成仏DEATH。

相良月城

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第三章 三人目と四人目と五人目

死の麻婆丼

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 ああ、ここは夢の中なのだろうか。暗闇の中を揺蕩うような感覚の中、ぼんやりと谷垣は思った。熊木一家との殺し返しの一件を終えたことは覚えている。そして、そこで得た優子たちとのやりとりで、谷垣自身は更に疑問を深めた。
 家族、というものは一体なんだろう。自分が物心ついたときには家族なんてものはいなかったし、施設の人間を「家族」というのも、個人的には寒気がする話だ、と谷垣は思案する。
(気がつけば俺は施設にいて、親について覚えてることなんて言ったら、飛び交ってた罵声とか怒号くらいだ)
 よく覚えてもいないが、両親は不仲だったのだろう。そんな中で赤ん坊など育てられるわけもなく、自分が養護施設に預けられたのは至極当たり前のことだったと、至極冷静に想起する。
(俺が施設に預けられて数年経った頃、両親は離婚したと聞いた。どっちの姓にも執着はなかったから、そのまま父親の姓である“谷垣”を選んだんだよな)
 離婚するほど仲が悪いくせに、よくもまあ子供なんてこさえてくれたもんだよな、と自嘲する谷垣。勝手に産み落とされた側の気持ちなんて、勝手に産み落とした側である親にはわかるはずもない。
(熊木のおっさんは、はっきりと自分の命よりも家族が大事だと言い切った。……“普通”ならそれが当たり前、なんだろうか)
 優子も同じように家族を愛する気持ちは深かったように見えた。最期に投げ掛けられた言葉も、きちんと谷垣には聞こえていた。
(俺にそんな存在はいなかった。そもそも、家族というものも血縁上のただのつながりだろう?)
 言い訳をするように、谷垣は頭を抱え始める。まるで、家族という存在を否定し、自分自身を保とうと必死であるようだ。
(いや、そもそも家族だからって簡単に信用することだって、俺にはできない。熊木のおっさんだって、その信頼を裏切られていたのに)
 家族に裏切られる。そんなことを考えた瞬間、谷垣の脳裏にはフラッシュバックするように記憶が映し出されていた。
(家族……家族の、ように? そうだ、俺は一度……)
 かつて幼い谷垣に向けられた、たくさんの疑念の視線。大多数はそもそも谷垣を信用していなかったので当たり前ではあったが、その中に自分が家族の様に慕っていた“誰か”の視線が混じっていた。
(……嫌だ、思い出したくない。そんな目で俺を見ないでくれ、あんたまで、あんたにまで疑われたら俺は、おれは、)

「谷垣様、大丈夫ですか? 随分うなされていたようでしたが……」
「……地獄に来てから夢見が悪くて仕方ないっつーの……」
「それはそれは。地獄ですからさもありなん、ですね」
 悪夢から覚めた谷垣は、びっしょりと自分の体を湿らす冷や汗に露骨に不快感を示した。
「うーえ、夢見も悪けりゃ寝覚めも悪いわ。……ここってシャワー室とかないわけ?」
「シャワー……シャワーですか……あっ」
「“あ”ってなんだ? 嫌な予感しかしないんだが」
 谷垣の無茶振りに、それならばこれしかないな! とばかりに顔を輝かせて声を上げたリコリス。そんな様子に、これまでの経験から何かを察知する谷垣。
「他の罪人の絞り汁であればシャワーとして利用することも可能かもしれません!」
「そんなこったろーと思ったよ!! 絶対嫌だね! 絞り汁ってなんだよレモンじゃねーんだぞ!」
「夢ならばどれほど……」
「良かっただろーな! 何を隠そう夢でこんなことになってるんだけどな!?」
 そんなもん浴びるくらいならシャワーなんて我慢するよ、と頭をボリボリとかきため息をつく谷垣。傍から見ればいつもどおりの谷垣とリコリスのやり取りに過ぎないが、リコリスは少しばかり不安そうな色を浮かべた目で谷垣を見ていた。
 最初こそ谷垣のことは凶悪な殺人鬼だと考えていたものの、谷垣自身が時折見せる苦しむような表情や、業鏡で見せられる状況にも、一定の共通点があるように思えたからだ。
「……今回はたいへんうなされていたようでしたが、体調の程はいかがですか?」
「あぁ? ……ああ、別に体調が悪いとか、殺され方がどうのとかは関係ないから。……さっきはああ言ったけど、あの夢を見るのなんて生前と変わらないしな」
 生前。死刑が執行されるその日まで、彼はあの悪夢にうなされ続けていたのだろうか。それほどまでに、彼を縛っている過去なのだろうか。
 彼は、本当に「反省しない罪人」であるのか。リコリスは、改めて一番近くで彼を見定めることに決めた。
「……不思議な方ですよね、谷垣様は」
「あぁ? みんなそう言うけど……本当に何なんだよ、勘弁してくれ。妙な気持ちになるんだ」
 おそらく思い出しているのは熊木とのことだろう。谷垣はいつものボリボリと乱雑に髪をかき乱す仕草をすると、はあ、とため息をついた。そうして、おもむろに口を開く。
「……そういや、素朴な疑問なんだけどここって食事とかそういうのは出ねーの?」
「おや、殺されすぎてお腹が空いたとおっしゃいますか」
「別にそういうわけでもないが……食堂とかさ、あんたらが働いてるならあるもんじゃないの?」
「少なくとも罪人向けのものはありませんね」
「当たり強いな!? まあ罪人だし当たり前か……」
 なんだかんだとやり取りをしていくうち、腹が空いたような、そうでもないような、絶妙な空腹感を抱いた谷垣。ダメ元で、リコリスにもう一度声をかけてみる。
「とはいえさあ……なんか……なんかないわけ? 腹減ったような気がして集中できないんだけど」
「何か……ですか。そうですね、僭越ながらこの私が手料理を振る舞う、ということであれば可能ですが、いかがでしょう?」
「ああもういいよそれで……とにかく腹に入ればそれでいいし」
「かしこまりました、少々お待ちください」
 そう言ってリコリスは、この贖罪の世界から姿を消した。まさかこのまま放置されたりしやしないだろうな、と思いつつ、谷垣は贖罪の世界の檻の中に転がっている石を見つけてはそれを積み重ねて行く。暇潰しの、賽の河原もどきだ。もちろん、崩す者がいないので、積むのも崩すのも自分なのだが。
「……「親より先に死んだ子供は罪作り」っていうの、傲慢だよなあ。誰が産んでくれって頼んだんだよって話」
 がらがらと積んでは崩し、積んでは崩し、を繰り返しながら、谷垣はいつのまにやらぼんやりと思案に耽っていた。
 そんな賽の河原もどきを繰り返してどれほど経ったのか、突然リコリスが刺激臭とともに現れた。
「お待たせいたしました谷垣様!」
「っぎゃあ!」
「ぎゃあとはなんですか、失礼ですね!」
 集中していたせいでいつもよりも大袈裟な反応を示す谷垣に不満を漏らすリコリスの手には、刺激臭の元と思われる真っ赤な何かが皿の上に鎮座していた。
「な、なんだこれ……すげえヤバそうな匂いしてるけど……」
「聞いて驚かないでくださいよ、こちらは辛いも辛い、地獄にてさらなる品種改良を加えられた唐辛子を使用した……その名も、地獄名物“死の麻婆丼”となります!」
 ふふん、と得意げなリコリスとは裏腹に、疑念に満ちた顔で皿に顔を近付ける谷垣。差し出されたそれは、グツグツと煮えたぎる地獄の釜が如く。それを見た谷垣の表情は、一気に青ざめた。
「……ど、どうしてこうなった? あんた料理も……」
「……料理“も”? 料理も……なんでしょう?」
「……イエ、ナンデモゴザイマセン」
 言わぬが仏、という言葉もある。地獄に仏とはこれ如何に、という話だが、触らぬリコリスに祟りなしだ。とはいえ、この真っ赤な物体を食べなければいけないのか? と考えると、谷垣は憂鬱になった。これ一つで地獄の罰に値するのではないか? 谷垣は訝しんだ。
「……大変失礼な質問で悪いんだが」
「なんでしょう?」
「これ、他の人に振る舞ったことあんの?」
「ありますよ? 後輩の子が「私の手料理を食べてみたい」と言うので振る舞いましたが、嬉しそうに完食してくださいました!」
「嘘だろ!?」
 この鼻から吸い込むだけで痛みが走るような麻婆丼を、嬉しそうに完食。その後の腹の調子は果たしてどうだったのか、声は出たのか。疑問は尽きないし、そもそも谷垣にとって「完食した者がいる」というその事実は受け入れがたいものだった。
 そんなはずはない、と言わんばかりの反応を示す谷垣に対し、リコリスは憤慨する。
「ど、どういう意味でしょうか!? 後輩のアイリスにとっては好物とまで言ってくれたんですよ! 頬から唇まで真っ赤にして喜んでくれていたんですから!」
「それ辛すぎたんだよ! よく生きてたなその子!」
 とはいえ、その後輩とやらが完食にまで漕ぎ着けられたのだ。それならば、もしかしたら俺も食べられないものではないのかもしれない。そんな好奇心が、谷垣の理性と心を揺らした。
「……」
「食べないのですか? であれば、もったいないですし私が……」
「い、いや! 俺が食べる」
 好奇心と理性の間で揺れる谷垣は、いかにも熱そう、辛そうな見た目のそれを前にゴクリと喉を鳴らした。
 こんな見た目なのに、後輩の好物になりうるような味であるというのなら、それはもう気になるなんてものじゃない。最終的に好奇心に負けた谷垣は、そっと盆に添えられたスプーンに手を伸ばし、谷垣は意を決してその煮えたぎる“死の麻婆丼”を一口分すくい上げる。
「い、いただき……ます」
「謎の間がありましたが……どうぞ、お召し上がりください」
 まずは一口、とぱくり。口に含んだ途端に激しく咳き込む谷垣。喉に直撃してくる唐辛子の辛さが尋常ではない。これまで元の世界で食べてきたどの食べ物よりも、辛いを超えて苦いを超えて痛い。
「アガッ……! ゴホッゲホッ……! み、水は……!?」
「こちらに!」
「ゲェホッ……ど、どう、も!」
  まさかこれにも何か仕込まれていないだろうな、と疑心暗鬼になりながらも、一度口に入れてしまったからには……と水で流し込む谷垣。が、その判断が良くなかった。
「……ッ!? なんっ……! ゲホッ、の、喉の奥で……エホッ、かはっ……しゃくっ、灼熱感……が!」
「私が趣味の一環で品種改良を施した“辛殺しくん”……辛さを水で薄めようとすると、炎のような灼熱感に苛まれることで有名です」
「ゆ、有名なの地獄でだけだろうが!! ゲッホ、ゴホッ……ていうか品種改良したのもあんたなんかい!!」
「ええ、我ながら傑作かと!」
「これだから地獄は!!」
 喉に居座る感じたことのない灼熱感に苛まれながら、咳き込みすぎた谷垣はやがて酸欠で意識が薄れはじめた。最後に目一杯の地獄への不満を吠え、意識を失った。
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