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十話

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「エレンさん、お使いよろしくね。これお金」

 サリー殿が革袋を取り出した。「承った」と返して革袋を受け取る。小さいモノながらずしっと重い。



「残ったお金は使っていいよ」



「いや、そんな無駄遣いはできないだろう。しっかり返す」

 重みからして結構入っていそうだ。申し訳がない。



「真面目だね~。いいのいいの、気分転換は大事だよ?」

 サリー殿は「師匠がそう言ってた」とこぼしながら、黒のベレー帽をかぶった。



「サリー殿も出るのか?」



「うん。それに……」



「それに?」



「いや、なんでもないよ」

 サリー殿が口ごもる。私を見る目が申し訳なさそうという感じだ。



 私は雇ってもらっているうえに住まわせてももらっている身だ。こき使ってほしい。



 魔本屋で仕事をしてみて思ったが、とても忙しい。魔本を取りそろえ、並べ、片付け、雑務があまりにも多いのだ。華奢なサリー殿が一人でやるには大変な仕事もあった。それに、他にも私が知らない仕事もあるのだろう。



 私はサリー殿の力になりたいと思う。限界まで、いやそれ以上に働く所存だ。



 出かける準備を済ませた私達は二人で店を出る。



 まだ日は高い。石畳からの跳ね返りはまぶしくて熱かった。



「じゃあ後でね」

 サリー殿は「バイバイ」と屈託のない笑顔で手を振ってきた。そして私に背を向けて歩き出す。

 私は「うむ」とそれに手を挙げて応えた。

 

 行先は逆方向らしい。サリー殿は慣れた足取りで通行人の間をすり抜けていく。そしてあっという間に雑踏に紛れてしまった。



 サリー殿が見えなくなったのを確認して、私も歩き出した。




「お店は……」

 サリー殿からもらったメモを確認する。メモには素材の種類や金額、向かってほしいお店の情報等が詳しく記載されていた。



 品質のいい素材の見分け方や、ワンポイントアドバイスが細かく書き込まれている。お店の外観なんて綺麗な絵で示されていた。この絵だけでもお金が稼げそうである。



 このメモに時間と手間がかけられているのがすぐにわかった。サリー殿はとてつもなくまめだと感じる。それに、優しい。



 しかし、サリー殿の思いを感じるとともに、心に重しが釣り下がった。

 それは申し訳ないという気持ち。



 これなら私の為にメモを書かず、自分で行った方がいいのではないか。その方が効率がいいはずだ。手を煩わせてしまうのなら、私は外に出ず、店番をしていればいいのだ。



 ――いや、店番だって満足にできるかわからない。



 お荷物。



 パチンッ。



 頭に浮かんだその言葉を打ち消すように頬を叩いた。その音が頭を抜け、いくらか冷静になる。痛みが引けば掌に頬のぬくもりが感じられた。



 腰に差した剣の柄を握る。



 わかっているのだ。サリー殿は偶然出会った、よくわからない私のことを案じてくれていると。詳しくは聞いてこないが、私の心の傷を感じ取っていると。私のことを負担だと思っていないと。サリー殿が私に向ける目からは、そう思えた。



「――頑張るぞ」

 負担になってはいけない。私は、サリー殿にとってもっと役に立つ存在にならなくては。



 そうしなければ――。
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