ふわふわまるまる飛車角

きんちゃん

文字の大きさ
19 / 71

19話

しおりを挟む
「おい、太一起きろって!サッカー部行くんじゃなかったのか?それとも昨日言っていたのはハッタリだったのか?」

 朝は張り切ってサッカーの入門書を読んでいた太一だったが、授業が始まるといつもの太一に逆戻りしていた。

「……うーん、正洋ちょっとだけ待ってよ、寝不足のコンディションでは大事なことは出来ないんだよ。もう少しだけ休んだらすぐに行くからさぁ……先に行ってて良いよ」

「良いから起きろ、このやろ!」

「……うひゃひゃ、やめろって正洋!」

 いつもならそんな太一も微笑ましく許してしまうのだが、今日だけはそういうわけにはいかない。脇の下を思いっきりくすぐって、強引に太一の脳を覚醒させる。太一がくすぐりに異常に弱いことは知っている。神経が繊細なのだろう。
 先輩たちとの対立が明確になる大事件が昨日あったわけだが、それゆえに1年は団結しようという兆しを見せている。昨日の今日であれだけ先輩たちを煽った太一が来ないでは、全てが茶番になってしまうのだ。1年たちはもう何をモチベーションにすれば良いのか分からなくなるだろう。
 練習をしてみて、やはり太一が試合に参加するのは無理だと分かり、明日以降太一が来なくなったとしても仕方ないが、何も試さないうちから太一が参加しないのでは他の一年の部員に示しがつかない。



「……もー、正洋!あんな起こし方しなくっても良いじゃんか……」

「ほら、良いから行くぞ」

 まだぶつくさ言っている太一を引っ張り、何とかいつもの校舎裏の着換えスペースに到着した。他の1年たちはまだ来ていなかった。
 俺はカバンを下ろしジャージに着替えた。すね当てを付けてスパイクを履いた。
 太一も着替え始めたが、専用のジャージはないから体操服に着替え、靴も体育用の運動靴だった。
 教室から歩いて着替えている間に、太一のねぼけ眼もすっかり覚めていたようで、昨日見せた勝負師の顔になっていた。……そうだった、いつもの太一からはまったく想像も出来ないが、コイツは中学の頃は将棋の奨励会という場所で、ノイローゼになりかけるくらい真剣な勝負の世界で生きてきたんだった。……少なくともその姿勢から学べるものがきっとあるはずだ。

「ういっす、お疲れ」

「あ、お疲れ様です」

 ダルそうな顔をして今井キャプテンが登場した。

「昨日は失礼いたしました。改めまして川田太一です」

 太一がキャプテンに向かって深々と頭を下げた。
 あまりに丁寧な挨拶に当のキャプテンだけでなく、傍で聞いていた俺も驚いたが、よくよく考えれば太一は将棋という礼節を重んじる世界の人間だった。これくらいの挨拶が本来普通なのかもしれない。

「お、おう、川田君。こっちこそ悪かったな。……昨日家に帰ってから冷静に考えてみたんだけどよ、元はと言えばやる気のないアイツらにキレそうになってたのは俺だったんだよ。なんかサッカー部内のゴタゴタに付き合わせちゃってごめんな」

「いえ、とんでもないです。こちらこそ首を突っ込んでしまって……」

「キャプテン。とりあえず、練習始めましょうよ」

 二人が話している間に他の1年生たちも集まってきていた。
 確かに話し合わなければいけないことも色々あるだろうが、まずは身体を動かすことが先決だ。心拍数と共にテンションが上がり、互いの動きも分かった上でコミュニケーションを取った方が有効なものになることが多い。

「そうだな、じゃあいつも通りランニングから始めるぞ~!」

 揃ったのは俺と太一も含めた1年生7人と唯一の2年である今井キャプテンの、計8人だ。いつも通りキャプテンの号令に誰も返事もせず、ダラダラとグラウンドに移動を開始した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...