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第三章
25話
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依織は、床の間に近い方の座椅子をそっと引き、こちらを見上げてきた。
「こっち、どうぞ」
「あ、あぁ……」
ぎこちない返事をしつつも腰を下ろすと、依織はその向かいに静かに腰を下ろした。テーブルの上には、二枚の紙が置かれていた。一枚は本日のコースの説明、もう一枚は飲み物の一覧が丁寧に筆文字で記されている。
依織はそのうちの一枚を手に取り、軽く目を通すと、ふと顔を上げた。
「シキ様、日本酒とかお好きですか?」
「まあ……嫌いじゃないけど」
「それなら!一緒に日本酒どうですか?」
依織は軽く笑みを浮かべながら飲み物が書いてある紙を指で示しつつ、どこか楽しそうに言葉を続けた。
「ここに書いてあるもの以外にも、たとえば“すっきりしたのがいい”とか“甘めが好き”とか、好みを伝えればおすすめを出してくれるので……」
そう言いながら、ちら、と俺の顔を覗き込むように見てくる。
「もちろん、無理には勧めませんけど……せっかくですし、よかったら一緒にどうかなって」
期待を込めた視線が、まっすぐ俺を射抜く。
「ダメ……ですか?」
眉尻を下げて、ぽつりと落とされたそのひと言に、口の端まで出かけた「いいよ」の声が引っ込む。代わりに、少しだけ視線をそらしながら、小さく呟いた。
「……お前が飲むなら、飲む」
俺の言葉を聞いた瞬間、依織の目がふわりと緩む。安堵と嬉しさが入り混じったような微笑みだった。
「じゃあ、俺がこの前飲んで美味しかったやつ、頼みますね!たぶん、もうそろそろ──」
「失礼いたします」
絶妙なタイミングで、襖が静かに開かれる。和服姿の女将さんは、二人の前に小さなお盆を置き、その上に乗せられたあたたかいおしぼりを、丁寧な所作で一人ずつ手渡してくれる。
「お熱いのでお気をつけください」
「ありがとうございます」
ほのかに柚子の香りが立ちのぼる蒸しタオルを手に取ると、指先までじんわりと温もりが染み込んでくるようだった。
「それでは、お飲みものをお伺いいたしましょうか?」
女将さんの言葉に、依織が手元の献立から視線を外し、ふっと微笑む。
「すみません、前回来た時に“ゆきの美人”って日本酒をいただいたんですけど、まだありますか?」
その名を聞いた瞬間、女将さんの表情がわずかに驚きに揺れた。
「……“ゆきの美人”、でございますか?」
依織が「はい」と返事をすると、女将さんはすぐに頬を緩め、嬉しそうに頷いた。
「はい、ございますよ。お気に召していただいたんですね。“ゆきの美人”は、うちの大将の一番のお気に入りでして……きっと喜びます。“ゆきの美人”ですと、冷酒がオススメですが、いかがいたしましょう?」
「それじゃあ、冷酒でお願いします」
柔らかな物腰でそう応えた女将さんが、控えめに一礼し、注文を確かめてくれる。
「かしこまりました。では、“ゆきの美人”の冷酒を2合でよろしいですか?」
依織がちらとこちらを見やり、「お願いします」と穏やかに返す。それを受けて、女将さんはまた静かに襖を閉めて出て行った。
襖が閉まると、静寂が一瞬だけ部屋を包んだ。ふと視線を向けると、依織がわずかに緩んだ笑みを浮かべたまま、こちらを見ている。
「なに?」
「いえ、なんでもないです。天ぷら楽しみですね。お口に合えばいいんですけど」
言葉と一緒に浮かべられた笑みに、なんとなく胸の奥がくすぐったくなる。そのまま視線を逸らしかけたところで、依織が少し首を傾けて、柔らかな声音で囁くように言った。
「シキ様に喜んでもらえるといいな」
「こっち、どうぞ」
「あ、あぁ……」
ぎこちない返事をしつつも腰を下ろすと、依織はその向かいに静かに腰を下ろした。テーブルの上には、二枚の紙が置かれていた。一枚は本日のコースの説明、もう一枚は飲み物の一覧が丁寧に筆文字で記されている。
依織はそのうちの一枚を手に取り、軽く目を通すと、ふと顔を上げた。
「シキ様、日本酒とかお好きですか?」
「まあ……嫌いじゃないけど」
「それなら!一緒に日本酒どうですか?」
依織は軽く笑みを浮かべながら飲み物が書いてある紙を指で示しつつ、どこか楽しそうに言葉を続けた。
「ここに書いてあるもの以外にも、たとえば“すっきりしたのがいい”とか“甘めが好き”とか、好みを伝えればおすすめを出してくれるので……」
そう言いながら、ちら、と俺の顔を覗き込むように見てくる。
「もちろん、無理には勧めませんけど……せっかくですし、よかったら一緒にどうかなって」
期待を込めた視線が、まっすぐ俺を射抜く。
「ダメ……ですか?」
眉尻を下げて、ぽつりと落とされたそのひと言に、口の端まで出かけた「いいよ」の声が引っ込む。代わりに、少しだけ視線をそらしながら、小さく呟いた。
「……お前が飲むなら、飲む」
俺の言葉を聞いた瞬間、依織の目がふわりと緩む。安堵と嬉しさが入り混じったような微笑みだった。
「じゃあ、俺がこの前飲んで美味しかったやつ、頼みますね!たぶん、もうそろそろ──」
「失礼いたします」
絶妙なタイミングで、襖が静かに開かれる。和服姿の女将さんは、二人の前に小さなお盆を置き、その上に乗せられたあたたかいおしぼりを、丁寧な所作で一人ずつ手渡してくれる。
「お熱いのでお気をつけください」
「ありがとうございます」
ほのかに柚子の香りが立ちのぼる蒸しタオルを手に取ると、指先までじんわりと温もりが染み込んでくるようだった。
「それでは、お飲みものをお伺いいたしましょうか?」
女将さんの言葉に、依織が手元の献立から視線を外し、ふっと微笑む。
「すみません、前回来た時に“ゆきの美人”って日本酒をいただいたんですけど、まだありますか?」
その名を聞いた瞬間、女将さんの表情がわずかに驚きに揺れた。
「……“ゆきの美人”、でございますか?」
依織が「はい」と返事をすると、女将さんはすぐに頬を緩め、嬉しそうに頷いた。
「はい、ございますよ。お気に召していただいたんですね。“ゆきの美人”は、うちの大将の一番のお気に入りでして……きっと喜びます。“ゆきの美人”ですと、冷酒がオススメですが、いかがいたしましょう?」
「それじゃあ、冷酒でお願いします」
柔らかな物腰でそう応えた女将さんが、控えめに一礼し、注文を確かめてくれる。
「かしこまりました。では、“ゆきの美人”の冷酒を2合でよろしいですか?」
依織がちらとこちらを見やり、「お願いします」と穏やかに返す。それを受けて、女将さんはまた静かに襖を閉めて出て行った。
襖が閉まると、静寂が一瞬だけ部屋を包んだ。ふと視線を向けると、依織がわずかに緩んだ笑みを浮かべたまま、こちらを見ている。
「なに?」
「いえ、なんでもないです。天ぷら楽しみですね。お口に合えばいいんですけど」
言葉と一緒に浮かべられた笑みに、なんとなく胸の奥がくすぐったくなる。そのまま視線を逸らしかけたところで、依織が少し首を傾けて、柔らかな声音で囁くように言った。
「シキ様に喜んでもらえるといいな」
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