君を必ず

みみかき

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二つの世界

8.繋がる日

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 家に着き、シャワーを浴びてからボーっとテレビを見ていた。
 日を跨ぎそうな時間になると、放送されているのはニュース番組くらいだ。私はただただテレビを見つめた。

 今日の出来事を伝えるニュースが淡々と流れていた。
 どこぞの国で新種の病気が見つかったとか、どこぞの有名人が結婚したとか、どこぞの誰かが事故で亡くなったとか。
 私とは全く関係のない今日の出来事を、私はただただ見つめた。


 記憶しているなかで一番古い記憶を思い出していた。人の死を初めて間近で体験した記憶だ。
 なんてことはない。恐らく私だけではなく、世の中には私と同様な体験をした人がたくさんいるだろう。

 父方、母方は人それぞれだろうが、両親のどちらかの親、つまるところ、祖父母が亡くなったことに対する記憶である。
 私の場合、父方の祖父が亡くなった時の記憶がそれに該当する。

 その当時、まだ私が年端もいかない年齢であったため、詳しいことは覚えていない。
 だが、その時の別れだとか悲しみだとか、負の感情を抱いたことは幼心に覚えている。

 悲しみを実感したのは、両親に連れられ、棺桶の中に眠る祖父と最後の別れをしたときだったと思う。

「最期のお別れだからちゃんとバイバイしようね」
 そのように母に言われた覚えがある。

 なぜ最期なのか、その時はよくわからなかった。
 だが、棺の中に横たわり眉一つ動かない祖父を見て、その周りに添えられている白色の花々を見て、私は急に悲しくなって涙を流した。

 優しかったおじいちゃんに二度と会えなくなる。それが人が死ぬということなのだと、死というものを知った。

 身近な人の死に直面することは、私の人生においてはままあることだった。
 たまに、もしかしたら私は死神なのかもしれないと思うこともあった。

 親族や友人、お世話になった人、そして、最愛の人。

 知らせを聞いた日や別れの日など、私の心を表すかのように毎回雨が降っていた気がする。
 私はまるで雨を好む死神だったのかもしれない。
 

 久しぶりにカナの死についてふれたせいか、寝る前だというのに色々と考えてしまった。
 そろそろ寝ようと思い、私はベッドへと体を動かした。

 軋むベットがやがて落ち着き、見上げた白色の天井から目を塞ぐように目蓋を閉じた。

 先程の居酒屋で先輩に話したことが思い出された。
 目蓋の奥に広がる暗闇の中、私は、そこから連想されたことも思い出していた。

 最後の別れの日、棺に横たわる彼女と、彼女を囲む白色の花々。
 そして、大粒の涙を流し、嗚咽交えながら棺に寄りすがっている私。
 カナとの最期の別れをする時分の記憶だ。

 私は、ただただ、泣いた。止めどなく涙を流し、大きな声をあげて、泣いた。

 私の涙に呼応するかのように、外では雨が降っていたことを覚えている。

 他の誰かの死と比べるわけではないが、その時の私は人生で一番といえる悲しみのどん底にいたであろう。
 幼少期からずっと一緒にいた家族や親族、友人ではない。
 初めて、自分の人生をこの人に捧げたいと思えた人。この世界の誰よりも大切で、最愛な人。

 そんな人と今生の別れとなってしまう、これが最期の別れだと分かってしまっていた。
 だからこそ、私は何年経とうがこの事は忘れる事はできないだろう。

 ちゃんとバイバイなんてできる気持ちなわけなかった。これが最期の別れだなんて思えるはずがなかった。

 だが、いつまでも棺に縋っているわけにもいかず、結局、親族やら諸々に強制的に引き剥がされた。

 やはり私は死神だったのかもしれない。カナは私と出会ってしまったから死んでしまったのかもしれない。そう深く考えたこともあった。

 最低だ、最低だと自分を責めたこともたくさんあった。
 カナと出会った時に歌っていた歌が違うものであれば。あの夏の思い出もなければ。カナの優しさにも、憂鬱も、二人が夢見たあの時の理想もなければ。

 しかし、どんなに悲しんでも悔やんでも、考えたところでカナが帰ってくることはない。それを理解したときから今まで、私は抜け殻のように生きてきた。
 心に穴が空いた操り人形のように、生きる目的もなくただただ凡に生きてきた。


 目蓋の裏に広がる黒い闇の深海が、徐々に私を飲み込んでいく。
 私は沈んでいく。私はゆっくりと、沈んでいく。深い、深い闇がただただ広がる深海の底へと沈んでいく。

 私が吐き出した気泡が、水面へともがき向かうように昇っていく。まるでそこに本当に液体があるかのような動きをして、闇の中を昇っていく。

 もっと、もっと、もっと、深い場所へ沈んでいってくれ。
 このまま誰にも見つからないような場所へ、私を運んでいってくれ。

 カナとの思い出に触れてしまわないように。また、カナに会いたいと思ってしまわないように。

 吐き出す気泡とは逆に、私の頬を一滴の雫が伝っていき、未だ底の見えぬ暗闇へと流れ落ちた。
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