屈は。

「えっ、だって今日のシキくん、ちょっとやばかったもん。表情も、声も、“あーん”とかも、無理。シラフで食らってたら死んでたね。尊い。好き」

 ぶつぶつ呟きながら、レイは財布を出して伝票を掴んだまま離さない。おまけに頬はほんのり赤いし、たぶん焼酎が効いてきてる。
 これは譲ってもらえないパターンだな。

「そこまで言うなら、ありがたく課金されといてやる」

「ほんと!?やったー!!」

 満面の笑みを浮かべたレイは、意気揚々とレジに向かっていく。まるで戦利品でもゲットしたかのような足取りで伝票を握りしめて行った。

 その後ろ姿を見送りながら、俺は小さくため息をついた。

 暖簾をくぐって外に出て、空を見上げると、雲が低く垂れ込めている。

「うわ、空……めっちゃ怪しい」

 すぐ後ろから出てきたレイが、俺の隣に立って空を見上げた。頬はまだほんのり赤い。目元はとろんとしているくせに、声はやけに明るい。

「雨、降りそうだな」

「ねー。俺、傘持ってきてない」

「俺も。まぁとりあえず向かうか」

「そだねー」

 駅に向かって、並んで歩き出す。夜風が少し強くなっている気がする。道路に足音を重ねながら、ふと、ぽつりと冷たいものが額に落ちた。

 見上げると、さっきまでただ重たかった雲の隙間から、ついに雨粒が落ちてきていた。

「あー、降ってきたな」

「うわ、ちょっと強くなってきてない?普通にやばいやつじゃん……」

 レイが笑いながら言いかけた瞬間、ばらばらと雨脚が強くなる。ぽつぽつが、ばらばらになり、気づけば土砂降り。

 足元にできた水たまりが、街灯の明かりをゆらりと反射していた。
 周囲の音が、雨のせいでかき消されていく。

 レイが頭を押さえながら、何か雨に文句を言っているのを横目に見ながら、俺は足を止めた。

「……こっち」

 そう言って、やつの手首を掴む。レイが「え?」と戸惑う間もなく、俺はそのまま歩き出した。有無を言わせず、濡れた道路を歩きながら引っ張っていく。

「し、シキくん!? どこ行くの!? そっち駅じゃないよ!?」

 雨の音にかき消されるようなレイの声を背中に受けながら、俺は何も答えずに歩き続ける。
 土砂降りの中、踏みしめる足音と、水たまりを蹴る音だけが耳に残る。

 手の中にあるレイの手首には、少しだけ力が入ってた。けど、それでも俺の歩調に合わせてちゃんとついてくる。レイは最初こそ戸惑っていたが、途中からはもう何も言わなかった。
 
 街灯をいくつか越えて、角を曲がる。そして、エントランスの軒下に滑り込むようにして立ち止まった。

 ようやく足を止めた俺に、レイが息を切らして顔を向ける。

「シキくん、ここって……」

 その声に、俺はようやく振り返り額に張り付く髪の毛を手でかき上げた。そして、カバンから鍵を取り出して、エントランスのオートロックを解除する。

「ここ、うち。ほら、入れよ」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

分厚いメガネ令息の非日常

餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」 「シノ様……素敵!」 おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!! その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。 「ジュリーが一番素敵だよ」 「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」 「……うん。ジュリーの方が…素敵」 ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい 「先輩、私もおかしいと思います」 「だよな!」 これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話

眠れない夜を数えて

TK
BL
はみ出し者の高校生、大野暁は、アルバイトに明け暮れる毎日。 ふとしたきっかけで、訳ありな雰囲気のクラスメイト坂下と親しくなり、二人の距離は急速に縮まっていく。 しかし坂下には人に言えずにいる秘密があり、やがて二人の関係は崩れていく。 主人公たちが心の傷や葛藤と向き合い乗り越えていく物語。 シリアスでせつない描写が中心です。

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

処理中です...