底辺乗り物オタクの私、推しに見つかりました―推しの推し活が、溺愛すぎる

亜 れみた

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ファインダー越しの熱狂、背後に迫る影

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 ライブの三日前、壮大から一通のメッセージが届いた。 『セトリが決まったから送る。これでライブの流れが想定できるだろ。よろしくな』  添付されていたのは、ロックバンド『1825(いはにご)』のワンマンライブのセットリストだった。
「・・・ありがとうございます。これなら曲ごとの照明の変化も想定して、当日は落ち着いて撮影に取り組めそうです」

 プロとして、カメラマンとして、私は精一杯の返信をした。けれど、画面はすぐにまた光った。 『あ、やっぱ会わない?』 (・・・出た。壮大が質問する時は、もう自分の中で会うって決めてる時だ)

 結局、私たちは急遽会うことになった。  人目を避けた夜の空間で、セットリストを広げながらライブの流れを説明する壮大は、完全に「プロの顔」をしていた。 「ここで一気にテンションを上げる。照明は白のフラッシュだ。民亜、ここはシャッタースピードを上げて俺の動きを止めてくれ」  真剣な眼差しに圧倒され、私も必死にメモを取る。けれど、そんな仕事の話はすぐに終わってしまった。

 その後、私たちはどちらからともなく、いつものように鉄道の話を始めた。  今日見かけた珍しい車両のこと、新潟でのスイッチバックの思い出。昨日見たYouTubeの動画の内容・・・。  プロのロックスターと、そのカメラマン。そんな肩書きはどこかへ消え、ただの気の合う男女として、たわいもない話に花を咲かせた。 (・・・それはまるで、あ、いや。なんでもない。考えてはいけないことを、私は一瞬だけ望んでしまった)

 ついに、この日が来た。  ロックバンド『1825(いはにご)』のワンマンライブ。  私が、彼らの姿をプロのカメラマンとしてファインダーに収める日。


 「メインのカメラマンが他にいるからさ。民亜はリラックスして、お前の感性で好きに撮ればいいよ」
 壮大はそう言って笑ってくれたけれど、そんなの無理に決まっている。手に持ったカメラが、自分の鼓動に合わせて微かに震える。  今日はワンマンライブということもあり、リハーサルの時間は十分に取られていた。私はステージの下を歩き回り、照明の当たり方や、壮大が最も美しく見えるアングルを確認していく。

 「あ、民亜ちゃん! 写真、この前見せてもらったよ。めっちゃ良かった!」
 リハーサルの合間、ドラムのTAIが気さくに声をかけてくれた。 「今日来ると聞いて、みんな楽しみにしてたんだ。よろしくな」 「・・・あ、ありがとうございます!」

 壮大が言っていた「メンバーも楽しみにしてる」という言葉は、気休めのサービストークじゃなかった。彼らは本当に、私を新しい仲間のように温かく受け入れてくれた。嬉しくて、視界が少し潤む。

「民亜ちゃん、僕のファンなんだって?」  

ベースのJYUが茶目っ気たっぷりに覗き込んでくる。 「おい、もう違うって言っただろ!」  すかさず壮大が横から割り込んでくるけれど、JYUは止まらない。 「違わないだろ。なあ、民亜ちゃん。全員好きだけど一番は僕だよね!」 
「だから、違うって言ってるだろ!」

 壮大とメンバーの、まるで少年のようなやり取り。 (・・・おかしい。夢だ、これは夢に違いない。推しと推しが、私の目の前で・・・)

 けれど、それは甘美な現実であると同時に、冷徹な現実をも引き寄せていた。  和気あいあいとした雑談を、少し離れた場所から、信じられないほど面白くない顔で眺めている人物。
(・・・あの人だ)

 撮影特訓の日、壮大が運転する車に乗って帰りたいと希望していた女性。今日、ライブハウスでその表情を見たからじゃない。あの日から気になってた、何かあると。

 ファインダー越しの壮大は、新潟の各駅停車で私の肩に寄りかかっていたあの青年とは、完全に別人だった。  ライトを浴びて、汗を撒き散らし、数千人の魂をその声一つで支配する。  レンズを通した視線の先で、壮大がニヤリと笑った気がした。
(壮大、ほんと、本当に・・・かっこいいよ)

 シャッターを切るたびに、心臓が爆発しそうになる。  私の指先は、もう震えていなかった。彼らの音の一部になりたい、この一瞬を永遠に固定したいという、カメラマンとしての本能が恐怖を上書きしていた。  激しいドラムの打音、空気を切り裂くギターソロ、そして壮大の熱狂的なシャウト。 

 私はステージの隅から隅まで走り、夢中でシャッターを押し続けた。
 アンコールの拍手が鳴り止み、ライブは幕を閉じた。  最高だった。完璧な行路だった。  私は機材を抱え、興奮冷めやらぬまま、メンバーの待つ楽屋へと戻ろうとした。

 けれど、その通路の真ん中に。  逃げ場のない狭い回廊に、その人は立っていた。
「・・・民亜さん、ですよね」
 照明の落ちた通路で、彼女の声はやけに鋭く、そして低く響いた。  ひきつっていた表情は消え、代わりにそこにあるのは、獲物を追い詰めた猛獣のような、静かな怒り。
「ちょっといいですか? 」
 彼女の背後にある楽屋からは、壮大たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。  けれど、私の目の前にあるのは、真っ暗な絶壁だった。
(・・・逃げられない)
 私はカメラを強く抱きしめた。  
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