成仏DEATH。

相良月城

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第二章 一人目と二人目

一人目・伊伏恭二

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「……それで、改めて聞きたいわけだが」
「はい」
 致し方なし、といった感じで殺し返しに賛成した谷垣が、少々けだるそうにこれから行われる行為について問うている。
「これから執り行われるっていう、“殺し返し”っていうのは、俺が生前犯した罪の……あー……贖い? ってやつで」
「はい、“贖罪の儀”でございます」
「ああそれそれ。で、俺は俺が殺した相手に、同じ方法で殺されてみればいい、と。それで贖罪としては終わり。……で、そこまでが……えー……」
「“成仏DEATH”のシステムとなります」
 あんまり言いたくないんだよなあ、そのふざけた名前……とぼやく谷垣と、それを耳聡く聞きつけたリコリスがふざけてなどおりませんが、と憤慨した。
「ああやめてくれよ槍は。これから殺されるってのに、無駄に疲弊したくない」
「であれば、言葉にはお気をつけください。“口は禍の門”と言いますから」
 内心で「そんなふざけた名前をつけるお前が悪いだろうが」と悪態をつきながら、流石に学んだ谷垣は、全く別のことをリコリスに問うた。
「それで、俺を殺すってことだけど、参照されるデータとかそんなんあんの? 警察のデータとかあの辺り?」
「さようでございます。警察が捜査で知り得た情報を元に、そっくりそのまま、刺す場所も、出血量も、死んだ場所すらも再現させていただきます。そして、はてには」
「……同じように殺されて、死んで、一つの区切り」
 抵抗せずに殺されるだけだってなら楽なもんだ、とまたも複雑な表情でつぶやく谷垣に、どこか引っかかりを覚えたリコリスだったが、閻魔のはからいで今回の被害者が贖罪の世界に現れ、かける言葉を最小限にした。
「……楽であれば、よろしいですね」
「あ?」
 どういう意味だよそれ、と言いたげな谷垣が口を開くよりも先に、誰かの声が贖罪の世界に響いた。
「いやがったな……! 谷垣敏樹……!」
「? ……誰だっけ、お前」
「谷垣様が起こした最初の殺人事件にて、計十三ヶ所を刺されお亡くなりになられた被害者の伊伏様にございます」
 リコリスの丁寧な説明も虚しく、谷垣は首を傾げる。その間も伊伏は怒りを含んだ眼差しで谷垣を憎々しげに見つめていた。
 やがて、思い当たる記憶に辿りついたのか、谷垣が懐かしむような声を上げた。
「あー! いたなあそういえば!」
「なんだよその態度はよォ! 谷垣敏樹ィ!」
「いやー悪い悪い、名前とか覚えてなくてさ……顔じっくり見たら思い出したわ。あんた、あのときのアレだな、アレ」
 うんうん確かに殺したわ、と一人納得する谷垣。その様子にもちろん伊伏の怒りのボルテージは上がっていく。
「……マジでお前腹立つよな」
「だってさあ、覚えてるか普通? たしかアレだろ、肩ぶつかっただけだろ? そんなチンピラいちいち覚えてねぇって、普通」
「ンだとてめぇ……! あんだけ俺を、刺して、刺して、刺し殺したってのにか!!」
「あぁ、楽しかったってことと、死体一つ作っちゃったな~って気持ちだけ覚えてた」
 に、と目を細めて笑む谷垣の目には光が灯っていない。初めての殺人。彼が今、背負っている罪のはじまり。はじまりの一端を担う被害者を見て、思うことは何なのか。その瞳と申し訳程度に歪んでつり上がった口許からは何も読み取れない。
 剣呑な雰囲気が漂い始めた二人の間を遮るように、リコリスは確認の言葉を紡いだ。
「……谷垣様、彼でお間違いないですか?」
「ん? 顔は間違いないと思うけど……」
「伊賀の伊に、伏せると書いて“伊伏”、恭しいの恭に漢数字の二で“恭二”……でお間違いない、と」
「違う!!」
「えぇ……」
 ああ、間違いない、と谷垣がいつものペースで答えようとした瞬間、贖罪の世界に響き渡るほどの伊伏の大声で遮られる。これにはさすがのリコリスも驚きと困惑で声が漏れてしまった。
「俺の! 名前は! 伊伏“狂志”だ! 狂う志と書いて“狂志”!」
「……ええと……」
「……なんだよ!」
「……なんか、痛いな……既に」
「ど、どこがだよ!」
「い、色々と……」
「……まあ、当人がそれでいいならいいん……だろうな」
「……ンだよ! 失礼な奴らだな!!」
 困惑をさらに極めるリコリスは視線をそらし、谷垣は逆に憐れみの目で伊伏を見る。そういうイキリはせめて学生のうちでやめておけ、谷垣はそう心の中でぼやいた。
 一方のリコリスは、渡された情報の中にある【伊伏恭二︰男︰二十五歳】という情報で困惑していた。嘘でしょう? 二十五にもなってそんな? 思わず零しそうになった言葉をごくり、と飲み込み、軽く咳払いをして場を執り成す。
「……と、とにかく、殺害した者、殺害された者、当人同士であるとの確認が取れました。これより“贖罪の儀”を執り行います」
 リコリスの言葉が贖罪の世界に響いた瞬間、世界が一瞬にして変化する。突然のことに戸惑う谷垣と伊伏は、きょろきょろと場を見渡して、更に困惑の色を濃くした。
「……なんだよ、これ」
「……ここ、ここは……」
「こちらは、この“贖罪の儀”で執り行われる工程の一つです。“業鏡”と呼ばれる閻魔様の所持品によるものでして……お二人には、この光景に見覚えがあるかと存じますが」
 変わった世界。それは現代世界における裏路地と呼ばれる、薄暗い路地そのもの。それは、たしかに二人には見覚えのある場所だった。
「……ここで“殺し返し”を行う、って認識でいいわけ?」
「さようでございます。その前に、伊伏様が殺害された際の状況を、この場で再現させていただきます。……殺害方法に間違いがあっては、いけませんので」
「へえ……」
「地獄ってすげえんだな……」
 谷垣は、これから起こる出来事を察し、路地の端に体を寄せた。月並みな感想を零す伊伏も、再現が始まると驚きながらも身を端に寄せる。
 閻魔の“業鏡”によって映し出された光景では、およそ十八年前の光景が再現され始めた。真夜中の暗い路地の奥側から、まだあどけなさの残る顔立ちの谷垣が歩いてくる。未だ若干の明るさが差す表通りの方から、今現在目の前にいる伊伏と全く同じ男が歩いてくる。齢三十八にして絞首刑となった谷垣と、二十五のまま殺された伊伏の、時の違いである。
 再現された過去の谷垣は、顔に似合わず慣れた手つきでタバコに火を付けながら歩いていた。そのせいだろう、表通りからやってきた伊伏とそのままの勢いでぶつかった。
「……ってぇ! オイ!」
「……なんスか」
「てめぇ、人にぶつかっておいて謝罪の一つもねぇのかよ」
「あぁ……“そういうふう”に育ってこなかったんで?」
 既に臨戦態勢といった状態の伊伏に対し、半笑いで受け答えをする谷垣。この頃の谷垣の年齢は、その顔つきからわかるように二十になったばかり。それで、この態度である。伊伏の逆鱗に触れるのは自明の理だ。
「……ンだよ、その口の利き方はよ、クソガキが」
「ハァー……結局なんなんスか? サーセン、って謝りゃ満足?」
 ふう、とため息とともにタバコの煙を吐き出す谷垣。年上と見られる男に対して心底馬鹿にした態度に、伊伏が吹き上がるのも無理はなかった。
「……はぁ、てめぇよぉ、俺の許可無くこんな裏路地彷徨いてるのも腹立つが、年上に対する態度くらい覚えたらどうよ?」
「……年上に、対する態度?」
「そーだよ、特にこの業界にいるなら“いい子ちゃん”にしてるほうが……あっちィ!?」
「別に今更“いい子ちゃん”もクソもないだろ」
 べらべらと講釈を垂れる伊伏に歩み寄ると、おもむろに口に咥えたタバコを手に取り、伊伏の右腕に押し付けた。気が付くと、谷垣が纏う雰囲気も変わっていた。それを感じ取ったのか、伊伏の態度にも怯えが見え始める。
「ただの半グレ野郎のくせに、あんたうるさいな」
「……は……? な、なんだよ、俺はただ……」
「俺達にとっての“いい子ちゃん”って、要はこういうことだろ?」
 気が付けば、伊伏の腹には一本のナイフが刺さっていた。それも深々と。なんの予兆もなく、さもそうするのが当たり前のように、谷垣は伊伏を刺したのだ。
「……は? ……えっ? な、」
「あれ、あんま深く刺さってないのかな?」
「な、なななななにしてんだよ、おれ、おれたち肩ぶつかっただけだろ!?」
 どろり、と溢れだす赤い液体と、自分が刺されたという事実に驚いた伊伏は、呆気なく尻餅をついて倒れた。そのまま谷垣から逃れようと、先程まで谷垣が歩いてきた薄暗い方へと腕と尻で這いずっていく。
「それで因縁つけてきたのって、あんたじゃん? ってか組の名前使って好き勝手してくれてさ、困ってたんだよねウチも」
 まだ痛く感じない? それとも、刺す場所が良くなかったのかな、と暗い瞳で笑む谷垣。その歩みは止まることなく、伊伏の前に来たと思うと、迷い無くその腹に刺さったナイフを抜き取った。
「あ゙っ……!」
「あ、痛い? でも死ぬくらいじゃないのな」
「ひ……も、もうやめてくれよ……!」
「どうした? 今まで好き勝手やってきたろ?」
「も、もう、名前を勝手に使うのもやめるし、おれ、お、俺はもう足を、あ、洗う、から!」
 伊伏の決死の命乞いに、谷垣は何を思うのか。その表情は、一瞬の無表情のあと、暗く沈んでいた瞳の中に爛々とした光を灯し、満面の笑みに変わっていた。
「やだよ、あんた面白いもん」
「え……?」
 自分の中でも今まで感じたことのない“楽しさ”を抱いてしまった谷垣は、おそらくもう自分でも止まれないことをわかっていた。そんな彼は己の興味と狂気の赴くまま、ナイフを振り上げる。
「い゙っ、あ゙……!」
「横脇腹は痛いのかな? 刺しやすいっちゃ刺しやすいけど」
「い……痛い……ヒィッ! う、うわあ!」
「あ、おい、防御すんなって」
 右脇腹を切りつけられた伊伏は、恐怖と痛みでもう顔はぐしゃぐしゃだった。そんな中でも、もう一撃、と振りぬかれたナイフを左腕でかろうじて防御した伊伏。血飛沫が壁や床に飛び散っていく。
「あ……あ……た、助けてぇ……! ひぃ゙っ!!」
「なんだ、立てんじゃん。逃げんなよ」
 助けを求めてなんとか立ち上がった伊伏の右鎖骨下を、谷垣のナイフが貫いた。
「あ……ああ……」
「もう逃げられないように……ここは、どうだ? 痛いのか?」
「ああああっ……!! いてぇ……いてぇよぉ……」
「もっと痛いところあるのかな? 胸とか、痛そうだよな」
「……は……」
「心臓とか、狙ってみるか」
 そこからは凄惨の極み、としか言いようがなかった。合計十三ヶ所の刺し傷、切り傷。谷垣の一連の行為が終わった頃には、辺りは血の海だった。
 ナイフを振っていくうちにいつの間にか動かなくなっていた伊伏を見て、谷垣は「なんだ、死んだのか」と興味を失った目で暫く佇んでいた。
「……まあ、いいか。好きにやれって入れ墨のニーチャンたちから言われてたし」
 その声は、初めての殺人である故なのか、少しだけ震えていたような気がした。まず着替えて、そこから持っていく場所はどこだったかな、と独り言をつぶやきながら、谷垣は伊伏の死体をビニール袋に詰め込むと、裏路地の更に奥へと引きずっていった。そこまでで、業鏡の映像は途切れた。
「……これが……」
「そう、俺の初殺人。楽しかったなあ、どこ刺しても、う! とか、あ! とか言ってくれてさ」
 初めて見る谷垣が人を殺している姿と、その行為の残虐さに息を呑んだ様子で言葉を失うリコリス。そんな彼女を尻目に、谷垣は楽しそうにこの殺人のことを振り返る。その瞳には、先程伊伏を殺していたときのような、爛々とした光は見えなかった。
「にしてもあんた、成仏してなかったんだ? 十八年もあったのに。案外執念深いね」
「誰のせいだと思ってんだよクソガキが! おかげさまでいろんな償いだの贖いだのさせられたが……それでも、お前を殺せるなら成仏なんてしてられるかよ!」
「ははは、クソガキはないだろクソガキは。残念ながら、享年はあんたよりも歳上だ」
 かつてよりも冷静さが入ったぶん、更に煽りが上手くなった谷垣の半笑いの受け答えに、伊伏は我を忘れるかと思うほどの激情を抱きかけた。……が、既のところでとどまった。
「っ……! っはは……まぁ……まぁ、まぁ、まぁ?」
「?」
「そんなお前を、よりにもよってあの頃と“全く同じ方法で”殺せるってんだから、最高だよな!」
 下卑た笑いを浮かべる伊伏の手には、あの日谷垣が伊伏を殺すのに使用したものと同じナイフが握られていた。それを見た谷垣は怯えるでもなく、なるほどそこまで再現するんだな、と感心すらしていた。
「凶器も同じ、現場も同じ……なるほどな。こんなふうに誰かに誂えられた場所で、何もかも用意されたもので殺すなんて、つまんないと俺は思うけど、違うもんなんだな」
「得てして、復讐という感情はそういうもの、ですよ。谷垣様」
「……ふーん。なら、ほら。いつでも来たらいいんじゃないか」
 特に怯えも慄きもせず、堂々と普段通りな谷垣に、伊伏は満面の笑みを浮かべた。それはまるで、その言葉を待っていたような笑顔だった。
「言ったな? 谷垣敏樹……!」
 伊伏がナイフを片手に谷垣へ襲いかかる。谷垣は反射的に避けようと動いたが、体は石のようにその場に留まる。なるほど、避けることは最初からできないってわけだ。冷静な頭で谷垣は納得したが、その直後に襲い来るモノによって、すぐにそれどころではなくなった。
「くらえ谷垣、これが俺の痛みだ!」
 ぶつり、と皮膚を裂いて異物が侵入する感触。続けてどろり、と溢れ出る生暖かい血液。痛いというよりも熱いという灼熱感が襲う、そんな刺突の痛み。
 刑務所に入所してからは久しく感じたことのないそれを、谷垣はいつもの何倍以上にも感じ取っていた。
「いっ……!?」
「は……はははは、俺のときみたいに腹に刺さってやがる」
 ほら、倒れてみせろよ、と肩を押され、谷垣は呆気なく尻餅をついた。宛ら、あのときの伊伏のように。
「う……!」
「はは、案外よく呻くなあ谷垣敏樹?」
 上機嫌な伊伏に腹に刺さったナイフを引き抜かれながら、想定していた以上の痛みに谷垣はリコリスに対し吠える。
「いっつ……おいリコリス! この痛み、なんなんだよ!」
「……“殺し返し”につきましては、当事者の痛みを味わっていただく、というのが趣旨。いつもの貴方様であれば耐えることができるような痛みでも、当事者がそうでなかったのであれば……まあ、つまりは当事者様の当時の痛みをそのまま味わっていただいている、という状況になります」
「な、んだよ、それ……!」
 そんなもん聞いてないぞ、となおも吠える谷垣に、聞かれておりませんでしたから、と露骨に目を逸らしながら返すリコリス。
 話すの忘れてただけだろお前、と痛みの中怒りを燃やす谷垣だったが、今の谷垣が相手すべきはリコリスではない。
「ははは、今更弱音かよ谷垣敏樹ィ! 俺はこれだけ痛くて、怖かったんだ!」
「ぐっ……! 知るかよ! お前、が組に、狙われるようなことしてたのが、悪いだろうが! い゙っ……ああ、くそ……」
 再現の中の自分がしたように右脇腹を切りつけられ、左腕で防御し防御創を負う谷垣。左腕は何かに操られるように動き、自らナイフに当たっていった。
 辺り一面には既に谷垣の血が大量に散らばっていた。ああ、俺が伊伏を殺したときも確かにこんな光景だったな、と痛みの中で思い返す谷垣。すると、谷垣の意志と関係なく、体に無理矢理力が入り、すっと立ち上がった。ああ、これは。
「……『なんだ、立てんじゃん。逃げんなよ』だっけ?」
「っ……!」
 四ヶ所目の傷、右鎖骨下。確か、骨を狙ったつもりが予想以上に固くて下にズレたんだっけな。思った以上に抉れた皮膚と、曝け出された皮下組織がピリピリとした痛みを発する。
「いっ……てぇ……」
「あのときもこうだったよな、谷垣ィ? ここは痛いのかどうか? って、くだらない実験みたいに人の右足ぶっ刺してくれてよぉ」
「う……! は、はは、そうだっけか? さっき見たはず、なのに、覚えてないな。お前、肩透かし過ぎてさ」
 満身創痍のまま、いつもの調子で強がりの受け答えをする谷垣。どれだけ切りつけようが己のペースを崩さない谷垣に対し、とうとう怒りが頂点に達したのか、何も言わずに左脇腹と腹を正面から連続で刺す伊伏。
 谷垣が口から吐き出す血液の色は、もはや赤というよりは赤黒い塊となっていた。
「げぇっ! ご、ほ……オ゙ェ゙……」
「なあ谷垣? あのときとは逆だよ逆。お前、こんなに楽しい思いしてたんだな」
「お前、が楽しい、な、ら、……良かった、な……ハァ……」
 息も絶え絶え、といった状態の谷垣。もしこれが現世だとしたら、今すぐ救急車を呼んだとしても助からないような怪我だろう。もしくは、今すぐにでも死ぬのではないだろうか。
 だが、谷垣はまだ意識を保つしかない。“贖罪の儀”の“殺し返し”は、途中で意識を失うことを許されないからだ。
 そして、未だ残っている。飽き始めた谷垣が行った、悪魔のような所業。胸部への滅多刺しである。
「……なあ谷垣、お前最後もすごく楽しそうに刺してたよな」
「……そ、うだな。それ゙は、みとめ、る」
「失血して眠いか? 俺もそうだったよ、もう意識なんて殆どなかった。……でもな、まだ寝るなよ」
「……わ゙かって、る゙よ」
 そうだ、これは贖いなのだ。この薄気味悪い笑みを浮かべた男は俺だ。ああ、あの日の俺はこんな顔をしていたんだな。
 谷垣は、薄れる意識の中で後悔をした。
 そうだ、ここで楽しさなんか見出さなければ、俺は、きっと。
「ははっ! はははっ!」
「あ゙っ……! ぐ……ぅ!」
「ははあっ! ははっ! はははは!」
「あ゙ぁ……は……」
 飛び散る血飛沫と、貫かれ続ける胸。右胸から始まり、左胸まで移動して、計六ヶ所。合計して十三ヶ所の刺し傷。それが伊伏恭二の殺され方だった。
「……」
「ははっ、もう何も言わなくなったな」
「……この贖罪の世界における“死”にございます。贖罪を終えたという証でもございます」
「へぇ? こんな奴が贖罪とか、馬鹿馬鹿しいな」
 反省なんかするわけがないだろ、と伊伏は嘲笑う。血まみれで倒れ伏し動かなくなった谷垣に、伊伏はここぞとばかりに足を振り上げた。だが、そこで体が一切動かなくなったことに気が付く。
「……? は? は? な、なんだよこれ」
「“殺し返し”の対象に対し、被害者が受けた損害以上の干渉は禁じられております。どうぞご理解を」
「は? ンだよそれ! 俺は殺された被害者……」
「どうぞ、ご理解を。お願いいたします」
「……わ、わかったよ……」
 リコリスの持つ異様な雰囲気に気圧され、伊伏はそそくさとこの贖罪の世界を去った。谷垣敏樹の贖罪の世界で初めて行われた“贖罪の儀”。それは果たして、彼にどのような影響を与えるのか。
 リコリスは切り刻まれ血まみれのままの谷垣を見やり、一人物思いに耽った。
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