ふわふわまるまる飛車角

きんちゃん

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56話

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 得点が3-2になってからは、一進一退、互角の戦いが続いていた。

 後半も残り5分ほどになっていた。
 こうしたゲーム展開で焦り出すのは当然負けているチームだ。最低でも1点取らなければ俺たち1年チームは負けるのだ。そこにはもちろん急に守備を整え出した2年チームに対する戸惑いもあった。攻めを急げばミスが出るし、味方との意図もズレる。焦りが味方に対する苛立ちになりそうになるのを必死に理性で抑えている……といった状況だった。

 俺自身もそうだ。ずっと攻撃に行きたくなるのを必死で抑えていた。
 ピッチ上のメンバーは現在、キーパー今井キャプテン、俺の後ろに太一と森田。俺と安東が中盤。ワントップに高島というスタメンに近い布陣に戻っていた(竹下と森田だけが入れ替わっている)。
 だがその性格はゲーム開始時とは少し異なっている。ワントップの高島が前からプレッシャーを掛けにいくのは良いのだが、それに釣られて安東もかなり高いポジションを取り、守備に戻ってこない場面が増えたのだ。
 また敵のツートップも2点リードしていた時よりも、高い位置を取ってくることが増えた。そのため必然的にマークに付く森田と太一はこちらの陣地に押し下げられることとなる。そうなると当然中盤のスペースが空いてくる。
 俺自身も攻撃に出たいので高い位置を取りたくなるのだが、中盤のスペースを空けてしまうリスクを考えて何とか理性的にポジションを取っている……という現状だった。中盤のスペースを自由に使わせてしまっては、間違いなくピンチを招くからだ。
 例えば敵の中盤の川藤先輩あたりが中盤のスペースでフリーで前を向いてボールを受けたら、中野先輩・翔先輩に決定的なパスを通すことは容易いことだ。プレッシャーのない状況で色々な選択肢から選べるからだ。そしてチャンスを決め切るだけの実力を両先輩は持っている。

 だから俺は、なんとしても中盤のバランスを崩すことだけは避けなければならなかった。だが……俺がどれだけ必死で我慢してその役割を果たしていても、このままでは時間だけが過ぎていってしまう。



「おい、吉川。お前ら負けてるくせにそんなんで良いのかよ?」

 俺自身かなり神経をすり減らし、身体的にも疲れが溜まってきている状況だったので不意のこの言葉にはイラっとした。身体の疲れは頭脳の制御力を下げ、感情に直結して響く。
 だが声を掛けて来た相手が川藤先輩だと気付いて……俺は軽くため息をついた。
 先ほど挑発してその苛立ちを利用させてもらったのは俺の方だった。向こうからこうして挑発を受けるのは因果応報という他ないだろう。

「おい、何とか答えろよ!」
「……ッテ!」

 無視を決め込んでいると回り込んで足を踏まれた!
 サッカーのスパイクというのは裏がポイントというイボイボが付いており……踏まれたりすると……まあかなり痛い。
 俺は不意の痛みに思わず反射的にうずくまった。
 審判の武井さんの方を見たが、ボールのない所での出来事だったので気付いていないようだった。

(いや、マジかよ……川藤先輩ってこんなことする人だったのか。いや俺の挑発から点を取られたことを意識しているんだろうから、まあ俺が自分で招いたようなものか……)

「ヘイ!」

 非合法的に俺を潰した川藤先輩はフリーで中盤を上がっていった。そこに中野先輩からのパスが入る。
 気付いた安東が慌てて戻るが、守備にはほとんど関与出来ない距離とタイミングだった。
 部分的には3対2だ。太一・森田のこちらのDF陣に対して、向こうは中野・翔・川藤先輩という3人。完全な数的不利だ。

(……ヤバい!)

 ここをチャンスと見たのだろう。向こうのDFラインの今野・高野先輩もハーフウェイライン付近でうずくまっていた俺を追い越して攻撃に参加していった。ここで追加点を取られては同点に追いつくことはかなり難しくなる。
 俺も何とか痛む足に喝を入れて立ち上がったが……足の指先に感覚が無くまだ全力で走ることは難しい状況だった。
 俺の異変を察知したベンチの吉田が交代を促すが、ボールがピッチ外に出ないと交代は出来ない。果たしてそれが間に合うのだろうか?


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