底辺乗り物オタクの私、推しに見つかりました―推しの推し活が、溺愛すぎる

亜 れみた

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独占のシャッター、秘密の「臨時ダイヤ」

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「民亜!」
 ライブ写真撮影の特訓として訪れたライブハウスの楽屋で、唐突に私の名前が響いた。  そもそも、私の名前を下の名前で、しかも当然のような響きの呼び捨てで呼ぶ男なんて、この広い世界に「推し」である壮大しか存在しない。  何か変だ。絶対に何かおかしい。けれど、目の前でニヤリと不敵に笑う彼の存在は、紛れもない現実だった。

 楽屋挨拶が終わり、スタッフさんが「では、カメラマンの皆さんはこちらへ・・・」と私たちを楽屋外へ案内しようとした、その時。壮大がスッと片手を挙げて、静かだが拒絶を許さないトーンで告げた。 「あ、この子。うちのカメラマンなんで」  スタッフさんは一瞬目を丸くしたが、相手はあの「1825」の壮大だ。 「あ、そうだったんですか! 失礼しました。では、民亜さんはそのまま残ってください」  一言。たった一言で、彼は私がこの「聖域」に残るための道を作ってしまった。

 緊張から解放されて駅へ向かうはずだった5人の「今日限定カメラマン」の1人が、気づけば、たった1人の「壮大の隣にいるカメラマン」になっていた。  緊張どころではない。心臓がいすみ鉄道の急行列車のようなリズムで暴れている。しかし、当の本人は至って自然な空気で、「ほら、座れよ」と私の隣を陣取った。

 そのまま、楽屋打ち上げに私も加わるのが当然の流れのようになっていた。  テーブルに並べられた飲み物や軽食。ビール缶が開く小気味よい音が響き、あちこちで乾杯が始まる。 (幸せすぎる・・・けれど、ここでファンの佇まいでいてはダメだ。私は今、カメラマン民亜なんだ)  自分に言い聞かせるけれど、視界の端に映る壮大の横顔が眩しすぎて、意識が飛びそうになる。彼は、私が一人ぼっちにならないよう、絶妙なタイミングで誰かに話を振ったり、私の得意な鉄道の話を混ぜたりして、決してトークの輪から外さないように守ってくれていた。

「そうだ。彼女は今日がライブ撮影初めてなんだよ。・・・ほら、プロに聞いておけよ」  壮大はさらりと、今日のライブを本職として撮っていた「ホンモノ」のプロカメラマンさんを話の輪に引き入れた。 「ライブ写真撮影のコツ? そうだね、一番大事なのは・・・」  プロの口から語られる、動きの予測やライティングへの対応。壮大のおかげで、自然な流れで質問ができる空気が出来上がっていた。 「あの、逆光の時はどうされてるんですか?」 「ああ、それはね・・・」  自分でも驚くほど、具体的な質問が口をついて出た。ライブ写真撮影における数々の「?」が、一つずつ鮮やかに消えていく。撮り鉄で培った知識と、今聞いたプロの技術が、私の中で新しい回路として連結されていく感覚。すごく、参考になる。

 打ち上げが後半に差し掛かった頃、一人の女性が壮大に話しかけに来た。  可憐で、どこか都会的な空気を纏った女性。何者かは分からないけれど、スタッフやメンバーとも親しげだ。 「ねえ壮大、この後の打ち上げどうするの? 参加しないなら、私の車で送ってあげるけど」  誘うような、甘い声。 「・・・まだ決めてねえよ」  壮大は素っ気なく答えて、それ以上彼女に視線を合わせなかった。

 次に、今日ライブをしたばかりのバンドメンバーがやってきて、身を乗り出した。 「カメラマンさん、さっき撮った写真、ちょっと見せてよ!」 「えっ、あ、はい・・・」 

 おそるおそるカメラの液晶を見せる。本人と一緒に写真を確認するなんて、タイミングが早すぎて死にそうだ。けれど、彼は私の撮った写真を一枚一枚めくりながら、「うわ、これ最高!」「このアングル、分かってるね!」と絶賛してくれた。 「ねえ、今度ぜひうちのライブも専属で撮ってよ。LINE交換しよう?」  アーティストからの直接のオファー。天にも昇る心地だったけれど、その言葉を遮ったのは隣の男だった。 「ダメ。民亜は、うちの専属カメラマンだから」  壮大がピシャリと拒んだ。冗談めかしてはいるけれど、その瞳の奥には譲らない強さがある。 (ダメ、って・・・。うちの専属・・・)  胸の奥がチリりと熱くなった。この、独占されているような、守られているような不思議な気分は何だろう。

 宴が終わりに向かう頃、またさきほどの可憐な女性が現れた。 「打ち上げ、どうするの?」 「・・・参加する」  壮大が短く答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。 「じゃ、私も。抜ける時、教えてね」
 楽屋では、まだ残って談笑する人もいれば、片付けを始めるスタッフも出始めた。  喧騒が少しだけ落ち着いた、その時。 「民亜、行くぞ」  壮大が不意に立ち上がった。私がきょとんとしていると、彼は私の腕を軽く引いた。 「車。明日スタジオだから飲めねえし、朝早いから打ち上げは欠席にするって、今スタッフに連絡した」 「えっ、でも、さっきの人は・・・」  あの女性をあからさまに撒いている。その事実に呆気にとられていると、壮大は機材を抱えた私の背中を優しく押した。 「・・・打ち上げ、参加したかった?」 「いえ、そういうわけじゃ・・・」 「ならいい。また今度な」

 出口へと向かう薄暗い廊下。周囲に誰もいないのをいいことに、壮大は歩きながら、私の頭をごしごしと乱暴に、けれど最高に優しく撫でた。 「よく頑張った。・・・お前の修行、ちゃんと見てたからな」

 頭に残る手のひらの熱。  可憐な誘いをすべて断り、私を連れて「帰る」と言った彼。  いすみ鉄道の菜の花の香りはもうしないけれど、このライブハウスの熱気と彼の体温が混ざり合った夜は、どんな名作映画のラストシーンよりも、私の心に深く現像されていった。

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