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十一話

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「初級魔本、大売り出し! お買い得だよ~」



「開店セール実施中!」



「ストリート入り口すぐ、ダリー魔本書店、営業中です!」

 すさまじい活気。各店舗の店員が声を張り上げて自分たちの店をアピールしていた。



 その声につられるもの、無視をするものなど様々ではあるが、群衆は皆魔本を求めてやってきている。そのがやがや感は訓練場の空気に勝るとも劣らない。熱い空気だ。



 ここは東部ストリート。魔本産業で栄える東部では、あらゆる場所で魔本屋が営業している。しかし、東部ストリートは他の区画の比ではない。



 すさまじい密度であらゆる規模、あらゆるジャンルの魔本屋が軒を連ねていた。



 この通りで店を開くことは中々難しいのだと、それがステータスになると、サリー殿が自慢していた。そしてすぐに「私が開いたのではないけれど」と自虐をかましていた。



「騎士さんか、珍しい!」

 私がその空気に圧倒され突っ立っていると、恰幅の良いおばさんが話しかけてきた。そして「うち、見ていかないかい?」と、後方を親指で示した。そこには一階建ての小さい小屋があり、看板には【魔本屋センミー】と書いてある。



 このおばさんも魔本屋をやっているらしい。



「申し訳ないのだが、行くところは決まっていてな」

 そういうとおばさんは残念そうな顔をする。そして「少しだけでも見ていかないかい?」と食い下がってきた。



 おばさんの表情を見ると心苦しいものがあるが、寄り道はできない。それに、私は魔本屋の良しあしが分からないのだ。どこにでも質の悪い魔本屋はあると、サリー殿にも教えられていた。



「すまないな。では失礼する」

 万が一もある。ここはサリー殿に教えられた魔本屋に行くのが確実だ。



 軽くお辞儀をして歩き出す。おばさんの横を通り抜けて数舜、後ろから「チッ」と舌を打つ音が聞こえてきた。



 思わず振り返る。



 私と目があったおばさんは剣呑な目つきをやめ、雰囲気を引っ込めた。そして、一瞬気まずそうにすると、すぐに何事もなかったように目をそらし、別の通行人に声をかけ始めた。



 少しだけだがとげが刺さる感覚。あまり気持ちいいものではない。しかし、わざわざ話しかけるまでするのは野暮だろうと思い、私は再び背を向けて歩き出した。




 それからほどなくして、東部ストリート入り口のアーチが見えてきた。

 まだずいぶんと距離があるのにも関わらず見えるアーチ。それだけでも、東部ストリートの規模が伺える。



「よし、頑張ろう」

 バチッと頬を叩く。程よい痛みが走り、気分がシャキッとした。



「…………」

 ――が、すぐに先ほどのおばさんのことを思い出してしまった。



 舌打ちした後のあの表情。私に向けられる悪感情。あれでは未来のお客様を減らしてしまうのではないか。サリー殿みたいに笑っていなければ……。



「私って、もしや不愛想だったりするのか?」

 今度は叩くのではなく、両手を頬に優しく添えた。そしてもにゅもにゅと。



 ……私も気を付けよう。



 この経験は自分の接客を顧みるいい機会だった。
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