成仏DEATH。

相良月城

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エピローグ それからの話

先の人生

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 時は遡り、谷垣が贖罪の世界で一人考えを巡らせていた、期日前日のこと。
 赦されたことで自分の生に意味を見出し、罪人から罪人を裁く側である案内人となった、というリコリス。先の人生を貰った、と穏やかに消えた智世子。自分を殺したことで苦しむことは望んでいない、と語った伊野田。二人の人間に赦された谷垣は、自分自身はどうしたいのか、とすっかり思考に耽っていた。
(裁く者、裁きを決める側……罪を裁定するのも、その先を見届けるのも、案内人だ。そしてそれを滞りなく遂行するのなら、リコリスの言うようにある程度の“殺意”と“悪意”を知っている人間じゃなきゃならない……)
 もしも自分がその側に立てるのなら。殺意も、悪意も、害意も、すべてを知っている自分は役に立てるのだろうか。案内人という立場であれば、もう自分に嘘をつくような真似をしなくてもいいのだろうか。
 考えれば考えるほど、谷垣は己の中で志が固まっていくのを感じていた。
「……なあ、リコリス」
「なんでしょう?」
「あんたは、案内人になるという選択に……その、後悔とかは、ないのか?」
「……ありませんよ。元より、拾った命ですから。……文字通りに」
 後悔なんてしていない、と涼やかな顔で言ってのけたリコリスに、谷垣は意を決したように拳を握りしめた。
「……俺も、望めばなれんのかな」
「それは……案内人に、ですか?」
「ああ」
 やはり見透かされていたか、と谷垣は苦笑した。二度にも渡って赦されて、“先の人生”を与えられた自分が行くべき場所は……必要とされている場所は、もしかしたら天国なんてものじゃなくて、この地獄なのかもしれない。
 そもそも、無事に成仏して新しい生を、なんて望んでいたわけでもない。別に、今の自分のままどうこうなれるわけでもないのだから。いい機会かもしれない、と谷垣は思った。
「いいんじゃないですか。それで後悔しない、というのなら。……ですが、まあ……」
「……ん?」
「なれるかどうかは、閻魔様次第ですけどね」
「はぁ!? それを先に言えよ! 閻魔のオヤジ次第って……」
「まぁまぁ、地獄も人手不足が深刻ですし、検討はしていただけると思いますよ?」
「大丈夫かよ……なんか不安になってきたな……」
 そういえば、閻魔とはほとんど会っていないな、と思い返す谷垣。たしかこの“贖罪の世界”で目覚める前に、裁定を下すのは地獄だなんだと言われ、最初は夢かと思っていたので「ここが地獄だったらなんなんだよ、舌でも引っこ抜かれるのか?」とジョークを飛ばして呆れさせた記憶がぼんやりながらある程度だった。
「……どうしてもなりたい、という気持ちがあるのですか?」
「いや……どうしてもなりたい、というよりは、俺が貰った“先の人生”を活用するならこれしかないって、そう思ったんだ」
 本当の……剥き出しの“自分”を活かすのなら、単に成仏を選んで転生を待つよりも、ここで罪人にしかわからない胸中を知ったまま地獄の案内人を務めたほうが、きっと有意義だ。そう考えただけに過ぎない、と谷垣は言う。
「なるほど……で、あれば明日、直談判いたしますか?」
「ていうか、それしかないんだろ? いいさ、閻魔のオヤジに頷かせてやる」
「おやおや、血気盛んなことで……ですが、間違っても閻魔様と喧嘩沙汰など辞めてくださいね? 仕事の流れに支障が出ますので」
「閻魔の心配はしないんかい……」
「一言言いますと、割と頑丈にできておりますよ、閻魔様は」
「おい待て何をしたんだ過去に!? 閻魔ってあんたの上司だろ!?」
 相も変わらずああだこうだと騒がしいまま、期日までの時は過ぎていく。谷垣の決心は果たして閻魔に受け入れてもらえるのか……それはまだわからない。
 だが、地獄に見出した己の居場所を、谷垣はなんとしてでも手に入れる腹積もりだ。すべては、明日の話し合いで決まる。

「……今、なんと?」
「だから、ここで働かせてほしいって言ったんだ」
 期日。相対した閻魔は怪訝な顔をしていた。およそそんなことを言い出すような態度の罪人ではなかったはずの谷垣が、まさかそんなことを言い出すとは。そうとでも言いたげな眼差しだった。
「……で? 働いて良いのか悪いのかどっちなんだよ。はっきりしてくれ」
「いや、それはまぁ……人手も足りていないし有り難い……が……なぜ急に?」
「……別に、俺自身が向いてると思ったから」
「まあ! ろくに敬語も使えないのに、ですか?」
「あんたら以外にはちゃんと使えるわ! わざとやってんだよわかれよ!」

 かくして、閻魔大王の元で地獄の案内人として働くこととなった谷垣敏樹。一人前になるその道程はなかなかに険しく、覚えることも多かった。
「……何だ、この扉……熱気がすごいんだが……」
「ああ、この扉の先は“獄炎の間”と言います」
 案内人という立場として地獄に来て、谷垣が初めて関心したのは、罪の裁き方も様々であり、それに応じた部屋も色々である、ということ。谷垣の場合は撲殺や刺殺、直接的な暴力といった殺害の仕方ばかりであったが、人を殺す方法は何もそれだけではない。その罪に応じた、裁きの場があるのだ。
「うわっ!? なんだここ、どこもかしこも炎だらけじゃねぇか」
「人を殺した殺さないに関わらず、“殺意を持って放火した”とされる罪人はこの“獄炎の間”にて裁かれます。罪に応じた炎の勢いにもよりますが、焼ける匂いはかなり不快ですので、罪人をお通しする際はマスクを忘れないよう気をつけてください」
「こんなとこもあったんだな……」
「地獄でも罪は大小様々ですからね。放火が大罪、というのはこの地獄でも現世でも変わりません」
 谷垣が轟々と吹き出す炎に気圧されていると、さあ次です次! とリコリスに腕を引かれる。次に通されたのは、薄暗く、水で満たされた、底の見えないプールのような部屋だった。
「ここは?」
「ここが“溺死の間”……他者を溺死させて殺害した者が通される場所であり、一度沈むと上がって来られない底なしの地獄の海です。“殺し返し”では、ここへ直接殺された当人が罪人を突き落とす形になりますね」
「……あんたもここに?」
「……ええ、もちろん」
 彼に様々な地獄のルールを教える役割はリコリスであった。所謂、教育係とでも言おうか。谷垣本人としては少々不服ではあったが、先輩であるという事実は変わらない。どこかそわそわした様子だが、大人しく彼女の教授を受けていた。
「……ふう。今日はここで一旦休憩にしましょうか。名前には慣れましたか、“コウホネ”さん?」
「全然だよ。俺まで別な名前を与えられるなんてな……」
「“名”は大切なものですからね。ここ地獄で案内人として働くというのであれば、通称をつけられます。私やアイリスのように。……基本的には植物の名ですが、お気に召しませんでした?」
「逆逆。コウホネなんて植物があるなんて付けられるまで知らなかったっつーの」
 未だ慣れることのない“コウホネ”という名前に、谷垣は顔を顰めた。地獄の案内人として一人前に仕事をこなせるようになるのは、まだまだ先かもしれない。そう思いながら、谷垣は天を仰ぎ見た。そこには、相変わらず見慣れない色の空が広がっていた。
「……おや、どうしました? 空なんか見て……」
「んー……俺は貰った“先の人生”に足る生き方をできてるのかな、って少し考えてた」
「そんなアンニュイな考えをするだなんて、貴方らしくもありませんね」
「俺のことなんだと思ってんだよ……相変わらず失礼だよなあんた」
 殺意も、悪意も、害意も、被害者の悲しみも、憤りも、そして赦しも。すべてを見てきたこの経験で、自分にできることは何なのか。散々考えた末の結論が今この状況だったが、本当にこれでよかったのか。そう揺れる自分がいるのもまた事実だった。
「……大丈夫ですよ、貴方なら」
「……」
 珍しく慈しむような優しい微笑みを見せたリコリスに、谷垣が呆気にとられていると、よし、と勢い良く立ち上がった彼女に驚かされる。
「さあ! 午後も気張って悪人どもを反省させてやろうじゃないですか!」
「……ははっ、俺達二人も通った道だけどな」
「だからこそ、です! さあ行きますよコウホネさん!」
「へいへい、リコリス……先輩」
「なんですかその間は」
「……まだちょっと抵抗がある」
「出会った頃からですが、本当に失礼な方ですね……他人のこと言えませんよ貴方」
 呆れ返りつつも生意気な後輩を連れ立って仕事を教えるリコリス。
 谷垣は“コウホネ”という新たな名を得て、地獄での案内人見習いとしての道を行くのであった。
 それが正解であるのか不正解であるのかは、誰にもわからない。この地獄での一時もまた、人生の延長であるのだから。
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