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200年
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辺境へと移送された人々は、足をつけた山峡の静けさに身体を震わせた。たしかに自然の美しい場所だったが、辺りが暗い夜の時間は不気味さが人々の心をひんやりと冷たくする。
野宿などしたことも無い王家の人々は、虫が舞う山峡で、獣人たちから僅かに持たされたなけなしの食料や衣服を皆で平等に分ける。
少数種族とは言え、物資の少ない状況では食べ物を1口程度のパンで分け合うしかなかった。
衣服もドレス類は全て剥ぎ取られ、皆が着ているのはもはや布一枚のようなもの。
そよ風で簡単に揺れる心もとない布に、ミアは身体をさする。
『ミア様、こちらをお使いください。』
『ルルムノ、それはあなたのでしょう。』
『わたくしのことなどよいのです。一国の王女様がそのようなお姿はいけません。』
『でも、あなたが寒いでしょう。』
ミアの侍女がぐい、と衣服を押し付ける。王女は最初それを拒んだが、彼女は聞く耳を持たずミアの肩にそっと服をかける。
『ルルムノ…。』
『ミア、どうかしたのか』
『カイル…。いえ、ルルムノが服を…。』
二人の様子を見て、カイルはすぐに理解したようだった。
『あぁ…。ルルムノ、君もその格好ではひどく寒いだろう。彼女には僕の服を貸しておくから、君は自分の衣服を着るといい。』
カイルは侍女に優しくそう言った。
『しかしカイル様…』
『レディにそのような格好をさせてはおけない。いいね。』
そう言ってカイルは侍女に服を羽織らせ、自分の服をミアに着せた。
『は、はい…。恐れ入ります、カイル様。』
侍女はぺこりと頭を下げ、肩にかかったカイルの服にそっと手を当て、下がっていった。
侍女の手は凍えるほど冷たく、山峡の寒さを表しているようだった。
『ありがとう、カイル。』
『いいんだ。…それよりも、僕達の人数では、この食料も1週間をもたないだろうな。』
『…そうね。自分達で食料を調達しなくては。』
二人はそう言って、闇に飲まれる自然豊かな土地をぼんやりと見渡した。
▼▼▼
それからは毎日毎日、少ない食料で耐え忍びながら、比較的動ける者が野生動物や魚を捕ったりして食料を蓄えながら生活していた。
しかし突然放り出されたのだ。身体が付いてゆかず、あっという間に命絶える者も現れた。
追放されて1ヶ月。
なんとか貯蓄していた食料もついに足りなくなり、人々はひどい貧困状態に陥った。自給自足も不十分で、為す術なくたくさんの人が命を落とした。
なぜこんな思いをしなければならないのだと、怒りに身を任せ王宮に乗り込む者もあった。
しかし彼らが帰ってくることはなかった。
彼らの処遇を想像し人々は顔を青くする。王宮に立ち向かう者は誰もいなくなった。
そうして約100年の間、生き残った人間たちは厳しい環境の中で互いに力を合わせながら懸命に暮らしていた。
しかし悪夢はここでは終わらない。
王が殺され、人間が隔離され始めて100年、恐ろしい事態が起こる。
獣人の世界では、大きな歴史改変が行われ、人間に関しての正しい知識はほとんど失われてしまった。
《人間は悪魔の末裔であり、その魂はすべての生物を呪い殺す力を持つ》と。
曲げられた歴史を信じる獣人たちが、人間を迫害するための法を新たに制定したのである。
『人間を発見時すぐに殺すこと。』
まとまって1つの集落に住み、獣人たちから遠く離れて暮らす人間たちがそんな事態になっているなどと知るはずもなかった。
すぐに大量殺人のためにやってきた獣人による大襲撃が始まった。あっという間に、集落は火の海に包まれ、逃げ惑う人々の叫び声が業火と共に咽び泣く。
焼け落ちる家々、逃げ惑う人々、荒らされる畑、身体を裂かれる子供たち。
獣人達はなんとも楽しそうに人間たちを殺していった。正気の沙汰ではなかっただろう。
そんな中、獣人達の襲撃からなんとか生き延びた人間達が数人いた。彼らは必死に逃げ惑い、隠れ、各地の地方へばらけていった。
クロウの謀反から200年。
カデリア王国では人間は駆除対象とされ、見つけ次第即刻殺すことが決定された。
数少ない人間は、今日も息を潜めながらひっそりと暮らしている。
200年前、人間がこの国を治めていたことなど、もう誰も覚えていなかった。自分達が駆除対象であるということになんの疑問も持たず、ただ必死に逃げ隠れする日々を送っているのだ。
野宿などしたことも無い王家の人々は、虫が舞う山峡で、獣人たちから僅かに持たされたなけなしの食料や衣服を皆で平等に分ける。
少数種族とは言え、物資の少ない状況では食べ物を1口程度のパンで分け合うしかなかった。
衣服もドレス類は全て剥ぎ取られ、皆が着ているのはもはや布一枚のようなもの。
そよ風で簡単に揺れる心もとない布に、ミアは身体をさする。
『ミア様、こちらをお使いください。』
『ルルムノ、それはあなたのでしょう。』
『わたくしのことなどよいのです。一国の王女様がそのようなお姿はいけません。』
『でも、あなたが寒いでしょう。』
ミアの侍女がぐい、と衣服を押し付ける。王女は最初それを拒んだが、彼女は聞く耳を持たずミアの肩にそっと服をかける。
『ルルムノ…。』
『ミア、どうかしたのか』
『カイル…。いえ、ルルムノが服を…。』
二人の様子を見て、カイルはすぐに理解したようだった。
『あぁ…。ルルムノ、君もその格好ではひどく寒いだろう。彼女には僕の服を貸しておくから、君は自分の衣服を着るといい。』
カイルは侍女に優しくそう言った。
『しかしカイル様…』
『レディにそのような格好をさせてはおけない。いいね。』
そう言ってカイルは侍女に服を羽織らせ、自分の服をミアに着せた。
『は、はい…。恐れ入ります、カイル様。』
侍女はぺこりと頭を下げ、肩にかかったカイルの服にそっと手を当て、下がっていった。
侍女の手は凍えるほど冷たく、山峡の寒さを表しているようだった。
『ありがとう、カイル。』
『いいんだ。…それよりも、僕達の人数では、この食料も1週間をもたないだろうな。』
『…そうね。自分達で食料を調達しなくては。』
二人はそう言って、闇に飲まれる自然豊かな土地をぼんやりと見渡した。
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しかし突然放り出されたのだ。身体が付いてゆかず、あっという間に命絶える者も現れた。
追放されて1ヶ月。
なんとか貯蓄していた食料もついに足りなくなり、人々はひどい貧困状態に陥った。自給自足も不十分で、為す術なくたくさんの人が命を落とした。
なぜこんな思いをしなければならないのだと、怒りに身を任せ王宮に乗り込む者もあった。
しかし彼らが帰ってくることはなかった。
彼らの処遇を想像し人々は顔を青くする。王宮に立ち向かう者は誰もいなくなった。
そうして約100年の間、生き残った人間たちは厳しい環境の中で互いに力を合わせながら懸命に暮らしていた。
しかし悪夢はここでは終わらない。
王が殺され、人間が隔離され始めて100年、恐ろしい事態が起こる。
獣人の世界では、大きな歴史改変が行われ、人間に関しての正しい知識はほとんど失われてしまった。
《人間は悪魔の末裔であり、その魂はすべての生物を呪い殺す力を持つ》と。
曲げられた歴史を信じる獣人たちが、人間を迫害するための法を新たに制定したのである。
『人間を発見時すぐに殺すこと。』
まとまって1つの集落に住み、獣人たちから遠く離れて暮らす人間たちがそんな事態になっているなどと知るはずもなかった。
すぐに大量殺人のためにやってきた獣人による大襲撃が始まった。あっという間に、集落は火の海に包まれ、逃げ惑う人々の叫び声が業火と共に咽び泣く。
焼け落ちる家々、逃げ惑う人々、荒らされる畑、身体を裂かれる子供たち。
獣人達はなんとも楽しそうに人間たちを殺していった。正気の沙汰ではなかっただろう。
そんな中、獣人達の襲撃からなんとか生き延びた人間達が数人いた。彼らは必死に逃げ惑い、隠れ、各地の地方へばらけていった。
クロウの謀反から200年。
カデリア王国では人間は駆除対象とされ、見つけ次第即刻殺すことが決定された。
数少ない人間は、今日も息を潜めながらひっそりと暮らしている。
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