成仏DEATH。

相良月城

文字の大きさ
6 / 14
第二章 一人目と二人目

一炊の夢

しおりを挟む
 ここは現世か、幽世か。はたまた、誰かの夢なのか。
 リコリスは、殺し返しで倒れている谷垣の傍らに寄り添いながら、彼の見る“夢”を垣間見ていた。
 そこにいたのは、幼い姿だが面影のある……おそらく谷垣だろうか。五、六歳ほどの姿の彼は、静かに読書をしていた。そういえば、彼は養護施設育ちなのだと聞いた覚えがあった、とリコリスは想起する。
 黙々と年齢に見合わないような本を読み続ける谷垣に、他の子どもたちは無邪気に声をかけた。
「ねえ! としきくんも、一緒に折り紙折ろうよ!」
「……折り紙?」
「うん! いろんな動物とか、たてものとか、お花とか!」
「私たち、たくさん折って先生を驚かせようと思ってるの!」
 だからとしきくんも参加してびっくりさせようよ、と無垢な子どもは提案する。としきくん、と呼ばれた幼い谷垣は、嬉しそうに首を縦に振った。
「うん! むずかしいのも、折ってみたいな!」
 幼い谷垣は、それまで読んでいた本を机に置いたと思うと、椅子から降りて、折り紙をしようと誘う子どもたちに向かって走っていった。
 そうして他の子どもたちに教えられながらも折られた谷垣の折り紙は、他の誰よりも丁寧で、綺麗に仕上がっていた。当然、“先生”と呼ばれた存在はそれを褒める。
「としきくん、初めてなのにこんなの、すごいじゃない!」
「えへへ……」
「すごーい! こんど私にもきれいに折るやり方、教えてよ!」
「私も! もっときれいに折れるようになってみたい!」
「いいよ!」
 そこまでの幼い谷垣……いや、“としきくん”は笑顔だった。まだ、幸せだった頃の記憶。ただ、いい子でいればいいだけの、簡単に掴める幸せだった。
 それから少し経って、今度は小学生中学年くらいの背格好になった谷垣が見える。
「あれ? この佳作の作文、誰のだっけ」
「えーっと……あ! なんだっけほら、うちのクラスの谷……」
「谷垣くん?」
「それそれ、谷垣くん! あの子ってさあ、すごいけど平凡だよね」
「えーなにそれ、どういう意味?」
「なんかさあ、何やらせても器用だけどそのぶんなんていうか……」
「あー、器用貧乏?」
「そうそう! いまいちだよねー。どれ見てもすごい! とはならないっていうか……」
 その言葉を、上階へ続く階段の踊り場で静かに聞いている谷垣。そうだろうな、僕はもう平凡だよ、才能なんて何に対してもないんだ。そんな言葉を飲み込むように、下唇を噛み締めた。
 大人や他の子どもたちにいい顔をするがゆえに埋もれ、施設の中でも学校の中でも「手がかからないいい子」となっていた谷垣は、誰からも心配をされなければ叱責されることもなかった。
 子どもらしい寂しさを隠しながら、谷垣はそれが普通なのだと自分に言い聞かせる日々を送っていた。
 だけど、それは少し違っていた。
「野田くんって本当に乱暴だよね! 私、この間ノート破られちゃったもん」
「ね! 宿題くらい自分でやればいいのに……」
 野田。谷垣のクラスでは一番の暴れん坊だ。他のクラスの子たちも、彼の名前だけは知っているくらいの、“悪い子”だった。
「またお前か野田! 掃除をサボるなと何度言えばわかる!」
「だって掃除なんかしてたら遊べねーじゃん!」
 その時に気がついた。“悪い子”だ。悪い子であればあるほど、先生もみんなも、目を向けている。乱暴、いたずら、サボり癖。悪い子はみんな、埋もれず存在を認知されている。
 なら、自分も“悪い子”になったら? 手がかからないから、と放任されている今よりも、目を向けてもらえるかもしれない。谷垣敏樹という名前を、みんなは知ってくれるだろうか。
「谷垣! お前、一体……どうしたんだ最近急に……あれだけちゃんとまとめて出してた宿題も忘れてきて……」
「ちょっと……宿題、めんどくさくなっちゃって……」
 学校の先生は驚いていた。宿題を毎回きっちりこなしては提出してくるのが谷垣の常だったからだ。
「ちょっと谷垣くん! 掃除、ちゃんとやってよ!」
「別に……集めるだけ集めてはいるんだから、そっちがちりとりで取ればいいじゃん。こんなつまらない作業やってらんない」
 ああめんどくさい、といううんざりした態度も子どもたちには効果てき面だった。すぐに、最近の谷垣くんは態度が悪い、と噂が広まっていく程度には。
 そして、とうとう谷垣は手を出した。
「谷垣! どうして野田を殴ったんだ! 言いなさい!」
「……野田が、僕の借りたい本をわざと横取りするから」
 野田と呼ばれた子供の左頬は大きく腫れ上がっていた。子供同士の喧嘩でも、ここまでのことをするだろうか。
「こ、こ、こいつ、お、おれ、俺を殴ったと、き、わら、わ、笑って、たんだ」
 しゃくり上げながら、野田は谷垣を指差す。谷垣が野田よりも問題児……“悪い子”になった瞬間であった。
 幼心に考えたその拙い考えは、たしかに実を結んだ。“悪い子”でいれば、みんなが僕の名前を呼んでくれる。僕の存在を忘れないでいてくれる。
 それがどれだけ他人を傷つける悪いやり方であったのだとしても、向けられる感情は嫌悪のものだったのだとしても。谷垣はそれだけで嬉しかった。そんなとき、谷垣は施設経由で一人の職員と出会った。
「谷垣くん。……だね?」
「……」
 谷垣と面と向かって座る笑顔の初老の男性。名を、伊野田民生と言った。肝心の谷垣は、俯いたまま興味なさげに自分の爪をいじっていた。
「谷垣くん。君はどうして、いきなり悪い子になってしまったのかな?」
「……べつに。魔が差しただけ」
「魔が差す! そんな難しい表現も知っているんだね。谷垣くんはすごいなあ」
 突然褒められた谷垣は、驚いて視線を彷徨わせる。そんなこと、初めて言われた。
「すごい、とか、そんなんじゃないし。みんなこれくらい知ってるでしょ」
「そんなことないよ。……本が好き、なんだっけ。それで身についたのかな。それは谷垣くんの個性であって、君が頑張って努力をした証だよ」
「……そんな……ぼくは……」
 俯いたままの幼い谷垣は、視線をせわしなく動かし、やがて視界がにじみ出した。これは夢から覚める前兆か、あるいはこの幼い谷垣の涙なのか。
「……いってぇ……」
「……おはようございます、谷垣様」
 ぼろぼろだった体を引きずり、上半身を起こす谷垣。不機嫌そうに腕やら足やらを動かして、体の調子を確かめている。
「っあ゙ー嫌な夢見た。……俺、あのあと殺されたんだよな?」
「さようでございます。伊伏様の手により、計十三ヶ所、しっかり、きっちり、ぶっ刺され! この度無事、死亡となりました」
「となると、俺はこれで一つ“殺し返し”を終えた、ということになる……のか?」
「そうなりますね。おめでとうございます」
 ぱちぱちぱち、と軽い拍手をするリコリス。谷垣も流石に呆れながら返す。
「死んで“おめでとうございます”って言われるのもどうなんだろうな……」
 普通は生まれたときに言われる言葉だろそれ、と思ったが、谷垣はそれを言うことなく頭をボリボリと乱雑にかき乱して立ち上がった。
「落ち着いたら次だな」
「……おや、随分とやる気が出たようですが」
「別に。やるならやるで、とっとと終わらせたいだけだ」
 どこか寂しそうに遠くを見るその瞳は、覚えがあった。少しだけ、様子を探るため、とリコリスが触れた谷垣の悪夢は、彼の幸せな幼少期のようで、そうではない。
 リコリスは、マジで何でも治るんだな、と胸やら腹やらを確認にしている谷垣を見ながら、彼のうちに秘めている思いについて、考えを巡らせていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...