43 / 85
アイドル転向!?
43話 卒業コンサート③~麻衣初ステージ~
しおりを挟むイントロが流れ始めた。もう何百回聴いたか分からないイントロだ。
『それでも、桜は咲いている』
WISHのデビュー曲だ。
イントロが流れ始めた瞬間に会場のボルテージも上がる。ファンの人たちもそれだけこのイントロが身体に染み付いているのだろう。
「ほら、みんな麻衣のことを待ってるわよ!」
社長が文字通り背中を押してくれた。
分かってる……みんなが私のためにポジションを空けてくれているのだ!
足の震えも、手汗も、口の乾きも収まりはしなかったが、それでもあの場所に立ちたいと思った。
一歩を踏み出すと、あとは勝手に足が動いて目的の場所に連れていってくれた。
踊るメンバーの脇を縫いその輪に入ってゆく。目指すポジションは0番、センターだった。
「流石にセンターは嫌です!あそこに立ちたいと思っているメンバーが幾らでもいるんです!何故マネージャーだった私に、しかも初ステージの私にそんな重圧を掛けるんですか!」……と半ばキレ気味に反発したのだが結局は押し切られた。
「目立つポジションであなたが踊っていないと、インパクトもないしお客さんにも伝わらないでしょ?そうなるとあなたを加入させる意味がなくない?」
という社長の言葉はどう考えても正論だった。
「校庭~走る~君が~♪」
なんとAメロ最初の歌の入りも私からだった。
特別難しいフレーズではないけれど、最初のワンフレーズは特に緊張するし音程も掴み難い。
自分の歌が果たして正確な音程だったのかよく分からないまま、センターポジションを別のメンバーに譲り移動する。
後ろを振り向くと他のメンバーと目が合う。踊りながら微笑み頷いてくれている気がした。
(こんな景色だったんだね……)
メンバーの息遣い、振り乱れる髪の匂い、踊りながら変化する表情、マイクを通る前の生の歌声……この輪の中に入ってみなければ味わえない光景だった。
WISHのステージは当然飽きるほど見てきた。だけどこの中の景色は初めての経験だった。
メンバーと何度も目が合う。
移動の微妙なタイミング、余裕を持たせた距離感、温かな眼差し、メンバー誰もが私のことを気に掛けてくれているのが分かった。
(……ありがとう……)
自然とその言葉が浮かんだ。誰に向けたものだったのかは分からない。
もしかしたら周囲のメンバーに対してだけではなかったかもしれない。
もうすぐサビになる。
後列にいた私は再びセンター0番のポジションに出ていった。
最初は顔を上げる余裕もなかったけれど、今は客席にまで目を向けられるようになっていた。
ドームのステージは広くて、観客の顔など遠くて見えないのだろうとばかり思っていたけれど、一人一人の表情がはっきりと見えた。
私の存在にどこか疑問を持ちながらも、曲に合わせサイリウムを振る人たち。
ふと最前の大学生くらいの男の子と目が合う。
振り付けの中で不自然にならない程度に手を振ると、彼にもそれが伝わったのか、サイリウムを激しく振って応えてくれた。
再び後列に戻ると、前列で踊るメンバーの姿が目に入ってきた。
踊りが上手い子は総じて手足が良く伸びている。身長が小さい子も実際よりも大きく見える。もっと上手い子は指先までもがピシッと伸びている。
とても新鮮な景色で、でも不思議と落ち着いたこの時間がもっと続けば良いと思った。
「はいー、というわけで『それでも、桜は咲いている』を聴いていただきましたが、皆さんいかがでしたか~?」
曲が終わりキャプテンの高島彩里のMCが始まった。
「「「ワーーー」」」
という歓声と拍手とが混じり合い、観客席からの感情が伝わって来る。
私は、とりあえず1曲を踊り切ったという安堵感とアドレナリンで今までにない気分だった。自分が自分じゃないみたいだった。
「はい、というわけで皆さんお気付きでしょうか?WISHに新たなメンバーが加入しました~。……麻衣さん?ほらこっち来て!」
曲中の振り付けとポジションにばかり気を取られ、MCが始まった場面でステージ中央にいなければいけないことを私はすっかり忘れていた。
慌てて彩里の側に駆け寄ってゆく。
「改めてまして、新メンバーの小田嶋麻衣さんです!」
客席から大きな拍手が起こった。
「はい、コスモフラワーエンターテインメントの小田嶋麻衣と申します!不束者ですが、皆様どうか一つよろしくお願いいたします」
「固い固い固い!」「営業のサラリーマンじゃないんだからさ……」「アイドル、アイドル!」
別のメンバーから一斉にガヤが飛ぶ。
最敬礼してから見上げた客席には、笑顔もあったが未だに???という雰囲気も強かった。
「麻衣さんはねぇ……なんと、皆さん聞いて驚かないで下さいよ?私たちのマネージャーさんをずっとしてくれていた人なんです!!凄くないですか?こんな人がマネージャーしてくれてたんですよ?」
彩里が言葉を切ると、客席からは「「「え~~~」」」」という声が飛んできた。
事前にリハーサルしていたのかと思うほど、想定通りの反応だった。
「麻衣さん、皆さんに挨拶とかありますか?」
「あの……こんな、希さんと香織さんの晴れ舞台に私なんかが注目を集めることが本当に申し訳なくてですね……私はあくまで期間限定のネタ枠ですから、あの、本当に私のことはどうでも良いので皆さん引き続きWISHを応援して下さい……」
「そんなことないですよね、皆さん?メンバーとしての麻衣さんを応援してくれますよね?」
割れんばかりの大拍手が起こった。
それは……こんな場面でWISHのキャプテンである高島彩里がそう言ったらそう反応するしかないでしょ、というのはどこか頭にあったけれど……それでもとても嬉しかった。ステージのこちら側も向こう側も愛に満ちた空間なのだと改めて思った。
ここに立つことが決まってからの努力が、全て報われたような気がした。
「希はどうですか?麻衣さんがマネージャーさんとして最初に担当したのが希さんだったんですよね?」
彩里は本日の主役である黒木希に話を振った。
「そうですね……麻衣ちゃんが入ってきた時はみんなビックリしたんじゃないかな?何でメンバーじゃなくて社員なのって!……ウチの社長は人を見る目がないね~、ってメンバー同士裏で話してたわよね?」
「あの、希さん?今日で辞めるからって、ここで社長の悪口を言うのはちょっと……」
彩里の控え目な一言で客席には笑い声が起こった。
「でも……すぐに分かったんです。麻衣ちゃんは自分の為じゃなくて他人の為に尽くしてくれる人だっていうのが。マネージャーとして私に付いてくれて、辛い時も乗り越えられたのは麻衣ちゃんのおかげかな……って今では思っています。ありがとう」
ひゅー、と軽くメンバーから冷やかすような声が入る。
……いや、そんな、私は別に、誰かの為に頑張ってきたなんて思ったことは一度もない。
俺はただ自分の身を守るためにマネージャーとして『WISHに捧げてきた』だけのことだった……。
「あ、麻衣ちゃん泣きそうになってるんだけど!やば、超可愛いんだけど」
俺の変化を見抜いたのはやはり希だった。
……希さん、マジで勘弁して下さい。2人きりの楽屋じゃなくて、何万人もの人が見ているステージなんですよ!と言いたかったが、それを口に出せる状態に自分自身がなかった。
「はいはいはい~」
「お、舞奈ちゃん!どうしたの?」
手を上げた桜木舞奈に彩里だけでなくメンバー全員が振り向く。
……ありがとう舞奈!これ以上ステージ上で恥ずかしい姿を晒していたら、私は顔から炎を出しているところだったよ……。
「麻衣さんは、希さんの次はわたしの担当になってくれたんです。その頃のわたしは、正直モチベーションも全然なくて、もうWISHの活動も潮時かなっていう気持ちだったんですけど……そんな私を励まして復活させてくれたのが麻衣さんでした」
「え、待って待って……舞奈ちゃんそんなこと思ってた時期があったの?麻衣さんの良いエピソードじゃなくて、そっちの方がショックなんだけど……」
彩里はあえて大袈裟に口にすることによって笑いにしようとしていたが、多分内心は本当にショックだっただろう。
舞奈の発言に続いて、担当したことのあるメンバーが何人か、私も私も……と手を挙げていた。
まったく、何なんだキミたちは!……良い子過ぎるだろう!
「でもですね!」
別のメンバーに話を聞こうという流れを舞奈が強引に引き戻した。
「でも……それと麻衣さんがメンバーになることとは別だと思います!わたしは納得していません!……わたしたち3期生も、加入してから3年が経ちました。これからのWISHを背負っていくのはわたしたちだと思います。24歳のおばさんなんかに注目が集まっていることが、わたしは正直悔しいです!わたしたちの3年間の努力は何だったんだろうって思っちゃいます!」
「舞奈~!」「舞奈ちゃん、よく言った!」
一瞬の静寂の後、客席の一部から大きな声が飛んだ。多分舞奈推しの人たちだろう。
それに釣られて、会場の拍手も徐々に大きくなっていった。
この場で自分の意志をはっきりと示せることはとても立派だけど……それより舞奈!24歳の私をおばさん呼ばわりしたことは、後々大きな代償を払うことになるわよ。覚えておきなさい!
「はい、ということで……とっても名残惜しいのですがお時間来てしまいました、最後の曲に行きましょう!希!香織!今日は卒業本当におめでとう!皆さんこれからのWISHにも引き続き期待して付いて来て下さい!これからも一緒に素敵な景色を見ましょう!今日は本当にありがとうございました!」
彩里が締めの挨拶に移行した。メンバー全員が彼女の言葉に合わせ最敬礼する。
最後の2曲はノンストップでのパフォーマンスだった。
イントロが流れ始めると、私の身体は最初より軽くとてもスムーズに動き出した。
0
あなたにおすすめの小説
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた
歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。
剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。
それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。
そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー
「ご命令と解釈しました、シン様」
「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」
次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』
チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。
その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。
「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」
そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!?
のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。
転生したら遊び人だったが遊ばず修行をしていたら何故か最強の遊び人になっていた
ぐうのすけ
ファンタジー
カクヨムで先行投稿中。
遊戯遊太(25)は会社帰りにふらっとゲームセンターに入った。昔遊んだユーフォーキャッチャーを見つめながらつぶやく。
「遊んで暮らしたい」その瞬間に頭に声が響き時間が止まる。
「異世界転生に興味はありますか?」
こうして遊太は異世界転生を選択する。
異世界に転生すると最弱と言われるジョブ、遊び人に転生していた。
「最弱なんだから努力は必要だよな!」
こうして雄太は修行を開始するのだが……
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる