成仏DEATH。

相良月城

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第一章 地獄奇譚

触らぬ神に祟りなし

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「それで、俺はどれくらいの間「殺し返し」されるまでの猶予があるんだ?」
「そうですね、殺した人数にもよるのですが……谷垣様の場合は多めに見積もりニ週間といったところでしょうか」
 少しずつ贖罪の世界を受け入れ始めた谷垣が、あぐらをかいたままふうん、と関心を持ったように鼻を鳴らした。
「……それにしても、地獄の人手不足ってそんなに深刻なのか?」
「人手不足自体は割と昔からではありますが……近年の鬼の方々の高齢化によるリタイアにつきましては、閻魔様もたいへん嘆いておいでです」
 高齢化であれば仕方ない。引き留めようにも、自分の限界が来たのだと言われればもう何も言えないのだ。そんなこんなで地獄の鬼たちは今や最盛期よりもぐっと数を減らしていた。
「なんかさあ、そーいう……継いでいく若者たちーみたいなのはいねーの?」
「いるにはいるのですが……地獄の釜の温度管理やら脱走者の捕縛やらでオーバーワーク気味なのもあり……」
「あー……あり方変えていかないと、ってやつだ」
「そういうことですね。これも時代というものです」
 地獄の事情に何やら興味を抱いた様子の谷垣に対し、リコリスは優しく受け答えをしていたが、そういうものなのか、と純粋に話を聞いていく谷垣に、ふと悪戯心がくすぐられた。
「それに……鬼の仕事と言っても、地獄の釜のそばであの分厚いきぐるみを着て温度管理をするとなると、やはり作業の難易度も爆上がりでして……」
「エッあれきぐるみなのォ!?」
 案の定いつもの喋り方で冗談を飛ばすと、谷垣はすっかり信じ込んで、勢い良く立ち上がった。耐えきれずリコリスが吹き出すと、ようやく自分がからかわれたのだと知り谷垣はみるみるうちに不機嫌になった。
「ふふっ……冗談にございます」
「……あんた、たち悪いな」
 この冷徹さと慇懃無礼が人の形をしているような女にも、冗談を言うような茶目っ気があったのだ、と思うと谷垣も少しばかり気を抜いた。そして、ふと浮かんだ疑問を投げかけてみた。
「……あんたってさ」
「? はい」
「地獄の使者だって自分で言ってたけど、鬼か何かなの?」
 その言葉が意外だったのか、リコリスは一瞬目を丸くし、どこか昔を懐かしむように目を細めて言った。
「そうですね……その答えは、谷垣様が贖罪をすべてこなしてから、にしましょうか」
「なんだよそれケチくせーな……」
「谷垣様がさっさと殺したぶんだけ殺されて下されば教えられる話でございます」
「条件が物騒すぎる……さすが地獄」
 呆れ気味に天を仰いだ谷垣。リコリスはその様子を見て、どうしたのかと声をかける。
「ところで、被害者の方はいつお呼びしましょうか?」
「明日でいいよ、俺は今疲れてる」
「疲れる? 何にでしょう?」
「あんたとのやり取りに……」
「まあ! 初めて言われました」
「そう……」
 しばらく一緒にいてわかった、この女は案外「ボケ寄り」だ。根がツッコミ気質の谷垣は、リコリスとの会話で若干精神が疲弊していた。
  とはいえ、浮かんだ疑問を無理矢理に飲み込むのも、気持ちが悪い。そう考えて谷垣は呆れながらも、再度言葉を投げかけた。
「……なあ、“成仏DEATH”っていう名前なんだけど」
「ええ。素敵な名前でしょう?」
「……」
 にこり、と微笑むリコリスは素で素敵な名前だと考えているようだ。そんな彼女に無粋なツッコミを入れるようで心苦しかったが、谷垣は意を決して発言する。
「……“成仏DEATH”は、なくない?」
「……」
「絶対どっかで聞いたことあるじゃん! お迎え◯スみたいな! そんなタイトルのドラマあったろ昔!」
 お前は本当にこれでいいと思っているのか!? と地獄のセンスに対して問いを投げかける谷垣。絶対他の罪人にもツッコまれてるだろこれ、とため息をついた。
「……やはり……」
「……ん?」
「やはり、“成仏DIE”の方が良かったと谷垣様も思われますか?」
「いや知らねーよ、なんだよ俺"も"って!」
「実はこの名前、提案した当初より閻魔様から不評なのです……」
「しかも提案したのあんたなのかよ!」
 リコリスの口からもたらされる怒涛の情報量に、さしもの谷垣も頭を抱え始めた。よりにもよって考えた本人リコリスかよ。まともに見えてネーミングセンス狂ってるんかい。
 せめて刺激しないように、悲しませないように。あの女は底知れない。そんな思いで、谷垣は恐る恐る言葉を紡ぐ。
「……それで、閻魔様? はどう言ってたんだよ」
「『う~~ん……DEATHかDIEかで言うなら……まあ……DEATHかなあ……』でしたね」
「相当な苦渋の決断じゃねぇかよ」
 閻魔様も普通に困ってんじゃんか。不評ってか困ってるんだよそれ。流石にそこまでは言わなかったが、とうのリコリスといえば「やはり新しい試みには不安がつきものですから……」と斜め上の心配をしている。
「いや、不安とかそういうのとは違うだろ……言いたかねーが、あんたネーミングセンスがおかし……っが!」
 谷垣が言い終わるのが先か、飛んできたのが先か。谷垣の腹部にはファンタジー漫画なんかでしか見ないような大槍が、背中から深々と突き刺さり、周囲には血飛沫が飛んでいた。
「あ、あ、う、ォエ゙ッ……お、お前……こ、れ、なんだ、よ……」
「先程も言いましたとおり、地獄の使者への誹謗中傷はお控え下さいますよう“釘を差した”まで……」
 ゴボ、と口から大量の血を吐き出しながら、谷垣がよろめく。体の動きにあわせて、赤い雫も滴り落ちる。それでも谷垣の感情は、ツッコミに対して過剰な対処をするリコリスに対し、見事に怒りが先行していた。
「ゲェッ……ゔ、……コレ槍だろうが!! 何考えてんだよこのネーミングセンス壊滅女!! オァ゙ッ゙!」
 痛みに息絶え絶えになりながらも吠える谷垣の口から「ネーミングセンス壊滅女」というワードが聞こえた瞬間、今度は脇腹方面から槍が飛んできては谷垣を貫いた。まるで歪な十字架のようである。
「ご……ゴホ……こ……ころ、殺す気、か? 償う前に……」
「この世界に来た時点で、既に貴方様は亡くなっておられます。私共の許可がある場合や、“殺し返し”による償い以外での死亡はありえません」
 冷たい目で串刺しの谷垣を見据えたと思えば、リコリスは今度は我慢ならない、と言うばかりに弁舌を振るいはじめた。
「というか! 私のネーミングセンスは壊滅などしておりません! ただ単純に、他の方の理解が追いつかないほど高尚な名付けであるというだけであり……」
「……わ……わかったから、この槍、抜いてくれよ……」
 何が彼女の逆鱗に触れてしまったのか、リコリスの演説のさなかも出血し続けていた谷垣が、立つのもやっとという状態で、消え入りそうな声を発した。
 床はもはや赤い絵の具を溢したがごとく。谷垣自身が最初に着ていた囚人服はもはや元の色がわからないレベルに赤黒く変色していた。
「あ……し、失敬、感情的になりすぎました」
「バイオレンスすぎるだろしかし……ゴホッ、おぇ……犯罪者相手なら、何してもいいとか、思ってんのか?」
「返す言葉もございません……」
「思ってんのかーい」
 やっぱりこいつといると疲れるな、と物理的な疲労(というよりは負傷)も抱えたまま、谷垣は今度こそ地面に倒れ伏した。
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