20 / 20
ファインダー越しの熱狂、背後に迫る影
しおりを挟む
ライブの三日前、壮大から一通のメッセージが届いた。 『セトリが決まったから送る。これでライブの流れが想定できるだろ。よろしくな』 添付されていたのは、ロックバンド『1825(いはにご)』のワンマンライブのセットリストだった。
「・・・ありがとうございます。これなら曲ごとの照明の変化も想定して、当日は落ち着いて撮影に取り組めそうです」
プロとして、カメラマンとして、私は精一杯の返信をした。けれど、画面はすぐにまた光った。 『あ、やっぱ会わない?』 (・・・出た。壮大が質問する時は、もう自分の中で会うって決めてる時だ)
結局、私たちは急遽会うことになった。 人目を避けた夜の空間で、セットリストを広げながらライブの流れを説明する壮大は、完全に「プロの顔」をしていた。 「ここで一気にテンションを上げる。照明は白のフラッシュだ。民亜、ここはシャッタースピードを上げて俺の動きを止めてくれ」 真剣な眼差しに圧倒され、私も必死にメモを取る。けれど、そんな仕事の話はすぐに終わってしまった。
その後、私たちはどちらからともなく、いつものように鉄道の話を始めた。 今日見かけた珍しい車両のこと、新潟でのスイッチバックの思い出。昨日見たYouTubeの動画の内容・・・。 プロのロックスターと、そのカメラマン。そんな肩書きはどこかへ消え、ただの気の合う男女として、たわいもない話に花を咲かせた。 (・・・それはまるで、あ、いや。なんでもない。考えてはいけないことを、私は一瞬だけ望んでしまった)
ついに、この日が来た。 ロックバンド『1825(いはにご)』のワンマンライブ。 私が、彼らの姿をプロのカメラマンとしてファインダーに収める日。
「メインのカメラマンが他にいるからさ。民亜はリラックスして、お前の感性で好きに撮ればいいよ」
壮大はそう言って笑ってくれたけれど、そんなの無理に決まっている。手に持ったカメラが、自分の鼓動に合わせて微かに震える。 今日はワンマンライブということもあり、リハーサルの時間は十分に取られていた。私はステージの下を歩き回り、照明の当たり方や、壮大が最も美しく見えるアングルを確認していく。
「あ、民亜ちゃん! 写真、この前見せてもらったよ。めっちゃ良かった!」
リハーサルの合間、ドラムのTAIが気さくに声をかけてくれた。 「今日来ると聞いて、みんな楽しみにしてたんだ。よろしくな」 「・・・あ、ありがとうございます!」
壮大が言っていた「メンバーも楽しみにしてる」という言葉は、気休めのサービストークじゃなかった。彼らは本当に、私を新しい仲間のように温かく受け入れてくれた。嬉しくて、視界が少し潤む。
「民亜ちゃん、僕のファンなんだって?」
ベースのJYUが茶目っ気たっぷりに覗き込んでくる。 「おい、もう違うって言っただろ!」 すかさず壮大が横から割り込んでくるけれど、JYUは止まらない。 「違わないだろ。なあ、民亜ちゃん。全員好きだけど一番は僕だよね!」
「だから、違うって言ってるだろ!」
壮大とメンバーの、まるで少年のようなやり取り。 (・・・おかしい。夢だ、これは夢に違いない。推しと推しが、私の目の前で・・・)
けれど、それは甘美な現実であると同時に、冷徹な現実をも引き寄せていた。 和気あいあいとした雑談を、少し離れた場所から、信じられないほど面白くない顔で眺めている人物。
(・・・あの人だ)
撮影特訓の日、壮大が運転する車に乗って帰りたいと希望していた女性。今日、ライブハウスでその表情を見たからじゃない。あの日から気になってた、何かあると。
ファインダー越しの壮大は、新潟の各駅停車で私の肩に寄りかかっていたあの青年とは、完全に別人だった。 ライトを浴びて、汗を撒き散らし、数千人の魂をその声一つで支配する。 レンズを通した視線の先で、壮大がニヤリと笑った気がした。
(壮大、ほんと、本当に・・・かっこいいよ)
シャッターを切るたびに、心臓が爆発しそうになる。 私の指先は、もう震えていなかった。彼らの音の一部になりたい、この一瞬を永遠に固定したいという、カメラマンとしての本能が恐怖を上書きしていた。 激しいドラムの打音、空気を切り裂くギターソロ、そして壮大の熱狂的なシャウト。
私はステージの隅から隅まで走り、夢中でシャッターを押し続けた。
アンコールの拍手が鳴り止み、ライブは幕を閉じた。 最高だった。完璧な行路だった。 私は機材を抱え、興奮冷めやらぬまま、メンバーの待つ楽屋へと戻ろうとした。
けれど、その通路の真ん中に。 逃げ場のない狭い回廊に、その人は立っていた。
「・・・民亜さん、ですよね」
照明の落ちた通路で、彼女の声はやけに鋭く、そして低く響いた。 ひきつっていた表情は消え、代わりにそこにあるのは、獲物を追い詰めた猛獣のような、静かな怒り。
「ちょっといいですか? 」
彼女の背後にある楽屋からは、壮大たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。 けれど、私の目の前にあるのは、真っ暗な絶壁だった。
(・・・逃げられない)
私はカメラを強く抱きしめた。
「・・・ありがとうございます。これなら曲ごとの照明の変化も想定して、当日は落ち着いて撮影に取り組めそうです」
プロとして、カメラマンとして、私は精一杯の返信をした。けれど、画面はすぐにまた光った。 『あ、やっぱ会わない?』 (・・・出た。壮大が質問する時は、もう自分の中で会うって決めてる時だ)
結局、私たちは急遽会うことになった。 人目を避けた夜の空間で、セットリストを広げながらライブの流れを説明する壮大は、完全に「プロの顔」をしていた。 「ここで一気にテンションを上げる。照明は白のフラッシュだ。民亜、ここはシャッタースピードを上げて俺の動きを止めてくれ」 真剣な眼差しに圧倒され、私も必死にメモを取る。けれど、そんな仕事の話はすぐに終わってしまった。
その後、私たちはどちらからともなく、いつものように鉄道の話を始めた。 今日見かけた珍しい車両のこと、新潟でのスイッチバックの思い出。昨日見たYouTubeの動画の内容・・・。 プロのロックスターと、そのカメラマン。そんな肩書きはどこかへ消え、ただの気の合う男女として、たわいもない話に花を咲かせた。 (・・・それはまるで、あ、いや。なんでもない。考えてはいけないことを、私は一瞬だけ望んでしまった)
ついに、この日が来た。 ロックバンド『1825(いはにご)』のワンマンライブ。 私が、彼らの姿をプロのカメラマンとしてファインダーに収める日。
「メインのカメラマンが他にいるからさ。民亜はリラックスして、お前の感性で好きに撮ればいいよ」
壮大はそう言って笑ってくれたけれど、そんなの無理に決まっている。手に持ったカメラが、自分の鼓動に合わせて微かに震える。 今日はワンマンライブということもあり、リハーサルの時間は十分に取られていた。私はステージの下を歩き回り、照明の当たり方や、壮大が最も美しく見えるアングルを確認していく。
「あ、民亜ちゃん! 写真、この前見せてもらったよ。めっちゃ良かった!」
リハーサルの合間、ドラムのTAIが気さくに声をかけてくれた。 「今日来ると聞いて、みんな楽しみにしてたんだ。よろしくな」 「・・・あ、ありがとうございます!」
壮大が言っていた「メンバーも楽しみにしてる」という言葉は、気休めのサービストークじゃなかった。彼らは本当に、私を新しい仲間のように温かく受け入れてくれた。嬉しくて、視界が少し潤む。
「民亜ちゃん、僕のファンなんだって?」
ベースのJYUが茶目っ気たっぷりに覗き込んでくる。 「おい、もう違うって言っただろ!」 すかさず壮大が横から割り込んでくるけれど、JYUは止まらない。 「違わないだろ。なあ、民亜ちゃん。全員好きだけど一番は僕だよね!」
「だから、違うって言ってるだろ!」
壮大とメンバーの、まるで少年のようなやり取り。 (・・・おかしい。夢だ、これは夢に違いない。推しと推しが、私の目の前で・・・)
けれど、それは甘美な現実であると同時に、冷徹な現実をも引き寄せていた。 和気あいあいとした雑談を、少し離れた場所から、信じられないほど面白くない顔で眺めている人物。
(・・・あの人だ)
撮影特訓の日、壮大が運転する車に乗って帰りたいと希望していた女性。今日、ライブハウスでその表情を見たからじゃない。あの日から気になってた、何かあると。
ファインダー越しの壮大は、新潟の各駅停車で私の肩に寄りかかっていたあの青年とは、完全に別人だった。 ライトを浴びて、汗を撒き散らし、数千人の魂をその声一つで支配する。 レンズを通した視線の先で、壮大がニヤリと笑った気がした。
(壮大、ほんと、本当に・・・かっこいいよ)
シャッターを切るたびに、心臓が爆発しそうになる。 私の指先は、もう震えていなかった。彼らの音の一部になりたい、この一瞬を永遠に固定したいという、カメラマンとしての本能が恐怖を上書きしていた。 激しいドラムの打音、空気を切り裂くギターソロ、そして壮大の熱狂的なシャウト。
私はステージの隅から隅まで走り、夢中でシャッターを押し続けた。
アンコールの拍手が鳴り止み、ライブは幕を閉じた。 最高だった。完璧な行路だった。 私は機材を抱え、興奮冷めやらぬまま、メンバーの待つ楽屋へと戻ろうとした。
けれど、その通路の真ん中に。 逃げ場のない狭い回廊に、その人は立っていた。
「・・・民亜さん、ですよね」
照明の落ちた通路で、彼女の声はやけに鋭く、そして低く響いた。 ひきつっていた表情は消え、代わりにそこにあるのは、獲物を追い詰めた猛獣のような、静かな怒り。
「ちょっといいですか? 」
彼女の背後にある楽屋からは、壮大たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。 けれど、私の目の前にあるのは、真っ暗な絶壁だった。
(・・・逃げられない)
私はカメラを強く抱きしめた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる
春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。
夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。
形のない愛は信じない。
でも、出来立ての肉は信じてしまう。
肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。
これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
転生バレ回避のはずが、領主の息子に見つかって恋をした。
黒蜜きな粉
恋愛
前世で遊び尽くしたRPGの世界に転生した少女ルーシ。
この世界で転生者は特別な存在として保護され、自由を奪われる。
英雄になんてなりたくない。
ルーシの望みはただひとつ──静かに暮らすこと。
しかし、瀕死の重傷を負った領主の息子アッシュを救ったことで、平穏な日常は崩れ始める。
才能への評価、王都への誘い、そして彼から向けられる想い。
特別になりたくない転生治癒師と、
彼女を見つけてしまった領主の息子の物語。
※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで
嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。
誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。
でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。
このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。
そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語
執筆済みで完結確約です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる