底辺乗り物オタクの私―推しの推し活が、溺愛すぎる

亜 れみた

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第14話:逆走する境界線、揺れる肩の温もり

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 「どこに泊まろうか?」  深夜のコンビニ駐車場、秘密基地と化した車内で放たれたその問いに、私の心臓は一度だけ大きく跳ねた。予想はついていた。覚悟もしていた。けれど、彼の口から明確に「宿泊」という単語が出た瞬間、今回の新潟行きが単なる撮影遠征ではなく、人生で最も特別な「一夜」を伴う旅であることが確定したのだ。  

 私は、自分の中にある「ストイックな鉄の理論」を壮大にぶつけてみた。 「・・・いつもは新潟駅付近、発着する電車が見えるホテルを選びます。でも、それだとホテルの窓からずっと外を眺めて、部屋から一歩も出なくなっちゃうんです。撮影がおろそかになるから、あえて窓から何も見えないホテルに泊まることもあるんですよ」  私のあまりに偏った宿泊論に、壮大は声を上げて笑った。

 「ははっ! 民鉄さんの考え方、本当にストイックだね。姿勢が男前すぎます。流石です」

  感心したように頷く彼に、私は少しだけ誇らしい気持ちになった。けれど、次に彼が口にした提案は、私のすべての思考回路をショートさせるものだった。 「でさ、民亜。鈍行で東京から新潟に行って、着いてすぐフルパワーで鉄活できるようにさ・・・新宿か赤羽あたりで前泊しようよ。その方が楽だろ?」 (・・・はっ!?)

  都内で、前泊。  それはつまり、新潟に行く「前」から、彼と同じ場所で夜を過ごすということだ。  流石に息が止まった。都内のホテルで二人、これから始まる旅の前夜祭なんて、私のキャパシティをとうに超えている。 「いや、それは・・・流石に・・・無理です」 「えー、嫌? 俺、寝坊していいの? 一番列車に遅れちゃうかもしれないよ?」  壮大は少し意地悪な顔をして、おかしな脅しをかけてくる。 

 けれど、私は必死に理性を保って首を横に振った。ここで甘えてしまったら、私はもう「民鉄」として、カメラマンとして彼に向き合えなくなる。ファンとしての節度を、自分から手放すわけにはいかなかった。  

結局、都内前泊は断った。壮大は少しだけ残念そうに「そっか・・・ま、今回はそうしようか」と引き下がってくれたけれど、その表情にはどこか、私の頑ななまでの「一線」を面白がっているような、それでいて尊重してくれているような優しさが滲んでいた。 
 そして今、私はあの夜の自分に「正解だったよ」と言ってあげたい気分でいる。  壮大は、寝坊しなかった。    
 それどころか、約束通りの時間にホームに現れ、今は私の右肩を枕にして、気持ちよさそうに深い眠りに落ちている。 

 平日の始発、高崎線。  世間がこれから都心へと向かう凄まじい通勤ラッシュの波に飲み込まれていく中、私たちはその流れを逆走する形で北へと向かっていた。 

 下りの一番列車。車内は驚くほど空いていて、椅子取りゲームをする必要さえない。 
 ゴトゴト、という一定の振動。  E233系のロングシートが刻む、どこか規則的で安心するリズム。
  帽子を深く深く被り、マスクとメガネで顔を隠した隣の男が、あの伝説のロックバンド『1825(いはにご)』のボーカル・壮大だとは、周囲のまばらな乗客の誰も気づいていない。 (・・・こんな幸せ、本当にあっていいの?)  推しと並んで座り、車窓を流れる景色について熱く語り合う・・・そんな「鉄トーク」を期待していた自分もいたけれど、今のこの沈黙は、それ以上に贅沢だった。  私の肩に佇む、壮大の頭の重み。  

私のブラウス越しに、彼の規則的な寝息が、まるで鼓動のように直接肌に伝わってくる。  数万人の歓声を浴び、熱狂の渦の中心にいるはずの彼が、今、この名もなきローカルな空間で、無防備な赤子のように私に身を委ねている。その事実が、私の内側にある「ファン」としての境界線を、音を立てて融かしていく。

 空を飛び回り、分刻みのスケジュールで生きる彼にとって、この「誰にも気づかれない、逆走する各駅停車」は、外界から隔絶された唯一の安息のシェルターなのだろう。

 壮大さんは、時折ふと目を覚ましては、「……今どこ?」「あ、空が明るくなってきたね」と、夢の続きを語るように掠れた声で呟く。そのたびに、彼の唇が私の肩に触れるか触れないかの距離で動き、その吐息が衣類を透かして熱を持って広がる。

  寝て、起きて、少しだけ甘えるように呟いて、また眠る。 
 旅路における最高に贅沢な過ごし方を、彼は私の肩を「連結器」にして享受していた。

 けれど、幸福な時間は、どんな鈍行列車であっても終着へと近づいていく。  列車のブレーキが鋭く鳴り、乾いたアナウンスが高崎駅への到着を告げた。 「壮大さん、着きましたよ。起きてください」  小声で呼びかけても、彼は「んん……」と唸って私の肩に深く顔を埋める。  帽子とマスクの隙間から覗く彼のうなじが、朝の光を浴びて白く光った。その無防備な姿に、私は胸の奥をぎゅっと掴まれたような感覚に陥る。

 私は意を決して、彼の右手を掴んだ。  今まで、壮大さんが私の手を引くことはあっても、私から彼の手を引くなんてことは一度もなかった。  温かくて、けれどギターの弦で少し硬くなった、音楽家の指先。その指の節ひとつひとつの感触が、掌を通じて私の脳に直接書き込まれていく。 「ほら、行きますよ。駅そば、食べる時間がなくなっちゃいます!」

 ぐい、と力を込めて引っ張ると、壮大さんは驚いたように目を見開き、それからふにゃりと、朝露に溶けるような甘い笑顔を見せた。 「……わかったよ、民鉄プロデューサー。俺、もう完全に君の『連結対象』だな」

 絡められた指先に、彼からも微かに力がこもる。  自分で自分がしたことに、心臓が爆発しそうになるけれど、もうブレーキは効かない。  高崎駅のホームに降り立った瞬間、冷たく澄んだ空気が私たちの頬を打つ。  立ち込める駅そばの出汁の香りが、私たちの新しい朝を祝福するように、透明な空気の中に漂っていた。

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