上 下
22 / 27

二十二話

しおりを挟む
「お仕事再開!」

 コーヒー休憩を終えた私たちは、再び二階の工房に戻ってきていた。気温・湿度管理の魔本がきちんと作動しているか、一応チェックをする。



「サリー殿、次は何をするのだ?」

 

「次はねぇ、これ」

 

「これは……」 

 懐から小袋を取り出してエレンに見せると、「はて?」というように首をかしげた。



「嗅いでみてよ」

 そう言って小袋をエレンの顔に近づける。エレンは恐る恐るといったふうに鼻を近づけた。



「……うおっ。これは、コーヒーの匂い?」



「そう。これはコーヒーの出がらしだよ。次は、これを使って消臭をします」

 小袋を開け、取り出した出がらしを小さなトレーに移す。部屋にいくらか薄くなったコーヒーの匂いが広がった。



「まずはこれを乾燥させるの」

 トレーに移した出がらしをヘラで均していき、均等に薄く広がったのを目視で確認。



「乾燥、時間がかかりそうなものだが……」

 エレンは不思議そうに語尾を薄れさせていき、「その間に何かするのか?」と続けた。



「いい着眼点だね」

 

 なんだか助手っぽい。



「乾燥には魔法を使うの。あっという間でらくちんなんだよね」

 トレーに手をかざして、手のひらに魔力を集中させる。胸のあたりから腕を介して温かいものが流れる感覚をつかめれば、魔力が流れている証拠だ。



「適度に水気を取り去る魔法エディマ」

 呪文を唱えると、トレーの下に赤銅色の魔法陣が浮かび上がった。続けて魔法陣が発光し、ゆっくりと回転を始めた。これが発動の合図。もし仮に失敗した場合は、発光しないか、魔法陣が回転せずに消えてしまう。



 魔法陣の発光が収まり、ゆっくりと消えていく。残されたトレーにはしっかりと乾燥したと思われる出がらしがあった。人差し指の腹で触って確認をする。



「――よし、完了」



「ちょっと、ちょっと待てくれ!」

 出がらしの乾燥具合に満足していると、エレンが大きな声を出した。



 ちょっとびっくりした。



「どしたの?」



「どうしたもこうしたもない。魔本がないのに魔法が発動したではないか! これは一体どういうことだ」

 エレンは私の肩をつかむとガクガクと揺らした。



 ちょっと待って止まって気持ち悪い。



「魔本がなくても魔法は使えるんだよ」



「え?」



「え?」



 ……本当に知らない?



 さすがに、エルドナー子爵家も魔法のことくらいは教えてると思ってたんだけど。



 …………。



 まぁ、良いか。そういうこともあるさ、きっと。



 とりあえずそういうことにして、エレンに説明してやる。



「魔法にはいろいろな種類があるんだよ。今私が使ったのは適度に水気を取り去る魔法エディマっていう人間魔法。呪文と魔力の流し方を覚えれば使えるんだ」

 もちろん、魔力には個人差があるので使用回数や魔法の維持時間には差が出る。ちなみに、魔力が高ければ高いほど、良い魔本師――この場合は王宮魔本師など格式高い魔本師になりやすくなるのだ。



 余談だが、この世には魔石が存在するので、実務としてはあまり差はでない。魔力量は貴族で言う血筋的な扱いである。



「人間以外の生き物、動物だったり魔物だったりにも固有の魔法が存在する。その枠組みから外れているものが魔本で、魔本に載っている魔法は遺跡魔法って分類になるの」



 遺跡から見つかる魔法、遺跡魔法。結構安直。



「なるほどな……」



「究極、呪文が分かればどんな生き物でも魔本は使えるんだよね。人語を介する魔物の中には魔本を駆使するのもいるらしいよ」
しおりを挟む

処理中です...