classmate

萩香

文字の大きさ
1 / 2

classmate

しおりを挟む

「小暮くん、なに考えてるの?」

 試験明けの7月中旬。間もなく夏休みに入り、周りの空気も何となく浮わついて感じる、そんな時期。

 ファーストフード店のテーブルで頬杖をついていた祐介は、我に返って視線を上げた。
 目の前には、亜弥の苦笑顔がある。

「あ、ゴメン」

 素直に詫びた。久しぶりに亜弥と会っているのに、自分がぼうっと他のことを考えていたことに気づいたからだ。

 祐介は冷めたポテトをつついた。

「試験が終わったばかりで疲れてるのかなと思ったけど、そういう顔じゃないね」

 そう言って亜弥は笑う。清水亜弥は、祐介の通う私立清鳳学園の隣の女子校、香泉女子の生徒である。祐介は、5月から亜弥と付き合うようになっていた。

 清鳳は男子校である。同じ最寄り駅を使う香泉女子とは生徒会や部活動での交流もあり、両校の生徒にはカップルも多い。

 亜弥の女子らしい穏やかな雰囲気と、さらさらした髪が気に入っていた。
 何となく声をかけたのは祐介の方だ。あれは清鳳に入学して、少し経った頃。

 その日、電車の中で、立ったまま何かの文庫本を読んでいる亜弥が目についた。香泉の制服だった。
 文庫本には紺色の布カバーがかけられていて、電車から降りるとき、彼女は読みかけのページにそっと革紐のしおりを挟んだ。電車の喧騒の中で、その空間がやけに静かだった。

 赤毛のアンだな、と彼女が読んでいる本を勝手に想像した。同世代の女子の読みそうな本などよくわからないが、きっとそんなところだろう。

 電車から降りたところで、思わず声をかけた。まだ4月だった。一緒にいたクラスメイトには、オマエ手が早い、と散々からかわれた。

 ちなみに後日、実際にそのとき何を読んでいたのか亜弥に聞いてみたら、「壬生義士伝」と答えられた。いま読みかけているのは青春スポーツものの4巻目だという。祐介が一目惚れした乙女は、案外、乙女チックな本を好まないらしかった。
 
「それで、何考えてたの?」

 亜弥に聞かれ、祐介は目を瞬かせる。考えていた? 何を?

 目の前にいる彼女の話もろくに聞かずに、ぼんやりと自分が何を考えていたかに気づいて、祐介はギョッとする。

 自分の手に残る、他人の手首の感触がよみがえる。間近で見た瞳と、息づかい。誘うように微笑む唇。…夏服のシャツの襟元。

「ゴメン、何かオレ、やっぱ疲れてるのかも」

 …あれは先月の出来事だ。もう1か月近く経つ。どうして、また思い出してしまったんだろう。

 山崎桂。クラスメイトの一人。

 放課後の教室で、誘われるままふらふらと桂の手を掴んで、机の上に引き倒していた。その直後に教室に人が来たせいで結局何事もなかったのだが、あの場に誰も来なかったら、確実にどうにかなっていたと思う。

 桂は、その際立った容姿のせいで、クラスの中でも目立つ存在だ。クラスで…というより、学園の中で桂のことを知らない人はいないのかもしれない。

 その姿と、頭の良さと。…見ているとゾクゾクするような、あの雰囲気。

 あの時のことは桂と自分の中ではなかったことになっていて、今は普通にクラスメイトをやっているつもりだ。
 綺麗な奴だとは思うけど、桂に恋愛感情を持っているわけじゃない。理屈じゃないのだ。ふわっと誘われるように、どうしてもその仕草に目が行ってしまう。

 男子校だから、という問題でもない気がする。例えば清鳳が共学で、そこに山崎桂がいたとしても、自分は桂のことを目で追ってしまうかもしれない。

「今日は帰ろっか」

 亜弥が言った。必要以上にねちねちと追及してこない。そんなところも気に入っていた。察しが良く、必要なときに、必要な言葉をかけてくれる。大事だし、大事にしなければと思っている。

 ファーストフード店を出て、しばらく他愛もないことを話しながら並んで歩いていると、駅の方を見やった亜弥が、あ、と呟いた。

「山崎桂くん」

「はい?」

 タイムリーに出てきたその名前にギョッとしながら視線を巡らせると、確かに駅の改札を桂が入っていくところだった。一緒に誰かいたが、たぶん1Aの坂井修史だろう。桂とは同じ中学で、家が近いと聞いている。

 この距離で、他校の女子から個人名を特定されている。学園内どころの有名人じゃない。確かに日頃、桂目当てで清鳳の校門付近をうろつく女子は多いのだ。
 当の桂は、それをさらりと会釈で交わしたり、適当に話に付き合ったり、悪い印象を残すことなく、慣れたようすで受け流していく。

「彼、本当に人気あるんだよね、うちの学校で。小暮くん、同じクラスでしょう。普段、どんな感じ?」

「あー。よくわかんない。…でも女子が思うほど、キラキラの王子様でも…お利口さんの良い子ちゃんでもない…かな」

 山崎桂には、いろんな噂がある。その中には事実も、そうでないものもあるだろう。…学園の外には決して漏れない、様々な際どい噂。

「ふうん?」

「…遠くから、キャアキャア見てるのがいいのかもなぁ」

 ごく普通の女子たちに、捕まえられるような相手じゃない。それだけは確かだと思った。女の子に冷たくすることはないけれど、騒がれて喜んでいるわけでもない。桂は本当の姿や本音を、たぶんすごく奥深くに隠している。

 祐介が知っている桂も、きっと実際の桂ではない。…もっと、もっと奥だ。絡め取られるような色気の、もっと向こう。

 誰もたどり着けない場所に、本当の桂がいる。

 …山崎はやめとけよ、小暮。

 例の教室での一件の翌日、同じクラスの瀧川将人に言われた言葉だ。それで、あの日教室に来たのが瀧川だったのだとわかった。

 あの場面を見られたことは死ぬほど気まずかったが、そんな忠告を寄越してくるくらいには、瀧川自身も山崎桂の危うさに気づいているのだろう。

 やめておくも何も、祐介としては、桂に手を出すつもりは全くないのだ。それなのにふらふらとあの空気に酔ってしまう。これまで、そんな風に何人の人間が堕ちていったのか、知らない方が身のためだという気がした。

 あの体の奥底に何があるのか。いつか、それを知れるのか。ふと見せる、寂しいような切ないような表情は、何のためなのか。

 いつでも微笑んでいるようなあの唇は、どうしたら本当に笑うのか。

 どうしても、そんなことを考えてしまう。

 祐介と亜弥は、駅の改札を通り、ホームへと向かった。反対側のホームに、何か話しながら次の電車を待つ、桂たちの姿が見える。

「…あんな風に笑うんだ」

 普段立ち止まる場所より少し手前で足をとめた亜弥が、驚いたようにそう呟いた。視線を向けると、確かに桂が笑っている。

 他人に見せるための笑顔じゃない。屈託のない、少し幼いような笑顔。

 時々桂は、あんな風に笑う。見とれるほど綺麗なのは相変わらずだが、あの日教室で感じたような危うさは、今の桂からは感じられない。

 別人のように、空気の色が変わる瞬間がある。それはもしかしたら、素顔の山崎桂に近いのかもしれない、と思う。

 ふと、視線を感じたのか、桂の隣にいる坂井修史がこちらに目を向けた。お互い、名前とクラスを知っている程度の知り合いだ。直接話したことはない。
 軽く会釈をされる。隣の桂もそれに気づいたようで、こちらを見て、にこ、と笑った。

 いつもの桂だ。クラスメイトとして、そこには何の違和感もない。
 桂にとっては、あれはきっと何でもないことなのだ。簡単になかったことにできるような、他愛もないアクシデント。

「山崎くんがクラスにいたら、私も好きになってたなぁ」

 ここからでもわかる鮮やかな笑顔に引き込まれたように、亜弥がそんなことを言う。それを聞いても、祐介は不思議と嫉妬を覚えない。そりゃそうだろうなと思うだけだ。
 きっと誰だって、目を奪われる。あるいは、心を。

「…なら、山崎より先に亜弥に声かけといて良かった」

 亜弥が桂に恋する前に。自分が、桂に堕ちる前に。

「何それ。山崎くんは、私なんかに声かけないでしょう」

「そんなの、わかんないだろ」

「えー、わかるよ。…さっきの顔、見なかったの?」

「え?」

 亜弥に訊かれ、祐介は首を傾げた。
 さっきの、笑った顔なら見た。安心したように、ふわっと微笑んだ。…だから、何だというのだろう。

「わからないならいいよ」

 亜弥は苦笑した。行こ、と背を押される。それに頷いて歩き出しながら、もう桂のことをあれこれ考えるのはやめておこう、と祐介は思った。

 …自分には、どうせ届かない。いくら気にしても、桂が心の内を見せてくれるわけじゃない。桂が必要としているものを、与えてやれるわけじゃない。

 いつの間にか、蝉がうるさいくらいに鳴いている。それをかき消すように、ホームに電車が滑り込んでくる。

 高校最初の夏が、始まろうとしていた。



  END


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

幼馴染み

BL
高校生の真琴は、隣に住む幼馴染の龍之介が好き。かっこよくて品行方正な人気者の龍之介が、かわいいと噂の井野さんから告白されたと聞いて……。 高校生同士の瑞々しくて甘酸っぱい恋模様。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...