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しおりを挟む翌日には修史の熱は下がり、週明けからは普通に登校できるようになった。
その翌週あたりから、校内で本格的に風邪が流行りだした。数学教師が発熱で急に休んだり、弓道部の部長が風邪で2日ほど休んでいるというような話がちらほら聞こえてくる。
「…なんで、おまえが発症してないのに、おまえの濃厚接触者が揃って熱出してるわけ?」
学校帰りに修史が聞くと、隣を歩く桂はクスクスと笑った。桂自身は、先週以降も、いたって元気である。
「…さあ?」
はぐらかす桂に、修史はため息をついた。
桂を介してあの人たちに自分の風邪がうつったかもしれないと思うと、何となく複雑だ。どんな状況で感染したかも凡そ想像がつくだけに、落ち着かない気がしたが、とりあえず、それは考えても仕方のないことだ。
自分は完治したのだから、良しとしよう。そう結論づけて、気まぐれな幼なじみの後を追いかける。
…またいずれ、あの夢に悩まされることはあるだろうが。
心配しなくても、夢なら覚める。どんなに大きく膨らんでも、熱が下がれば、ただ消えていくだけだ。
あれは、現実じゃない。…ただの夢に、過ぎないのだから。
「そんなことよりさ、看病のお礼、いつしてくれるわけ? …治ったらたぶん修史が何か奢ってくれるよって、麻里ちゃんに言われてたんだよね」
桂は楽しげに、そんなことを言う。修史は目を細めた。射し込んでくる冬の晴れ間が、ただ眩しかった。
目映い光はさらりと、手の指をすり抜けていく。
捕まえることができない。捕まえてはいけない。囚われてはいけない。それでも、ふと手を伸ばしたくなる。
…これはまだ、あの重苦しい夢の続きなのかもしれない。
「何を奢れって…?」
一応聞いてみると、桂はニコッと笑った。
「食べ物じゃなくてもいい?」
間近に見上げられ、うっかり頷いてしまいそうになりながら、念のため用心して「物による」と答える。桂は肩をすくめた。
「…やっぱりさ、こたつは必要だと思うんだよね」
「こたつ…?」
…それはさすがに、お礼に奢るとかいうものの範疇を越えているだろうと思う。しかもおそらく、桂の部屋に置くこたつを買えと言われてる訳じゃなく、修史の部屋に、桂がぬくぬくと過ごすためにこたつを置けと言うのだ。
「…自分の部屋に置けよ」
「ほら、俺んとこ、お掃除ロボットがいるじゃん」
「いや、それ別に問題ないと思う」
「絶対温かいよ。勉強もはかどると思うな」
そうプレゼンされ、一応、こたつが部屋に来た場合の予測をいくつか立ててみるが、特に勉強がはかどりそうな映像は思い浮かばない。
こたつは却下だ。桂がこたつで寝ているか、みかんを食べているか、漫画か何かを読んでいるところしか想像がつかない。
しかも、「ゴミ箱とって」だの「喉ご渇いた」だの言われて、修史が動き回るオプションまでついてくる予感がする。さらには、つられて自分までこたつで眠ってしまい、結局自分だけ風邪をひく…、というありがちな展開も容易に予測できる。
「第二希望は?」
修史がそう聞くと、桂は不満そうに唇を尖らせながら、じゃあ肉まんでいい、と言ってニコッと笑った。
たぶん、最初からこちらが本音だったんだろうと長年の付き合いでわかる。だがこの寒い日に、ほかほかした肉まんを食べるのは悪くない提案だと思った。
家の近くのコンビニに寄って、肉まんを買い込んで家に帰った。買うときに、麻里ちゃんのもね、とちゃんと気付くあたりは、さすが桂だと思う。
二人だけ肉まんを食べているところを麻里に見つかったら、確実にずるいずるいと言われ、買いに走らされる羽目になるだろう。最初から、麻里の分も用意しておく。幼い頃からそんな風に、ずっと過ごしてきた。
こたつは、ない方がいい。幸せそうに肉まんを受け取った桂の横顔を見ながら、修史はそう思う。
…温かすぎて、たぶん動けなくなる。離れたくなくなる。
自分たちの冬には、手のひらに乗せておける、このくらいの小さな温もりで、きっと十分なのだ。
END
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