底辺乗り物オタクの私、推しに見つかりました―推しの推し活が、溺愛すぎる

亜 れみた

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ファインダー越しの特別席、ライブカメラマンの誕生

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「ええええええん! 推しがひどいこと言ったー!」  私は思わず、車内で叫んでしまった。チケット難民の切実な痛みを、あろうことか本人が「よかった」なんて、あんまりだ。
「ひどいです、壮大さん! どんだけ競争率高いと思ってるんですか! みんな必死なんですよ!」 「いや、そうじゃなくてさ。・・・民亜カメラマン。次はステージの真下から、ライブ写真をお願いします」

 一瞬、車内の空気が止まった。 「・・・いやいやいやいや、無理ですって!」  私は全力で首を振った。 「壮大さん、いくらなんでも冗談が過ぎます。取材カメラマンが、そのままライブスチールの本番を撮るなんてありえないことくらい、私だって知ってますよ。あんな戦場みたいな現場、私みたいな風景オタクには無理です!」

 ライブ撮影は戦場だ。激しく動く光、刻々と変わるアーティストの表情、一瞬のシャッターチャンス。静止している風景や、スタジオでのポートレートとは次元が違う。  しかし、壮大はなんてことない表情で、さらりと返してきた。 「だから? 民亜カメラマンはどっちもできるから大丈夫。俺が保証するよ」 「逆です、逆! 何の根拠があってそんな・・・」 「根拠? あるよ」  壮大は信号待ちで車を止め、まっすぐに私を見た。その瞳は、少しもふざけてなどいなかった。
「ライブ写真の方が、君の得意な『撮り鉄』に近い気がしない?」 「・・・え?」 「時速百キロで駆け抜ける列車を、一瞬の歪みもなく、光の計算まで完璧にして切り取るんだろ? ライブだって同じだよ。音という速度に乗って激しく動く俺を、君のタイミングで射抜けばいい。・・・ほら、動体予測なら、そこらのカメラマンより君の方が何万回も場数踏んでるでしょ?」

 その言葉に、私は絶句した。  動体予測。確かに、向かってくる列車のヘッドライトが見えた瞬間から、シャッターを切るべき「切り位置」を逆算するのは、撮り鉄の基本動作だ。  ステージを駆ける壮大を、レールを走る列車に見立てる。 

 彼のシャウトを、トンネルを抜ける咆哮に見立てる。  そう考えると、不思議と、ファインダー越しに彼と向き合うイメージが、私の頭の中でカチリと「連結」されていった。
「ライブ写真の方が、撮り鉄に近い気がしない?」 

 壮大が放ったその言葉は、私の頭の中で脱線しかけていた思考を、見事に正しいレールへと戻してくれた。動体予測、切り位置、シャッターチャンス。鉄道写真で培ったその感覚を、ステージの彼にぶつける。 「あはは! 自分たちを電車に例えたんですか? ・・・なんだか、急にやれそうな気がしてきました。笑えてきた。じゃー、決まりです。撮らせてください、最高の『編成写真』を」

 私の快諾に、壮大は満足そうにハンドルを叩いた。 「よし。・・・でもさ、民亜。オレばっかり撮るなよ? メンバーみんな均等にな。それが『関係者』としての仕事だぞ」 「わかってます、わかってますー。ステージ全体のバランスを考えて、しっかり全員の『雄姿』を収めますから」 

 私は軽口で返しながら、自分の中の「撮り鉄魂」が燃え上がるのを感じていた。被写体が列車から人間になっても、その本質を捉えたいという欲望は変わらない。

 いすみ鉄道の沿線を離れ、車は房総のさらに深い緑の中へと進んでいく。 
 車内に流れるのは、もちろん彼らのバンド「1825」(いはにご)の楽曲だ。重厚なドラムに、空を突き抜けるような壮大のボーカル。そして、その底辺を支える、うねるようなベースライン。 

 リズムに乗って指で膝を叩きながら、私はつい、心の奥にしまっていた「本当のこと」を零してしまった。

 「『1825』で好きなのは、実はJYUなんです」

 言ってしまった。  口から飛び出した言葉は、もう取り返しがつかない。いすみ鉄道の脱線事故を目の当たりにしたような絶望感が、私の中を駆け巡った。
 もちろん、今は本当に、本当にメンバー全員を同じくらい愛している。壮大の唯一無二の歌声も、彼の奔放で繊細な才能も、すべてが私の人生に欠かせない「鉄分」だ。なのに、本人の前という一番最悪なタイミングで、私の「始発駅」の名前が漏れてしまった。
「・・・へえ。JYU、なんだ」  壮大の声は低く、平熱を装っているようでいて、どこか底知れない迫力を帯びていた。車内の空気が、まるで冬のトンネルに入ったときのように一気に冷え込み、重くなる。

「今は本当に、本当にみんな同じくらい大好きなのに・・・! 言葉に出てしまったのは、その、昔の癖というか・・・」  必死にフォローしようとすればするほど、言葉が空回りする。壮大はハンドルを握ったまま、一度も私の方を見ようとしない。 「壮大さんは、それ、嘘だろ!って顔をしてますけど・・・」  思わず深いため息が出た。わかってもらえる方法なんて、あるのだろうか。話せば話すほど、線路が分岐して良くない方向へ向かっている気がして、私は自分の膝の上で指をギュッと握りしめた。

「・・・みんな同じくらいなわけないだろ」  壮大が、地を這うような低い声で遮った。 「え?」 「そんな綺麗に全員同じ熱量なんて、嘘だ。・・・本当は、オレだろ」

 彼はそう言って、信号待ちで車を完全に停車させた。  その言葉は、命令のようでもあり、縋っているようでもあった。  「空の王子」が、一人のファン・・・いや、一人の「関係者」である私に向けて放った、強烈な独占欲。その重圧に耐えきれず、私は完全に撃沈して、シートに深く沈み込みながらいじけてしまった。
「・・・もう、ひどいです。そうやって追い込むんだから。私がどれだけ壮大さんの歌を大切に聴いてるか、全然信じてくれてない・・・」  情けなくて、恥ずかしくて、顔を上げられない。  自分の不器用さに涙が出そうになり、俯いていたその時。

 ふわりと、頭の上に温かい感触が降りてきた。
 大きな、骨張った、けれど優しさに満ちた手が、私の頭をゆっくりと撫でた。  雑に、けれど慈しむようなその感触。壮大の手が、私の髪を、そして震える心を落ち着かせるように動いている。
「・・・冗談だよ、そんなに凹むな」  彼の声から、先ほどまでの鋭い棘が消えていた。 「JYUが入り口だったからこそ、今の君の『音』への感性があるんだろ。それは否定しないし、むしろ感謝してるよ。・・・でもさ、今、隣にいるのは誰?」

 私はゆっくりと顔を上げた。  そこには、いつもの不敵な、けれど少しだけ柔らかい笑みを浮かべた壮大がいた。 「ちょっといじめすぎちゃったかな、ごめんね」

 撫でてくれていた手が離れ、彼は再び前方の道路を見据えた。  車は静かに滑り出す。  いじけていた心は、彼の熱い手のひら一つで、あっけなく「再連結」されてしまった。   「・・・ライブ、絶対、誰よりも格好いい壮大さんを撮りますから」  蚊の鳴くような声で私が宣言すると、彼は満足そうに鼻歌を歌い始めた。 
いすみ鉄道の黄色い魔法は、まだ終わらない。  それどころか、私をさらに深い、彼だけの「音」の世界へと吸い込んでいく。

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