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二つの世界
10.明くる日【完】
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△/▽
ニケラさんが目蓋をあける。その綺麗な瞳は相変わらず慈しみを帯びていた。
「いまあなたに説明した内容を、もう一人のあなたにも同じように説明してあります。そしてこれからわずかな時間、あなたたちが目を覚ますまでの本当にわずかな時間、あなたたちは二人きりで会えます」
もう一人の私と対峙した時、何を話すか、伝えるか。私の心はすでに決まっていた。
「それではいきます、ゆっくり目を閉じてください。これからあなたを包み込むよう感覚がなくなったとき、目を開けてください」
ニケラさんに言われた通り、目蓋をゆっくりとおろしていく。ふわっとした感覚が私を包んでいく。
目蓋が閉じきるかきらないかくらいのタイミングでニケラさんの声が聞こえた気がした。
「あなたに、あなた方に会えてよかった。強く生きてください」
ふわっとした感覚がやや強みを帯び、正面から穏やかな風が吹いているような感覚に変わった。
不思議なことに、いま私が止まっているのか進んでいるのか、正面を向いているのか背面を向いているのかわからない。
恐らく進んでいるのだろうが、なんとも奇妙な感覚だった。
少しして体に帯びていた感覚が引いていき、静止したような状態になった。
私はゆっくりと目を開けた。
そこには漆黒の海が広がっており、至る所にまばらな光る粒のようなものが存在していた。
また、全体的に青く、所々緑がかり、丸みを帯びた巨大な球体が眼下に浮かんでいた。
もちろん床のようなものは存在していない。
私は立っているのか、はたまた浮遊しているのか、なんとも形容し難い状態でそこにいた。
キラキラとひかっている光の粒子のようなものが私の周りを取り囲み、足元から頭上へと昇っていく。
ふと、私の正面にも、やや距離は離れているように感じるが、同じようにキラキラと光る存在がいることに気づいた。
直感的に、あれがもう一人の私なのだろうと思った。
光の粒子が絶えず頭上へと昇っていく。
私が声を発しようと同じタイミングで、もう一人の私が声を発した。
その声は涙まじりの声に聞こえた。
「君の夢を見た。カナの棺の前で君が、私が泣いている夢だった。目が覚めたとき、その夢が恐ろしくてたまらなかった。それが君の世界で現実に起きたことだと聞かされ、いたたまれなかった」
カナの名前が呼ばれ、いま声を発している人間が本当にもう一人の私なのだろうと実感した。
私も声を発した。
「私もキミの夢を見た。カナと、子供たちと、幸せな家庭を築いている夢だった。本当に幸せそうだった」
私の発した言葉も涙まじりとなっており、私の目からは涙がこぼれていた。
もう一人の私に羨望の眼差しを向けなかったわけではなかったが、カナが幸せに生きている世界があることを知れて本当に嬉しかった。
「私は大事な人を、カナを亡くしてしまった。でもキミが、カナと子供たちが幸せそうに過ごしている世界があると知れて良かった。私はもう叶えることはできないが、必ずカナたちを幸せにしてあげてくれ」
もはや叫ぶように話す私の話を受け、もう一人の私も叫ぶように応えた。
昇ってゆく光の粒子の輝きが増す。
「必ず、何が起きても必ず、カナや子供たちを必ず幸せにする。例え私にどんなことが起きようと、命をかけて家族を守る。君に、もう一人の私である君に約束する」
もう一人の私の言葉を聞き、涙が溢れた。私自身ではないが、全く同じもう一人の私が言うのだ。間違い無いだろう。
涙を拭い、振り絞るように言葉をはきだした。
「ありがとう、それを聞けて安心した。私も約束するよ、私の世界が例えどんなに悲しい世界でも、前を見て生き続ける。カナが生きた証が消えないように、私が紡いでいく」
頭上へと昇ってゆく光の粒子が、いっそう輝きを増した。もう一人の私を包む光も同様だ。
恐らく、もう時間なのだろう。現実とは思えないような、この不思議な時間も終わりを迎える。
光の粒子が徐々に視界を塞いでゆく。
お互い目があっているのか、よくわからない。だが、お互いを真っ直ぐ見つめ合い、私は最後にありがとうと小さな声で言った。
もう一人の私の口も何かを呟いていたように見えた。
目を開けると、見慣れた天井だった。私の部屋の天井だ。あぁ、戻ってきたんだな。天井を見つめ、ゆっくりと瞬きをする。
天井に向かって手を伸ばす。手をグー、パーと繰り返す。
まるで夢のような出来事から戻ってきたと再度実感していた。
はたして先ほどまでの出来事が本当に現実の出来事なのか。
それを証明することはできない。誰かに話したところで笑われてしまうのがオチだろう。
しかし、私にはそんなことはどうでもよかった。
夢物語だったとしてもいい。カナが幸せに生きる世界がある。それを知れただけで私は良かった。
私の生きるこの世界にはもうカナはいない。もう一人の私のように、カナとの幸せな未来を築くこともできない。
それでも明日は何度でもやってくる。それでも生きていかなければいけない。
カナを失ってから無駄に生きていた人生だったと思う。誇れるようなことは何もしてこなかった。
だが、まだ間に合う。今からでも間に合う。
カナに、もう一人の私やカナや子供たちが生きる世界に恥じないように生きていこう。
カナに自慢話として話せるような、誇れるようなことを一つずつでも増やしていこう。
自ら閉じこもっていたが、この世界に私を支えてくれる人はたくさんいる。
この世界ではないところにもいる。私は一人ではないのだから。
昨日までの私とは違う気がした。
ニケラさんが目蓋をあける。その綺麗な瞳は相変わらず慈しみを帯びていた。
「いまあなたに説明した内容を、もう一人のあなたにも同じように説明してあります。そしてこれからわずかな時間、あなたたちが目を覚ますまでの本当にわずかな時間、あなたたちは二人きりで会えます」
もう一人の私と対峙した時、何を話すか、伝えるか。私の心はすでに決まっていた。
「それではいきます、ゆっくり目を閉じてください。これからあなたを包み込むよう感覚がなくなったとき、目を開けてください」
ニケラさんに言われた通り、目蓋をゆっくりとおろしていく。ふわっとした感覚が私を包んでいく。
目蓋が閉じきるかきらないかくらいのタイミングでニケラさんの声が聞こえた気がした。
「あなたに、あなた方に会えてよかった。強く生きてください」
ふわっとした感覚がやや強みを帯び、正面から穏やかな風が吹いているような感覚に変わった。
不思議なことに、いま私が止まっているのか進んでいるのか、正面を向いているのか背面を向いているのかわからない。
恐らく進んでいるのだろうが、なんとも奇妙な感覚だった。
少しして体に帯びていた感覚が引いていき、静止したような状態になった。
私はゆっくりと目を開けた。
そこには漆黒の海が広がっており、至る所にまばらな光る粒のようなものが存在していた。
また、全体的に青く、所々緑がかり、丸みを帯びた巨大な球体が眼下に浮かんでいた。
もちろん床のようなものは存在していない。
私は立っているのか、はたまた浮遊しているのか、なんとも形容し難い状態でそこにいた。
キラキラとひかっている光の粒子のようなものが私の周りを取り囲み、足元から頭上へと昇っていく。
ふと、私の正面にも、やや距離は離れているように感じるが、同じようにキラキラと光る存在がいることに気づいた。
直感的に、あれがもう一人の私なのだろうと思った。
光の粒子が絶えず頭上へと昇っていく。
私が声を発しようと同じタイミングで、もう一人の私が声を発した。
その声は涙まじりの声に聞こえた。
「君の夢を見た。カナの棺の前で君が、私が泣いている夢だった。目が覚めたとき、その夢が恐ろしくてたまらなかった。それが君の世界で現実に起きたことだと聞かされ、いたたまれなかった」
カナの名前が呼ばれ、いま声を発している人間が本当にもう一人の私なのだろうと実感した。
私も声を発した。
「私もキミの夢を見た。カナと、子供たちと、幸せな家庭を築いている夢だった。本当に幸せそうだった」
私の発した言葉も涙まじりとなっており、私の目からは涙がこぼれていた。
もう一人の私に羨望の眼差しを向けなかったわけではなかったが、カナが幸せに生きている世界があることを知れて本当に嬉しかった。
「私は大事な人を、カナを亡くしてしまった。でもキミが、カナと子供たちが幸せそうに過ごしている世界があると知れて良かった。私はもう叶えることはできないが、必ずカナたちを幸せにしてあげてくれ」
もはや叫ぶように話す私の話を受け、もう一人の私も叫ぶように応えた。
昇ってゆく光の粒子の輝きが増す。
「必ず、何が起きても必ず、カナや子供たちを必ず幸せにする。例え私にどんなことが起きようと、命をかけて家族を守る。君に、もう一人の私である君に約束する」
もう一人の私の言葉を聞き、涙が溢れた。私自身ではないが、全く同じもう一人の私が言うのだ。間違い無いだろう。
涙を拭い、振り絞るように言葉をはきだした。
「ありがとう、それを聞けて安心した。私も約束するよ、私の世界が例えどんなに悲しい世界でも、前を見て生き続ける。カナが生きた証が消えないように、私が紡いでいく」
頭上へと昇ってゆく光の粒子が、いっそう輝きを増した。もう一人の私を包む光も同様だ。
恐らく、もう時間なのだろう。現実とは思えないような、この不思議な時間も終わりを迎える。
光の粒子が徐々に視界を塞いでゆく。
お互い目があっているのか、よくわからない。だが、お互いを真っ直ぐ見つめ合い、私は最後にありがとうと小さな声で言った。
もう一人の私の口も何かを呟いていたように見えた。
目を開けると、見慣れた天井だった。私の部屋の天井だ。あぁ、戻ってきたんだな。天井を見つめ、ゆっくりと瞬きをする。
天井に向かって手を伸ばす。手をグー、パーと繰り返す。
まるで夢のような出来事から戻ってきたと再度実感していた。
はたして先ほどまでの出来事が本当に現実の出来事なのか。
それを証明することはできない。誰かに話したところで笑われてしまうのがオチだろう。
しかし、私にはそんなことはどうでもよかった。
夢物語だったとしてもいい。カナが幸せに生きる世界がある。それを知れただけで私は良かった。
私の生きるこの世界にはもうカナはいない。もう一人の私のように、カナとの幸せな未来を築くこともできない。
それでも明日は何度でもやってくる。それでも生きていかなければいけない。
カナを失ってから無駄に生きていた人生だったと思う。誇れるようなことは何もしてこなかった。
だが、まだ間に合う。今からでも間に合う。
カナに、もう一人の私やカナや子供たちが生きる世界に恥じないように生きていこう。
カナに自慢話として話せるような、誇れるようなことを一つずつでも増やしていこう。
自ら閉じこもっていたが、この世界に私を支えてくれる人はたくさんいる。
この世界ではないところにもいる。私は一人ではないのだから。
昨日までの私とは違う気がした。
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