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第一章 地獄奇譚
ようこそ地獄へ
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ある一人の男がいた。一人の男は、五人もの人間を殺害したことで、裁判の判決で死刑となった。今日は、そんな男が裁かれる……すなわち、死刑が執行される、その運命の日である。
厳かな雰囲気に包まれた刑場。今日は、この場所でその男の死刑が執り行われる予定だ。一人の記者は、長年事件と事件を結びつけてはこの男のことを追いかけてきたが、それもこれで最期になるのか、と感慨深いものを感じながら、その時を待っていた。
時を同じくして、絞首台に立った一人の男。名を、谷垣敏樹という。これまでに五人、興味本位で人を殺した。するりするりと警察の包囲網をすり抜けては様々な手口で殺人を犯し続けていたが、ある日突然警察への「俺、人殺しました。飽きたんで出頭します」という通報の電話とともに電撃逮捕となった。
その衝撃的な逮捕劇はそれはもう世間を騒がせた。その谷垣敏樹という凶悪犯は、今日この日、絞首台に立ち果たして何を思うのか。
「……何か言うことはあるか? 谷垣敏樹」
刑務官が声をかけた。谷垣と呼ばれた男は、ゆっくりと顔を横に動かした。薄く弧を描いた口許は、刑務官やこの場の人間すべてを嘲笑うように言葉を発した。
「……三つのボタン。同時に押して、反応したボタンはどれなのか、わからない。誰が殺したか、わからない。……あんたたちも人殺しのくせに、裁かれないんだな?」
にたり。そんなふうに形容できそうな笑みを浮かべて、谷垣敏樹は迷い無く、首に紐をかけたまま、またゆっくりと前を向いた。
「……最期まで胸糞の悪い男だ」
「そりゃどうも」
言い終わるが早いか、落ちるが早いか。ガタン、と音がして、男の体は宙ぶらりんになった。
日本の死刑は絞首刑だ。シンプルに首を吊って殺す。……そういえば、自分が殺した人間の中にも首を絞めて殺した相手がいたな、とぼんやりと考えながら、結局俺の人生は徹頭徹尾つまらない人生だったな、と毒づいて、谷垣敏樹は意識を手放した。これで終わり。そのはずだった。
「……は?」
谷垣は、目を覚ましてすぐにがばりと効果音がつきそうな勢いで起き上がり、周囲を見渡した。その世界は、監獄のように周囲を檻で囲まれ、外にはよくわからない何かが飛んでいた。空の色も常識では考えられない色をしている。
「は? な、なんだよここ」
さしもの殺人鬼も、このような不可思議な場所に放り込まれては困惑するのが当たり前だ。改めてぐるぐると視線を周囲に巡らすも、出入り口のようなものはどこにもなかった。
「……意味わかんねぇ。死後の世界ってやつか? あるいは……天国? ……俺みたいなのが行けるわけねぇか、はは」
何をすることもできず、とりあえず適当な場に座り込んでため息とともに自嘲すると、どこからか声がふりかかってきた。
「さようでございます。貴方様のような人間が、天国に行けるわけがございません」
鈴を転がすような愛らしい、それでいて凛と、この異様な世界に響き渡るのは女の声。しかしその声には感情がいまいち乗っていない。谷垣は、反射的にその声に噛み付いた。
「はあ? なんだよあんた!」
声のする方へ首を向けると、そこにはキャビンアテンダントか何かの制服のようなものに身を包んだ女が一人、丁寧な所作で佇んでいた。
「はじめまして谷垣様。私の名はリコリス。貴方様を導く、地獄の使者です」
「……は、はあ? いやマジでなんなんだよあんた。地獄だなんだって、頭イカれてるのか?」
谷垣は困惑といらだちの両方を顔に浮かべた。急にこんな場所で目を覚まされて、地獄の使者だのなんだの。って言うことはなんだ、ここは地獄なのか? そうすると俺はどうなるんだ。鬼にでも体を引き裂かれるのか? まとまらない思考に対する腹立たしさをぶつけるように、谷垣は声を荒げた。
「……で、ここはどこなんだよ結局! お前は何なんだよ! 俺は生きてるのか死んでるのか、この世界はなんなんだ!」
リコリスは感情的になる谷垣とは対象的に、無機質に事実を告げた。
「貴方様は無事処刑されお亡くなりになりました。享年三十八歳です。御愁傷様でした」
「享年て……いや間違っちゃいないけども……」
淡々と、あくまで事実を告げるリコリスに勢いを削がれた谷垣は、頭をポリポリと数度掻くと考え込むように閉口してしまった。そんな谷垣の様子をうかがいながら、リコリスは口を開く。
「貴方様は先程"この世界はなんなんだ"とおっしゃいましたね」
「……あ、ああ」
「この世界は、貴方様が現世で犯した罪を償う場……贖罪の世界」
「は? 食材の世界? 何でも作って片っ端から食えたり? 俺のフルコースは……なんにしようかな……」
明らかに理解しているのにボケに入る谷垣に、激烈なツッコミを入れるわけでもなく淡々とリコリスは返す。
「たいへん魅力的な世界ではありますが、漢字が違います。贖う、罪、と書いて贖罪と読みます」
「チッ……わかってるっつーのンなことは! それで、俺はここで何しろってんだよ。申し訳ございませんでしたーもう二度としませんーって土下座でもすりゃいいのか?」
「いえ、そういった場ではございません」
「……じゃあなんなんだよ。これ以上俺に何を求めるわけ」
いらだちを隠さない谷垣と、そんな谷垣の様子にもつとめて冷静に対処するリコリス。対象的な二人の出会いは、おそらく最悪に部類されるだろう。この地獄で、最高の出会いなどあるはずもないのだが。
厳かな雰囲気に包まれた刑場。今日は、この場所でその男の死刑が執り行われる予定だ。一人の記者は、長年事件と事件を結びつけてはこの男のことを追いかけてきたが、それもこれで最期になるのか、と感慨深いものを感じながら、その時を待っていた。
時を同じくして、絞首台に立った一人の男。名を、谷垣敏樹という。これまでに五人、興味本位で人を殺した。するりするりと警察の包囲網をすり抜けては様々な手口で殺人を犯し続けていたが、ある日突然警察への「俺、人殺しました。飽きたんで出頭します」という通報の電話とともに電撃逮捕となった。
その衝撃的な逮捕劇はそれはもう世間を騒がせた。その谷垣敏樹という凶悪犯は、今日この日、絞首台に立ち果たして何を思うのか。
「……何か言うことはあるか? 谷垣敏樹」
刑務官が声をかけた。谷垣と呼ばれた男は、ゆっくりと顔を横に動かした。薄く弧を描いた口許は、刑務官やこの場の人間すべてを嘲笑うように言葉を発した。
「……三つのボタン。同時に押して、反応したボタンはどれなのか、わからない。誰が殺したか、わからない。……あんたたちも人殺しのくせに、裁かれないんだな?」
にたり。そんなふうに形容できそうな笑みを浮かべて、谷垣敏樹は迷い無く、首に紐をかけたまま、またゆっくりと前を向いた。
「……最期まで胸糞の悪い男だ」
「そりゃどうも」
言い終わるが早いか、落ちるが早いか。ガタン、と音がして、男の体は宙ぶらりんになった。
日本の死刑は絞首刑だ。シンプルに首を吊って殺す。……そういえば、自分が殺した人間の中にも首を絞めて殺した相手がいたな、とぼんやりと考えながら、結局俺の人生は徹頭徹尾つまらない人生だったな、と毒づいて、谷垣敏樹は意識を手放した。これで終わり。そのはずだった。
「……は?」
谷垣は、目を覚ましてすぐにがばりと効果音がつきそうな勢いで起き上がり、周囲を見渡した。その世界は、監獄のように周囲を檻で囲まれ、外にはよくわからない何かが飛んでいた。空の色も常識では考えられない色をしている。
「は? な、なんだよここ」
さしもの殺人鬼も、このような不可思議な場所に放り込まれては困惑するのが当たり前だ。改めてぐるぐると視線を周囲に巡らすも、出入り口のようなものはどこにもなかった。
「……意味わかんねぇ。死後の世界ってやつか? あるいは……天国? ……俺みたいなのが行けるわけねぇか、はは」
何をすることもできず、とりあえず適当な場に座り込んでため息とともに自嘲すると、どこからか声がふりかかってきた。
「さようでございます。貴方様のような人間が、天国に行けるわけがございません」
鈴を転がすような愛らしい、それでいて凛と、この異様な世界に響き渡るのは女の声。しかしその声には感情がいまいち乗っていない。谷垣は、反射的にその声に噛み付いた。
「はあ? なんだよあんた!」
声のする方へ首を向けると、そこにはキャビンアテンダントか何かの制服のようなものに身を包んだ女が一人、丁寧な所作で佇んでいた。
「はじめまして谷垣様。私の名はリコリス。貴方様を導く、地獄の使者です」
「……は、はあ? いやマジでなんなんだよあんた。地獄だなんだって、頭イカれてるのか?」
谷垣は困惑といらだちの両方を顔に浮かべた。急にこんな場所で目を覚まされて、地獄の使者だのなんだの。って言うことはなんだ、ここは地獄なのか? そうすると俺はどうなるんだ。鬼にでも体を引き裂かれるのか? まとまらない思考に対する腹立たしさをぶつけるように、谷垣は声を荒げた。
「……で、ここはどこなんだよ結局! お前は何なんだよ! 俺は生きてるのか死んでるのか、この世界はなんなんだ!」
リコリスは感情的になる谷垣とは対象的に、無機質に事実を告げた。
「貴方様は無事処刑されお亡くなりになりました。享年三十八歳です。御愁傷様でした」
「享年て……いや間違っちゃいないけども……」
淡々と、あくまで事実を告げるリコリスに勢いを削がれた谷垣は、頭をポリポリと数度掻くと考え込むように閉口してしまった。そんな谷垣の様子をうかがいながら、リコリスは口を開く。
「貴方様は先程"この世界はなんなんだ"とおっしゃいましたね」
「……あ、ああ」
「この世界は、貴方様が現世で犯した罪を償う場……贖罪の世界」
「は? 食材の世界? 何でも作って片っ端から食えたり? 俺のフルコースは……なんにしようかな……」
明らかに理解しているのにボケに入る谷垣に、激烈なツッコミを入れるわけでもなく淡々とリコリスは返す。
「たいへん魅力的な世界ではありますが、漢字が違います。贖う、罪、と書いて贖罪と読みます」
「チッ……わかってるっつーのンなことは! それで、俺はここで何しろってんだよ。申し訳ございませんでしたーもう二度としませんーって土下座でもすりゃいいのか?」
「いえ、そういった場ではございません」
「……じゃあなんなんだよ。これ以上俺に何を求めるわけ」
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