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第一章 地獄奇譚
地獄の作法
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「谷垣様、貴方はこれより──」
「ってーか死後の世界ってマジであったんだなー」
いらだちを抑えるように数秒目をつむった谷垣は、その後は徹底的にリコリスに目を向けないように振る舞っており、その姿はリコリスの言葉を意図的に無視しているように見えた。
「谷垣様、聞いておられますか? 貴方様はこれより、数々の贖罪を経て、真人間として成仏するのです。その名も──」
「食いもんってどうなってんだろ? 独自の果物とかあんのかな」
冷静に、わかりやすく、と気を遣いながら接していたリコリスも、この扱いには流石にめらめらとしたいらだちが灯るのを感じた。同時に、呆れと、少しばかりの敵意。
「……谷垣様。いい加減に話を」
「そもそもリコリスってなんだよ、あんたどう見ても日本人顔だろーが……ぶへぇっ」
リコリスに目を向けたと思えば斜め上から飛んできた暴言に、リコリスは思わず手を出していた。谷垣の右頬をきれいなフォームで殴り抜けたリコリスは、無表情のまま谷垣を見据えている。とうの谷垣といえば、殴られた右頬を右手で押さえて呆然としていた。
「使者への誹謗中傷等は許可されておりませんので、対する制裁に関しましては何卒ご容赦願います」
しらっとした顔で言ってのけたリコリスは、怒りなど微塵も見せない無表情のままであった。しかし、そんなリコリスに、懲りない谷垣は愚かにも反論をする。
「いや、お前がそんな顔でリコリスとか名乗ってんのがわりーだろ! 源氏名かよ! ぐふっ」
リコリスは涼しい顔をして、今度は左頬を殴り抜けた。この世界はどうやら普通に肉体が存在するらしく、谷垣の両頬はもはや満身創痍である。
「以後、言動にはお気を付けくださいませ」
「なんなんだよこいつ……」
リコリスは怒らせると怖い。そして、なんの感情も顔に見せずこんなことをやってのけるその精神性がやばい。それだけは理解したらしい谷垣は、居心地悪そうに頬に手を当てて座り込んだ。
「最初から普通に話を聞いて下されば、こんな無駄な労力も必要なかったのですよ、谷垣様」
「……あんたってさ、見た目より暴力的だよな。言動とか身なりはちゃんとしてて、丁寧で大人しそうなのに」
谷垣の言葉に振り返り、じっとその目を見据えるリコリスは、たしかに何も知らない人間が見るととても人を殴りそうには見えないだろう。それも二発も。
「……恐れ入ります。……それでは、改めてこの世界のルールについて、ご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
「よろしいでしょうか、って、どうせ聞くしかないんだろ」
「ご理解、痛み入ります」
変色してきた頬にうわ、と反応しつつ吐き捨てるようにつぶやく谷垣。リコリスは、軽く微笑んで言葉を続けた。
「まず、この"贖罪の世界"ですが……出会ったときにご説明させて頂いたとおり、貴方様が現世で犯した罪を、この世界を経由し、特定の形式で償っていただく場となります」
「償う? 俺はもうとっくに絞首刑になって、立派に死んだはずだけどな」
頬が腫れて若干喋りが辛そうな谷垣に全く触れず、リコリスは説明を続ける。
「地獄ではそれぞれ、生前の行いによって罰を受ける、とは聞きませんでしたか? あれは、ただの伝承やおとぎ話ではございません」
「えっじゃあ実際に鬼とかいんの?」
一転して子供のように目をきらめかせる谷垣に、リコリスは悲しみを含めた目で遠くを見つめる。
「鬼は……ええ、いたのです。……いたのですが……」
「いたのです……が?」
何やら含みのある言い方をするリコリス。谷垣はさらに興味をそそられたようで、腫らした頬でこれでもかと話に食いつく。
「鬼の方々も、やはり高齢化の波にのまれてしまって……個別で地獄の罰なんてやっていられない、と定年で退職なさる方が多くなってきまして……」
「鬼に定年とかいう概念あるんだ……?」
寿命とか人間とかなり違いそうだけどな、とサラリと流された部分に引っかかり続ける谷垣とは裏腹に、リコリスはいよいよとばかりに本題に入る。
「そこで、人手不足の我々地獄の面々は考えました。個々人に対して鬼の罰を与えられないのならば、どうすればよいのかと!」
「そりゃ、地獄の鬼がちゃんといて罰与えられないならどうにもならんしな……」
「そんな我々が悩みに悩み抜いて辿り着いた答え……それは"鬼が不足しているのなら殺された当人に仕返しさせればいいじゃん"です!」
「……は?」
急に知能指数が著しく下がったな、と谷垣は思った。ああ、なんか腫れてきた頬も痛く感じてきたな、と谷垣はまたも頬に手を当てる。このトンデモ発言に対するひきつり笑いが悪いんだろうか。
「人の心を、人の痛みを知らぬ者が、その二つを身を持って知り、輪廻の輪に戻るシステム……その名も"成仏DEATH"!」
「いや名前だっっせ!!」
痛む頬も気にせず、谷垣は叫んだ。その名前でいいのか本当に。地獄の威厳とは。なんならどっかで聞いたような名前だぞ。本当にいいのかその名前で。
「つまるところは、"やられたらやり返す。倍返しだ"ということですね。我々は"殺し返し"と呼ぶ償いの方法です」
「微妙に古いネタやめろ。……っていうか、その理論だと俺はこれから殺されるわけ? 俺が殺した相手に?」
自分がこれから置かれる境遇を察した谷垣は、どこか諦めの目をしていた。特に殺されることに抵抗はしないつもりらしい彼は、泣くでもなく喚くでもなく、ただ改めて座り込んで問うた。
「おや、いまになって恐ろしくなって参りましたか?」
「いや……こ、殺されるのは別にいいんだが、なんで? なんでそんな横暴なシステムにした? 被害者に丸投げじゃんか」
しかも、それってつまりは私刑じゃないか。現代日本でやらかしたら捕まること必至だ。いまいち納得の行っていない様子の谷垣に、リコリスは言葉を返す。
「存外、自分の手で復讐ができるなら、と喜ばれる方も多いのですよ。憎悪が未練となり成仏できなかった方などもおりますし、そういった方の溜飲を下げることにも貢献しております」
「へえ……もし本人が成仏していた場合は?」
「ご遺族様になりますね。血縁が全て途切れている方は……残念ながら……」
「残念ながら……?」
「私たち地獄の使者が、代わりに殺させていただきます」
にこ、と初めてリコリスが見せた笑顔は、たしかに魅惑的だった。だが、それよりもそこに見える危険性に谷垣は戦慄した。ときめいている場合ではないと体が警告している。
どうか自分が殺した中にそんなやつはいませんように。そう願いながら、ひとつ咳払いをした。
「で、つまりは俺は殺したぶんだけ殺されれば、晴れて自由の身、ってわけだ?」
「さようでございます」
我ながら嫌な目標だな、と谷垣は思いつつ、つれて来られたものは仕方ない、と僅かばかりの諦めを抱きはじめていた。同時に、もう一つの考えを秘めながら。
「ってーか死後の世界ってマジであったんだなー」
いらだちを抑えるように数秒目をつむった谷垣は、その後は徹底的にリコリスに目を向けないように振る舞っており、その姿はリコリスの言葉を意図的に無視しているように見えた。
「谷垣様、聞いておられますか? 貴方様はこれより、数々の贖罪を経て、真人間として成仏するのです。その名も──」
「食いもんってどうなってんだろ? 独自の果物とかあんのかな」
冷静に、わかりやすく、と気を遣いながら接していたリコリスも、この扱いには流石にめらめらとしたいらだちが灯るのを感じた。同時に、呆れと、少しばかりの敵意。
「……谷垣様。いい加減に話を」
「そもそもリコリスってなんだよ、あんたどう見ても日本人顔だろーが……ぶへぇっ」
リコリスに目を向けたと思えば斜め上から飛んできた暴言に、リコリスは思わず手を出していた。谷垣の右頬をきれいなフォームで殴り抜けたリコリスは、無表情のまま谷垣を見据えている。とうの谷垣といえば、殴られた右頬を右手で押さえて呆然としていた。
「使者への誹謗中傷等は許可されておりませんので、対する制裁に関しましては何卒ご容赦願います」
しらっとした顔で言ってのけたリコリスは、怒りなど微塵も見せない無表情のままであった。しかし、そんなリコリスに、懲りない谷垣は愚かにも反論をする。
「いや、お前がそんな顔でリコリスとか名乗ってんのがわりーだろ! 源氏名かよ! ぐふっ」
リコリスは涼しい顔をして、今度は左頬を殴り抜けた。この世界はどうやら普通に肉体が存在するらしく、谷垣の両頬はもはや満身創痍である。
「以後、言動にはお気を付けくださいませ」
「なんなんだよこいつ……」
リコリスは怒らせると怖い。そして、なんの感情も顔に見せずこんなことをやってのけるその精神性がやばい。それだけは理解したらしい谷垣は、居心地悪そうに頬に手を当てて座り込んだ。
「最初から普通に話を聞いて下されば、こんな無駄な労力も必要なかったのですよ、谷垣様」
「……あんたってさ、見た目より暴力的だよな。言動とか身なりはちゃんとしてて、丁寧で大人しそうなのに」
谷垣の言葉に振り返り、じっとその目を見据えるリコリスは、たしかに何も知らない人間が見るととても人を殴りそうには見えないだろう。それも二発も。
「……恐れ入ります。……それでは、改めてこの世界のルールについて、ご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
「よろしいでしょうか、って、どうせ聞くしかないんだろ」
「ご理解、痛み入ります」
変色してきた頬にうわ、と反応しつつ吐き捨てるようにつぶやく谷垣。リコリスは、軽く微笑んで言葉を続けた。
「まず、この"贖罪の世界"ですが……出会ったときにご説明させて頂いたとおり、貴方様が現世で犯した罪を、この世界を経由し、特定の形式で償っていただく場となります」
「償う? 俺はもうとっくに絞首刑になって、立派に死んだはずだけどな」
頬が腫れて若干喋りが辛そうな谷垣に全く触れず、リコリスは説明を続ける。
「地獄ではそれぞれ、生前の行いによって罰を受ける、とは聞きませんでしたか? あれは、ただの伝承やおとぎ話ではございません」
「えっじゃあ実際に鬼とかいんの?」
一転して子供のように目をきらめかせる谷垣に、リコリスは悲しみを含めた目で遠くを見つめる。
「鬼は……ええ、いたのです。……いたのですが……」
「いたのです……が?」
何やら含みのある言い方をするリコリス。谷垣はさらに興味をそそられたようで、腫らした頬でこれでもかと話に食いつく。
「鬼の方々も、やはり高齢化の波にのまれてしまって……個別で地獄の罰なんてやっていられない、と定年で退職なさる方が多くなってきまして……」
「鬼に定年とかいう概念あるんだ……?」
寿命とか人間とかなり違いそうだけどな、とサラリと流された部分に引っかかり続ける谷垣とは裏腹に、リコリスはいよいよとばかりに本題に入る。
「そこで、人手不足の我々地獄の面々は考えました。個々人に対して鬼の罰を与えられないのならば、どうすればよいのかと!」
「そりゃ、地獄の鬼がちゃんといて罰与えられないならどうにもならんしな……」
「そんな我々が悩みに悩み抜いて辿り着いた答え……それは"鬼が不足しているのなら殺された当人に仕返しさせればいいじゃん"です!」
「……は?」
急に知能指数が著しく下がったな、と谷垣は思った。ああ、なんか腫れてきた頬も痛く感じてきたな、と谷垣はまたも頬に手を当てる。このトンデモ発言に対するひきつり笑いが悪いんだろうか。
「人の心を、人の痛みを知らぬ者が、その二つを身を持って知り、輪廻の輪に戻るシステム……その名も"成仏DEATH"!」
「いや名前だっっせ!!」
痛む頬も気にせず、谷垣は叫んだ。その名前でいいのか本当に。地獄の威厳とは。なんならどっかで聞いたような名前だぞ。本当にいいのかその名前で。
「つまるところは、"やられたらやり返す。倍返しだ"ということですね。我々は"殺し返し"と呼ぶ償いの方法です」
「微妙に古いネタやめろ。……っていうか、その理論だと俺はこれから殺されるわけ? 俺が殺した相手に?」
自分がこれから置かれる境遇を察した谷垣は、どこか諦めの目をしていた。特に殺されることに抵抗はしないつもりらしい彼は、泣くでもなく喚くでもなく、ただ改めて座り込んで問うた。
「おや、いまになって恐ろしくなって参りましたか?」
「いや……こ、殺されるのは別にいいんだが、なんで? なんでそんな横暴なシステムにした? 被害者に丸投げじゃんか」
しかも、それってつまりは私刑じゃないか。現代日本でやらかしたら捕まること必至だ。いまいち納得の行っていない様子の谷垣に、リコリスは言葉を返す。
「存外、自分の手で復讐ができるなら、と喜ばれる方も多いのですよ。憎悪が未練となり成仏できなかった方などもおりますし、そういった方の溜飲を下げることにも貢献しております」
「へえ……もし本人が成仏していた場合は?」
「ご遺族様になりますね。血縁が全て途切れている方は……残念ながら……」
「残念ながら……?」
「私たち地獄の使者が、代わりに殺させていただきます」
にこ、と初めてリコリスが見せた笑顔は、たしかに魅惑的だった。だが、それよりもそこに見える危険性に谷垣は戦慄した。ときめいている場合ではないと体が警告している。
どうか自分が殺した中にそんなやつはいませんように。そう願いながら、ひとつ咳払いをした。
「で、つまりは俺は殺したぶんだけ殺されれば、晴れて自由の身、ってわけだ?」
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