その声で囁いて

UTAFUJI

文字の大きさ
50 / 79
第二章

27話

しおりを挟む
 開け放たれた脱衣所には、まだ湿気が漂っていた。

 玲央は躊躇なく服を脱ぎ、洗濯機の上にそれを置いていく。その様子を見て、自分がさっき洗濯機を稼働させていたことを思い出した。

 洗濯物、回すだけ回して干してないなぁ。後でやらなきゃなぁ。
 なんて思いながらぼんやり立ち尽くしていると、浴室から声が飛んできた。

「栞季くーん、はやく~」

 玲央はすでにシャワーを出しているようで、少しだけ開いた扉の隙間からは、湯気が漏れている。

「ちょっと待てって」

 そう返しながら、俺はスウェットの裾をつまんで頭から引き抜いた。脱いだ服を洗濯機の上に軽く放り、ゆっくりと浴室の扉を開けた。

 中はもう、すっかり湯気で満たされていた。

 シャワーの音が響いて、扉を開けた音に玲央が振り返る。濡れた髪が額に張りついて、首筋を伝う水滴が肌を伝っていた。その姿を、思わず目で追ってしまって、視線を逸らした。

「栞季くん、洗ってあげるから!こっち来な~」

 玲央は楽しげに笑って、シャワーのノズルを少しこちらに向ける。

「それぐらい自分でできる」

 俺が眉をひそめながら中に踏み入ると彼はわざとらしく肩をすくめてみせる。

「いいじゃ~ん!せっかく一緒に入ってんだから、ね?」

 ぐいっと手を伸ばして、俺の手首を掴んで引き寄せてくる。肌がぶつかって、濡れた肌の温もりがやけに熱く感じる。

 玲央は俺を浴槽の縁へと誘導し、軽く肩を押して腰を下ろさせた。冷たいタイルの感触に一瞬だけ背筋がぞわっとする。

「じゃ、いくよ~!お湯かけるね~」

 玲央が俺の頭に優しくお湯をかけてくれると、自然と目を閉じるしかなくなった。あたたかいお湯が髪を伝って首筋へ流れ落ち、体の緊張がふわりとほどけていった。

 お湯が止まったかと思うと、玲央の指先が髪に触れる。泡立てたシャンプーが、俺の髪の根元をくるくると撫でるように揉み込まれていく。

「かゆいところはありますか~?」

「……ない」

「はーい、わかりました~」

 玲央はくすくす笑いながら、指の腹を使って丁寧にマッサージするように洗ってくれる。頭皮を優しく押すたびに、気持ちよさと恥ずかしさが混ざり合って、どこか落ち着かない。

「栞季くんの髪、さらさら~ケアとかちゃんとしてるの?」

「特別なことはしてないつもり」

「えー、嘘だー」

 軽口を叩きながらも、シャンプーが終わったのか、玲央の指が頭からそっと離れていった。

「流すから目閉じててねー」

 彼の手が再び髪へ伸び、泡を落とすようにやさしく流してくれる。お湯が顔にかからないように、彼の手のひらが俺の額に当たる。なんとなく、その体温を頼って目を開ける気にはなれなかった。

 泡を流し終わったのか、玲央は軽く俺の肩を叩く。

「はーい、よくできました。次は背中!!」

「さすがにそれは自分でできる……」

 即座にそう返すと、玲央はわざとらしく口を尖らせた。

「え~、ケチ~」

「お前も髪洗えよ」

 俺が濡れた前髪を指でかき上げながらそう言うと、玲央は一拍置いて、ふっと笑う。

「はいはい、わかりました~」

 そう言いながら、彼は頭を軽く濡らし始める。髪がしっとりと額に貼りついて、彼の表情が少し大人びて見える。

 俺はそっと視線をそらして、自分の身体を洗い始めた。肩から腕、胸元、腹……さっきまで彼の手が触れていた場所を通るたび、妙に意識してしまう。

 カラン、とシャンプーボトルの音がして、ふと顔を上げると、玲央が泡立てた手で髪をくしゃくしゃにしていた。

「なに見てんの~?」

 泡だらけの頭で、玲央が顔をこっちに向ける。

「別に。間抜けな顔してんなって思っただけ」

「ひどっ」

 玲央は笑いながら泡を飛ばしてきた。お湯に混じったシャンプーが、肩にぴとりと当たる。

「……あとで仕返しな」

 そう告げて、俺はシャワーを手に取り、無言で玲央に湯をかけ返した。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

分厚いメガネ令息の非日常

餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」 「シノ様……素敵!」 おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!! その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。 「ジュリーが一番素敵だよ」 「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」 「……うん。ジュリーの方が…素敵」 ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい 「先輩、私もおかしいと思います」 「だよな!」 これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話

眠れない夜を数えて

TK
BL
はみ出し者の高校生、大野暁は、アルバイトに明け暮れる毎日。 ふとしたきっかけで、訳ありな雰囲気のクラスメイト坂下と親しくなり、二人の距離は急速に縮まっていく。 しかし坂下には人に言えずにいる秘密があり、やがて二人の関係は崩れていく。 主人公たちが心の傷や葛藤と向き合い乗り越えていく物語。 シリアスでせつない描写が中心です。

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

処理中です...