アシェンプテルの悪夢 - 前章 -

枢木ひなこ

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王女

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王が英雄に殺された。

一瞬の沈黙。
そのすぐあとに耳をつんざくような悲鳴が鳴り響く。王宮は混乱の渦に飲まれ、男の怒鳴り声や女の咽び泣く声があちらこちらで飛び交い、もはや意味のある言葉が聞こえなくなる。

『おとうさまっ!』

大衆の奥から、目を惹くような美しい娘がドレスの裾を懸命に上げながら現れた。
娘は繊細な刺繍が施される、一際美しいドレスを身に纏い、頭には小ぶりながらも確かな輝きを放つ冠が煌めいていた。娘の気品溢れる出立ちは、誰が見ても彼女がこの一国の王女であることを容易に想像させた。

王女の名をミアという。

ドレスの裾を真っ赤に染めながら、王女は床に横たわる首のないソレを、瞳に涙を溜めながら力いっぱい抱き締める。

『あぁああぁあ……』

唸るような、震えるような泣き声。
クロウはその様子を無表情で見つめ、右手を顔の前まで上げて見せた。

するとどこから現れたのか、覆面の男たちがぞろぞろと現れ、いまだ混乱の渦に包まれる王宮内で人間たちを拘束する。
王に縋り付く王女も例外では無い。

娘は腕を強く掴まれた時、小さな抵抗を見せる。
彼女は身体をじたばたと動かしなんとか拘束から逃れようとしていたが、その華奢な身体では覆面の拘束を振りほどくことはできず、しばらくすると力が抜けたように首を垂らし、ぐったりと身体を脱力させた。
その美しい頬には涙が伝う。

他の人間たちも同じように、あっという間に、あっさりと拘束される。兵力を持たぬ故、為す術がなかったのだ。

人間も獣人も、突然の出来事に理解が追いついていなかった。そんな人々を見下げながら、主犯格の男は高らかにこう告げた。

『彼奴らは我々獣人を皆殺しにするつもりだ』 と。

獣人達からはどよめきが起こり、人間たちは恐怖に怯えながらも訳がわからないといった様子だった。

『見ろ!人間たちが地下で行ってた研究だ。』

クロウが右手を大きく上げた。その手には文書が一冊。続けてバサバサと何十冊もの書物を床にばらまいた。

『ここには獣人の生態、弱点など、我々獣人についてのありとあらゆる情報が記されている。そして地下牢にはこの国のために働き、尽くしてきた我々の仲間たちが拷問に遭い、そして残酷な仕打ちで命を奪われているのだ』
『ご、拷問ですって?』
『一体どういう...』
『あの王様が...?』
『しかしクロウ様、これは謀反では...』

突然告げられる言葉に獣人達は混乱と嘆きの色を見せる。
慈愛に溢れた国王や他の人間たちが、そんな非道を本当に行っていたのだろうか。しかし、この国を守り国民を導いた英雄が、理由もなく国王を殺すだろうか。それ相応の理由があったからではなかろうか。

獣人たちは真実がわからないでいた。

『人間どもはおぞましい計画で我ら獣人を抹殺しようとしている』
『そんなのは嘘です!』

声を上げたのは、王女だった。

涙で声を震わせながら、彼女は力強くクロウを見つめる。
娘は優しく聡明で、果敢に溢れた女性だった。血で汚れ涙でぐしゃぐしゃになった今でさえ、ハッとするほど美しい。

『...姫よ。貴方は本当に何も知らなかったのか?この研究を、我々への虐殺計画を』
『っそんなものはありえません!お父様はただ、獣人たちの間で近年流行している不慮の病を研究するためにっ、』

そこまで言ったところで、彼は娘の首を強く掴んだ。

『ぐ、』

娘の首を締める手が、ぐいと持ち上げられる。王女はなんとかつま先で立って、自分の首を締めるクロウの手を離そうと必死に腕を掴んだ。しかしそれは鉛のように重くビクともしない。

『不慮の病....?』
『それは一体...』
『そんなものがこの国で流行しているの?』

『くだらぬことを。貴様らはそうやって我々を翻弄しようとする。皆の者!この悪魔の末裔に騙されるな!この娘は我々に混乱を招こうとしているだけだ!』
『ち、ちが、』

ほとんど言葉にならない声でそう訴えるが、その続きを阻むように男の腕に力が込められる。マントで隠れていた腕に、血管が浮かんでいた。

『あぁ...細いなぁ、姫よ。お前達人間は我々獣人よりも弱く、脆く、その身一つでは己を守ることもできない。なぜ貴様らが我々よりも上の立場にいる?おかしいだろう。お前達は、この世界で一番弱い劣等種だ。なぁ、其の身が恋しくて、この歪んだ階級を生み出したんだろう。違うか?』
『かは、』

首を強く締め付け、娘の顔が苦し気に歪む。
その顔を男は、不気味にも恍惚とした表情で見つめていた。

『や、めろぉっ!!』
『っ!』

突然身体に強い衝撃があり、男は娘の首から手を離す。
支えを無くした王女の身体はどしゃりと地面へ叩きつけられる。

衝撃があった方を見ると、なおも拘束を抵抗する青年、
今宵、王女の婿役である青年がクロウを睨みつけて立っていた。
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