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淑女
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そして物語は冒頭に戻る。
町外れのある村で、このミアという名の少女もまた、命からがら獣人達から逃げていた。
法が制定されてから作られた軍隊、通称ユトラセル騎士団。
彼らはただ人間を捕らえ殺すためだけの虐殺部隊であった。日々様々な街を周回しては生き延びた人間を始末している。それがユトラセル騎士団の使命だ。
生まれてからずっと、ミアは獣人達が多く暮らす都から遠く離れた田舎町、アルスティル郷で育ての母と血の繋がらない兄妹たちと隠れ暮らしていた。
ミアは生まれたその瞬間に生みの母を亡くし、父は既に死んでいた。他の子供の母親が自分の子と一緒にミアを育ててくれていたのだ。
彼女らは過酷ながらも平和な日々を暮らしていた。
しかし昨夜、どこから通報されたのか、少女らを殺すべく村に騎士団が現れた。
目の前で、育ての母を、兄妹を、友を殺された。ミアはそれでも必死に逃げた。「逃げろ」と友に、「生きろ」と母に言われたから。
「いっ、」
足の裏に鋭い痛みが走る。
見ると小さなガラスの破片が刺さっていた。
ミアが歩く路地裏はひどく荒れていて、色々なゴミが道端に捨てられていた。
じくじくと痛む傷を見つめながら、ミアはその場に座り込む。
「私もみんなと一緒に死ねば良かったかな、」
ぽそりと、そんな言葉が漏れてしまう。
はぁ、ため息をついてぎゅっと縮こまる。日の光が当たらないここはひどく冷たい。
「ねぇ、あなた。」
「ひっ!?」
真っ暗闇の奥から、突然声がかかる。
「驚かせてごめんなさい。でもお願い、怖がらないで。貴方を助けたいの。」
奥から姿を現したのは、頭からもじゃもじゃの耳を生やす、正真正銘の獣人だった。
「ち、近づかないで!」
「そんなに怯えないで、...って言ってもそんなの無理よね。これ以上は近づかないから安心して、でもあまり大きな声は出さないで頂戴ね、兵隊たちに見つかってしまっては大変だから。」
「....。」
声の主は間違いなく獣人だった。しかしその声色は儚げで優しく、顔を見れば年老いた女性だということにミアは気づいた。
「...なんのつもり、」
ミアは必死に低い声で、そう言った。
「貴方を助けたいの。」
先程も聞いたセリフを、その淑女は言った。
「とても信じれないのは分かるわ。無理もない。でも、どうか信じて私に付いて来てほしいの。」
噓としか思えないその言葉に、ミアは眉をひそめた。
何を言ってるんだ、この獣人は...。
先程目の前で自分の家族の命を奪った獣人の言葉など信じられるはずもなかった。今までであれば、この獣人を殺してしまってでも逃げていただろう。
しかしミアは、もう生きる道を半ば諦めてしまっていた。
どうせ殺されるなら、少しでも希望があるこのおばあさんの後を付いて行ってみるか。なぜだかそんなことを思ったのだ。
ゆっくり立ち上がり、ミアは彼女の方へと近づく。その様子を見て淑女は心底嬉しそうな顔をして見せ、「こっちよ」と少女の少し前を歩き出す。
私がナイフでも持っていて、その背中を刺そうとするかもしれないのに、そんな可能性一切考えないんだな...。
平和ボケしているんだな、ミアは冷たくもそんなことを考えながら、その弱そうな背中に付いて行った。
町外れのある村で、このミアという名の少女もまた、命からがら獣人達から逃げていた。
法が制定されてから作られた軍隊、通称ユトラセル騎士団。
彼らはただ人間を捕らえ殺すためだけの虐殺部隊であった。日々様々な街を周回しては生き延びた人間を始末している。それがユトラセル騎士団の使命だ。
生まれてからずっと、ミアは獣人達が多く暮らす都から遠く離れた田舎町、アルスティル郷で育ての母と血の繋がらない兄妹たちと隠れ暮らしていた。
ミアは生まれたその瞬間に生みの母を亡くし、父は既に死んでいた。他の子供の母親が自分の子と一緒にミアを育ててくれていたのだ。
彼女らは過酷ながらも平和な日々を暮らしていた。
しかし昨夜、どこから通報されたのか、少女らを殺すべく村に騎士団が現れた。
目の前で、育ての母を、兄妹を、友を殺された。ミアはそれでも必死に逃げた。「逃げろ」と友に、「生きろ」と母に言われたから。
「いっ、」
足の裏に鋭い痛みが走る。
見ると小さなガラスの破片が刺さっていた。
ミアが歩く路地裏はひどく荒れていて、色々なゴミが道端に捨てられていた。
じくじくと痛む傷を見つめながら、ミアはその場に座り込む。
「私もみんなと一緒に死ねば良かったかな、」
ぽそりと、そんな言葉が漏れてしまう。
はぁ、ため息をついてぎゅっと縮こまる。日の光が当たらないここはひどく冷たい。
「ねぇ、あなた。」
「ひっ!?」
真っ暗闇の奥から、突然声がかかる。
「驚かせてごめんなさい。でもお願い、怖がらないで。貴方を助けたいの。」
奥から姿を現したのは、頭からもじゃもじゃの耳を生やす、正真正銘の獣人だった。
「ち、近づかないで!」
「そんなに怯えないで、...って言ってもそんなの無理よね。これ以上は近づかないから安心して、でもあまり大きな声は出さないで頂戴ね、兵隊たちに見つかってしまっては大変だから。」
「....。」
声の主は間違いなく獣人だった。しかしその声色は儚げで優しく、顔を見れば年老いた女性だということにミアは気づいた。
「...なんのつもり、」
ミアは必死に低い声で、そう言った。
「貴方を助けたいの。」
先程も聞いたセリフを、その淑女は言った。
「とても信じれないのは分かるわ。無理もない。でも、どうか信じて私に付いて来てほしいの。」
噓としか思えないその言葉に、ミアは眉をひそめた。
何を言ってるんだ、この獣人は...。
先程目の前で自分の家族の命を奪った獣人の言葉など信じられるはずもなかった。今までであれば、この獣人を殺してしまってでも逃げていただろう。
しかしミアは、もう生きる道を半ば諦めてしまっていた。
どうせ殺されるなら、少しでも希望があるこのおばあさんの後を付いて行ってみるか。なぜだかそんなことを思ったのだ。
ゆっくり立ち上がり、ミアは彼女の方へと近づく。その様子を見て淑女は心底嬉しそうな顔をして見せ、「こっちよ」と少女の少し前を歩き出す。
私がナイフでも持っていて、その背中を刺そうとするかもしれないのに、そんな可能性一切考えないんだな...。
平和ボケしているんだな、ミアは冷たくもそんなことを考えながら、その弱そうな背中に付いて行った。
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