93℃の執着

UTAFUJI

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第三章

33話

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「じゃ、じゃあ!どこ行きますか!」

 いつの間にか、握り返されていた手に力が込められる。純粋にまっすぐ向けられた視線がくすぐったい。

「どこでも行きますよ!行けます!」

「落ち着けよ……」

 思わず小さく笑うと、依織は「あ、すみません」と手を離して照れくさそうに肩をすくめる。

「嬉しくて、つい」

「犬かよ」

「否定はしません」

 にこ、と屈託なく笑われて、思わず頬が緩む。本当に犬みたいなやつだな。犬耳と尻尾が見えそうだ。

「なぁ……お前、まだ飲めるのか?」

「はい!飲めます!」

「ん、わかった……」

 ポケットからスマホを取り出し、近くの店を検索しようと親指を動かす。地図アプリを開いたところで、ひょい、と依織がスマホを覗き込んできた。

「どっか探します?」

 俺の横に移動してきた依織の声が、さっきより近い位置で聞こえて驚いた。
 画面を覗き込む横顔が、ほんの数センチの距離にある。キスした時は、あんなに赤くなってたくせに、こういう距離感は大丈夫なのか。変なやつ。

「うん。近くになんかないかなって」

「今、ここらへんなんですけど……こっちに移動したら飲めるとこ結構ありますよ」

 画面に指を滑らせながら、依織は淡々と説明してくる。曰く、駅の向こう側は飲み屋街になっているらしく、居酒屋以外にもバーや夜の店がたくさんあるのだそう。

「あ、ここって……」

「知ってる店か?」

 画面には、あるバーが表示されていた。情報は少ないものの口コミを見ている限り最近そこに移転してきたようだ。

「あー……知り合いがよく行ってるところだなぁって思っただけで……」

 そう言いながら、依織はほんの一瞬だけ視線を泳がせる。

「お前も行ったことあるのか?ここにする?」

「え!いや、違うところにしましょう!」

「なんで」

 何か動揺しているようにも見える依織の反応に、眉をひそめ問い返す。すると、依織は一瞬言葉に詰まりつつも、口を開いた。

「い、いや……その人、今日もそこにいるかもしれなくて……会っちゃうかもって、思っちゃって」

「ふーん?俺は気にしないけど、なんかダメな理由でもあるのか?」

「そいつ、知り合いっていうか……まぁ、友達なんですけど」

「うん」

 相槌を打ちながら、俺は自分のスマホの画面を見下ろす。店の雰囲気は良さそうだ。ウイスキーの瓶が並ぶ棚の写真。個人店らしく、マスターと常連らしき客が笑っている様子も載っている。
 まじまじとお店の写真を見ていると横から妙に真剣な視線を感じた。依織は俺の手元のスマホを覗き込みながら、どこか落ち着かない顔をしている。

「……友達なんですけど」

 言い淀む声。まさか、俺といる時に友達と会いたくないとかいうつもりじゃないだろうな。

「何が問題なんだよ」
 
「う~ん……そいつ、パーソナルスペースって言葉を知らないのか?ってぐらい人との距離感近くて、コミュ力も高いし、ボディタッチも激しいし」

 困ったように笑うその顔は、愚痴をこぼしているだけにも見える。

「そのせいで、女性関係で揉めることも多くて、俺も何度巻きこまれたことか……」

「俺、男だし大丈ー」

「黒髪美人です」

 ぴしゃり、と被せられた。言葉が途中で止まる。

「あいつの好みのタイプは、黒髪の、美人です」
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