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二人交差点
3.朝と夜の兄弟の憩いの話
しおりを挟む「で、今日はどうしたの。なにかあった?」
夜也から誘いがあるときは、たいていが何かしらの話がある。相場はそう決まっている。
「いや、特に今回は用という用はないんだよね。なんか、ふと兄貴と飲み行きたくなっただけ」
「珍しいな」
いままで特に用件もなく飲むことは数えられる程度しかなかったような気がする。
だいたいは夜也の仕事の愚痴やら、彼女とどうたらの話が多いが、特にそういうわけではなさそうだ。
「兄貴はさ、最近どう?仕事とか」
「仕事?それとなく、なんとなくこなしてるよ」
ほとんど終電間際まで仕事をする日々を思い返したが、それについては触れないでおこう。
「そっか、まぁ兄貴ならそれとなくなんでもできるもんな」
「なに、いきなり、どういう風の吹き回しだ?買い被りすぎだよ」
「そんなことないよ、兄貴はいつだってすごいさ」
飲み始めの脈絡もない会話が続く。お互いの近況を述べるとかそんなところだ。
少しして、先ほど夜也が注文していた料理が提供された。
夜也が好きそうな、いつも頼むようなものばかりだ。
「いただきます!すげー腹減ってるから、俺めっちゃ食うわ」
夜也は嬉しそうに料理を頬張っていた。
「兄貴も早く食わねーと俺が食っちゃうよ?」
「好きなだけ食べな、足らなかったらまた頼めばいいよ」
「さすが兄貴!じゃあ遠慮なく」
夜也はあっという間に完食し、既に次に頼むものを吟味していた。
店内に置かれたテレビでは天気予報が流れていた。
非常に大型の台風が発生し、明日から週末にかけて本島に直撃するかもしれないらしい。
「わぁ、台風が来るのか~。彼女と遊び行く予定だからやめてくれ~」
「どっか行くの?」
「そんな遠くには行かないよ。ほら、ショッピングモールとかホテルとか、遊園地のあるあそこ」
「あぁ、あそこね」
同県内にある、県内最大級の複合型施設。
なんでも揃っているので、カップルから家族連れまで、誰でも楽しめる施設となっている。
県内に住む人なら一度は訪れたことがあるだろう。
「まぁ、台風来てたら気をつけて行きなよ」
「おう!気をつけていく!」
元気に返事をしながらグラスを空にした夜也は、次の酒を注文していた。
「そういえば、兄貴は彼女できたの?」
急に私の話になり、若干むせる。
「いや、相変わらずいないよ」
「え~まだいないの?兄貴、俺に似てかっこいいんだからモテるだろうに」
「いや、そんなことはない」
弟の夜也は確かにモテる。容姿がいいのもあるが、その明るい性格も相まり、学生時代からかなりモテていた気がする。
私と夜也の容姿はよく似ている。
そのため、私と夜也はお互いに間違えられることもあった。
だが、私の方は特にモテた記憶というものはない。
「それに、俺の方が先に生まれてるんだから、どちらかと言えば夜也が俺に似てるんだ」
「そうだね、そういうことにしておいてあげよう!」
「なんだそれ」
ツッコミを入れながら、私もグラスを空にした。
「兄貴はさ、もったいないよ。せっかくモテるのに」
「いや、だから、モテないんだって、悲しいことに」
「たぶんだけど、それ兄貴が気づいてないだけだと思うよ」
夜也は私を指さしながら言い放つ。
「そんなことないと思うけど・・・実際いま彼女いないし」
「いまいるいないとか関係ないよ、兄貴はモテる!自信持って!」
なぜか励まされていた。
「まぁ、頑張るわ」
「そうだね、がんばれ!」
なぜか応援されていた。
入店してから1時間ほどたったが、相変わらずの夜也で安心した。
日々の仕事の疲れも忘れ久々に弟と飲むのも悪くない。
追加の料理も運ばれ、私と夜也の飲むペースも徐々に上がってきた。
「眞昼ちゃんとはうまくいってんの?」
夜也の彼女である眞昼ちゃんは、夜也の2歳下の大学時代の後輩で、大学時代からずっと付き合っている。
ちゃらんぽらんな夜也とは正反対の真面目で礼儀正しい子で、夜也の面倒をいつも見ている印象だ。
「相変わらずうまくいってるよ。ケンカもしてないし」
「それはいいことだな」
「まぁケンカはしないけど、いつも俺が言い負かされてる」
大概は夜也のいい加減なところを眞昼ちゃんが嗜めてくれているのだろう。
「夜也のことそこまで見てくれる子なんていないだろうから、大事にしろよ」
「言われなくても大事にしてるよ」
ニッとした満面の笑みで夜也が応えた。
その笑みのまま、唐揚げを美味しそうに頬張っていた。
「眞昼がまた兄貴も一緒に三人で飲みたいって言ってたよ」
「そうだな、久しぶりだし次の暇な時はそうしよう」
さっき見た時は天気予報を知らせていたテレビの内容は、今日のニュースコーナーへと移っていた。
動物園でライオンの赤ちゃんが生まれたとか、選挙がどうとか、新幹線で殺傷事件が起きたとか、連続空き巣が発生しているだとか、様々なものが流れていた。
おめでたい話よりも物騒な話が多い気がした。
「そういえば会社の先輩んちの近くでもあったらしいよ、この空き巣」
夜也がグラスを片手にテレビを指さした。
「結構部屋中が荒らされてたみたいで。しかも、刃物を振り回して暴れてた形跡もあったらしいんだよね」
「なんでそんな詳しく知ってんの?まさかお前・・・」
「実は・・・って、んなわけないだろ!」
冗談とわかりつつもノリツッコミしてくれたりと、やはり夜也は面白い。
「ニュースでも言ってるし、その先輩も同じこと言ってたんだよ。兄貴、ニュース見てないの?」
そう言われてみると、仕事が忙しすぎてテレビなど随分長い間目にしていないことに気づいた。
「・・・最後にテレビを見たのいつだったかな、忙しすぎて覚えてないや」
「まじ!?テレビ見ないでどうやって生活してるん!?」
夜也が食い気味に尋ねてくる。
夜也は昔からテレビっ子だった記憶がある。家にいるときは寝る直前まで常にテレビを見ていた。
そんなテレビ大好き夜也くんからしたら、いま現在の私の生活は信じられないのだろう。
「まぁ、平日は朝も夜も会社に行って帰ってきて寝るだけだしな。休日も最近は疲労がたまりすぎてずっと寝てること多いし」
「兄貴、働きすぎて死なないでくれよ?」
神妙な顔つきの夜也が珍しく、私は笑ってしまった。
「大丈夫だよ、死にたいとか全く考えてないし。1日があっという間に終わったと思うくらい仕事に集中してるだけだよ」
グラスの中身がもう終わりそうなので、一息に飲み込んでから言葉を続けた。
「それに、今日みたいに息抜きできる時もあるから、それなりに人生楽しんでるよ」
夜也はまたニッと笑いながら、同じくグラスの中身を飲み干した。
「兄貴の息抜きになってるなら良かったよ。これからも誘うからすぐ息抜きしてくれ」
「たまにあるから息抜きなんだよ」
そりゃそうだなといって笑う夜也をみて、私もわらった。
空いたグラスを伊藤さんに渡しながら、次の酒を注文した。
「いや~、飲んだのんだ。お腹もいっぱいだし、今日は気持ちよく寝れるよ」
自身の腹を勢いよくパンッと叩き、夜也はたばこに火をつけた。
結局、閉店時間くらいまで飲んでいた私たちは、UGOをあとにして南月見駅北口付近の喫煙所まで戻ってきた。
秋も終わりに向かい、本格的に冬が到来しはじめているいまの時期。
わずかに吹く風が肌に触れるだけで酔いが覚めそうなくらい冷たさを感じる。
「もうだいぶ冬って感じだよね、寒すぎるよ」
そういって手を擦り合わせている夜也の格好は、半袖に薄手のパーカーだけ。
なんとも、この時期には全く似つかわしくないファッションである。
「そりゃ、そんな寒そうな格好してたら寒いに決まってるだろう」
「なんか今日はいけると思ったんだけど、だめだ、さみぃ」
二人して星の見えない空を見上げながら、たばこの煙を吐き出す。
吐き出した煙がそのまま雲へと吸い込まれるかのように、空は曇天に包まれていた。
「やっぱ週末は天気悪そうだな」
私がそう言ったと同時くらいに、頬に水滴が落ちてきた。
あ、と思うやいなや、ぽつぽつと雨が降り始めた。
「もしかしてこれ、台風の前兆だったりする?」
夜也は両腕を広げ、雨が降っているのを全身で確かめている。
「もしかしたらそうかもな。長く続かないといいな」
「眞昼と遊ぶ日も降りそうだなぁ、雨ふらないでくれ~。兄貴、なんとかして」
何とかできるはずもなく、アホかと一蹴する。
「台風直撃で天気やばそうだったら、無理して遊び行くなよ?二人とも危ないし」
「大丈夫だよ、そうなったら家で一緒に映画でも見る予定!」
雨が降ってきても夜也は特に落ち込んではなさそうだ。
「それに、眞昼が危なくなったら俺が助けるしね」
拳を握り、グッと親指を立ててキメ顔をしている夜也。
「眞昼ちゃんは大事にするのは当たり前だが、夜也自身も無理すんなよ?」
「大丈夫だいじょうぶ!」
へらへらしながら夜也は私の方に向き直る。
「俺がピンチの時は、兄貴が助けてくれるじゃん」
再び拳を握り、グッと親指を立ててキメ顔をしている夜也。
「・・・そもそもピンチになるんじゃねぇ」
駅からお互いの家は反対方向であるため、改札口で夜也と別れた。
久しぶりにはめを外して楽しむことができた。お酒が入っていることもあり、心地の良い感覚だった。
家に着いたタイミングで、降っていた雨の強さが増した。
どうやら本降りになったようだ。
トタンの自転車小屋に打ちつけられた雨の音は、台風が来るよと警告しているかのような力強さだった。
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