その声で囁いて

UTAFUJI

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第二章

21話

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 その指先は、頬から顎をなぞるように動き、俺の顔をまっすぐ正面へ向けさせた。
 答えを急かすように、親指が唇を撫でる。

 俺はただレイを見つめることしかできなかった。さっきから、鼓動がうるさい。
 この状況をなんとかしなければと思うのに、頭の中には『イケメンって下から見てもイケメンなんだな』とか『下まつ毛、長いなぁ』とかどうでもいいことばかりが浮かんでくる。

 黙りこくっている俺を見下ろしながら、レイはいたずらっぽく目を細める。

「無言は肯定だよ。嫌なら殴って」

 軽い冗談めかした一言の後、彼は距離を詰めてきた。

 ちゅっと唇が触れた瞬間、世界の輪郭がふっとぼやける。

「んっ……」

 啄むように柔らかく触れていたはずのキスは、次第に熱を帯びていく。
 下唇を甘く食まれ、吸われ、また唇が重なる。吐息が肌を擦め、そのたびに、俺の中の何かが崩れていく音がした。

 リズムはゆっくりで、呼吸が奪われるような激しいキスでもないのに、肌の奥がじわじわと火照っていく。
 重なっては離れて、また求めるように触れてくる唇に、思考が削られていった。

 小さなリップ音と共に、唇が離れる。その瞬間、静寂が落ちた。互いの呼吸だけが、やけに大きく聞こえる。

 少し間を置いて、レイが俺の目を覗き込んだ。

「ねぇ、シキくんは、俺にこんなことされても……まだ俺のこと好き?」

 目が合う。逃げ場がないほど、真っ直ぐに。

 その瞳を見ているだけで、また唇を奪われそうな錯覚に陥る。近すぎる吐息と火照った肌、触れられていないはずの場所までも、レイの気配が染み込んでいくようだった。

 どうにか誤魔化そうとした。面と向かって好きなんて言えるはずがない、答えをはぐらかして、質問ごとなかったことにしようと、ずるい俺はそんなことを考えた。
 でも、口をついて出たのは、思っていた以上に素直な声だった。

「……うん」

 その瞬間、レイの目がふっと細まる。安堵と嬉しさが入り混じったような笑みを浮かべて、口を開く。

「シキくん」

 名前呼ばれるたびに、胸の奥がくすぐったい。

「もう一回、キスしてもいい?」

 息を飲む暇もなく、再び唇が触れる。
 押し倒されたまま、逃がさないように、唇が深く重ねられる。さっきよりも深く、熱く。

 俺は、そっと目を閉じた。レイのキスを受け入れるように。
 彼の舌は俺の唇を舐め上げたかと思うと、ぬるりと唇の隙間を割って入ってきた。
 熱い先端が歯列をなぞり、俺の舌を捕らえて、絡め取った。

「んっ……」

 くぐもった吐息が、絡まった舌の隙間から零れ落ちる。
 どちらのものかもわからない唾液が混じり合い、ぴちゃ、くちゅ、となんとも言えない水音が鼓膜に響く。

 レイの舌が俺の舌を押しつぶし、吸い上げるたびに頭が痺れ、腰が勝手に跳ねた。

 息の合間に、小さく唇をついばまれて、身体の芯が熱を持つ。鼓動が早いのは、きっとレイにも伝わってる。

「はっ、ぁ……」

 ようやく唇が離れる。糸を引く唾液がプツンと途切れ、重力によって俺の頬を伝う。

「……シキくん」

 レイの声が、熱を孕んだまま落ちてくる。俺はまだ息を乱したまま、ぼんやりと彼を見上げた。

「俺、シキくんのこと、ほんとに大好きだよ」

 掠れた囁きが、しっとりと濡れた唇から零れる。甘いのに、どこか苦しそうに聞こえるのは気のせいじゃない。

 レイはまだ俺の頬に手を添えたまま、少しだけ目を伏せた。睫毛がわずかに震えて、開かれた瞳の奥に揺れる光が、涙みたいに濡れて見える。 

「俺じゃ、ダメ?」

 声はか細く、掠れて、震えていた。それでも、俺の目をまっすぐに見つめて、離さない。
 ずるい。そんな顔されたら、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。

「……レイ」

 名前を呼ぶと、彼は小さく笑った。
 けれど、その笑みはどこか切なげで、唇の端がかすかに歪んでいた。

「今は、俺のこと玲央れおって呼んで。お願い」

 その“お願い”という言葉が、やけに胸に刺さった。
 名前を呼ぶ、それだけのことなのに、重みが違って感じられる。

 少し躊躇してから、ゆっくりと唇を開いた。

玲央れお

 その瞬間、玲央の表情がふっと柔らかくほどけた。目尻がわずかに下がり、その顔に笑みが浮かぶ。

「なぁに?栞季しきくん」

 囁く声は甘く、優しく、どこかくすぐったい。
 玲央の指が髪を撫で、頬をなぞる。その流れのまま、もう一度、そっと唇が触れた。

 静かで、確かな温もりを持つキスだった。けれど、息を交わすうちに、少しずつ温度が上がっていく。

 玲央の舌先がそっと栞季の唇を割り、奥へと滑り込む。 熱を帯びた舌が絡み合い、静かな部屋には唾液の音と溶けるような甘い吐息が響く。

 まるで永遠のように感じられる、その余韻の中で、世界がゆっくりと遠のいていく。
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