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善人なんていやしない
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結晶化する愛について。
その病の因子を持つ人間が、第三者から受けた愛情に応えた時、罹患者の愛は相手の体内で結晶化する。
それは愛を注げば注ぐほど範囲を広げ、臓器を蝕み、やがて愛した宿主を死に至らしめる。
遺体は焼かれて、痕には結晶だけが遺る。まるで汚れたガラス片が波に磨かれて、いつか浜辺の宝石に生まれ変わるように。悍ましい美しさだけが存在し続ける。
どこかの無思慮なバカ曰く、その名を「愛結晶」と言った。
*
朝の教室は気だるげにざわめいていた。
板張りの埃っぽい床に椅子を鳴かせて、低く尖った声が嘲るように笑う。
「道化だな」
僕は声の主に「まったくだ」と頷く。
「きっとソイツの脳内は、美しい花畑や牧場で出来てるに違いない」
「ご丁寧な自己紹介だな」
「僕のこと言ってる?」
「それ以外あるかよ。歩く愛結晶」
鋭い眼光が僕を睨む。後ろ向きに席にまたがった男が、装飾のないライターを弄んで言った。
「殺すために女とつるむんだろ。タチ悪いな」
全くもってその通りだ。僕の愛情は人を殺す。殺すために誰かを愛する。
でも、と言って僕は若を睨んだ。
「違うね、僕は世界がもっと優しくなってほしくてやってるんだ」
「狂ってんな。ピエロ野郎が」
若月礼二。僕が「若」と呼ぶ中学からの同級生は、ケンカになれば絶対に負けないし容赦もしない。それでも決して自分のためには拳を振るわないのだから、地元では評判の不良だった。
「まあ、ビビりはすっこんでろよ。男シバくのは俺の十八番だ」
「女子からは逃げてるけどね」
「ドツかれてぇか」
けれど、とも僕は思う。
遅刻を繰り返しては早退し、授業中に廊下に出てはバク転を披露する。その癖たった一人の女の子に想いを伝えられないでいるのだから、女々しいことこの上ない。彼も結局は年相応に青いのだ。
「大体、若のはただ芽衣花にフラれるのが怖いだけでしょ」
「黙れ。今アイツの名前出すのは違ぇだろ」
湿度のこもった声が叩きつけられる。僕は肩をすくめた。
月曜の学校は憂鬱だ。黒板隅の落書きに、もう使われなくなった班別の掃除当番表。何となく眺めた教室から、机に置かれたライターに目を移す。
「てかお前いつも凹んでんだろ。自分で自分の女殺しといてよ」
「もちろん、僕は人間だからな」
鼻で嗤う。他でもない自分自身への嘲笑だった。
意図的に考えないようにして、僕は指先でライターを弾く。
チャイムに重なる、鉄琴のように澄んだ音。蛍光灯の薄い灯りが、ライターの上で跳ね回った。木目を滑るライターを受け止めて、若が僕を睨む。
「高ぇんだぞ、これ」
「だったら学校に持ってくるな。ここは禁煙だよ」
ほら、そろそろホームルームだ。
あしらうように手を振るう。物言いたげな顔が黒板を向いたタイミングで、担任のヨシザワが教室に入ってきた。
「はいじゃー始めましょかー」
「きりーつ」
明るい教師の声に生徒達の間抜けな号令が続いて、今日も気だるい一日がやってくる。
その病の因子を持つ人間が、第三者から受けた愛情に応えた時、罹患者の愛は相手の体内で結晶化する。
それは愛を注げば注ぐほど範囲を広げ、臓器を蝕み、やがて愛した宿主を死に至らしめる。
遺体は焼かれて、痕には結晶だけが遺る。まるで汚れたガラス片が波に磨かれて、いつか浜辺の宝石に生まれ変わるように。悍ましい美しさだけが存在し続ける。
どこかの無思慮なバカ曰く、その名を「愛結晶」と言った。
*
朝の教室は気だるげにざわめいていた。
板張りの埃っぽい床に椅子を鳴かせて、低く尖った声が嘲るように笑う。
「道化だな」
僕は声の主に「まったくだ」と頷く。
「きっとソイツの脳内は、美しい花畑や牧場で出来てるに違いない」
「ご丁寧な自己紹介だな」
「僕のこと言ってる?」
「それ以外あるかよ。歩く愛結晶」
鋭い眼光が僕を睨む。後ろ向きに席にまたがった男が、装飾のないライターを弄んで言った。
「殺すために女とつるむんだろ。タチ悪いな」
全くもってその通りだ。僕の愛情は人を殺す。殺すために誰かを愛する。
でも、と言って僕は若を睨んだ。
「違うね、僕は世界がもっと優しくなってほしくてやってるんだ」
「狂ってんな。ピエロ野郎が」
若月礼二。僕が「若」と呼ぶ中学からの同級生は、ケンカになれば絶対に負けないし容赦もしない。それでも決して自分のためには拳を振るわないのだから、地元では評判の不良だった。
「まあ、ビビりはすっこんでろよ。男シバくのは俺の十八番だ」
「女子からは逃げてるけどね」
「ドツかれてぇか」
けれど、とも僕は思う。
遅刻を繰り返しては早退し、授業中に廊下に出てはバク転を披露する。その癖たった一人の女の子に想いを伝えられないでいるのだから、女々しいことこの上ない。彼も結局は年相応に青いのだ。
「大体、若のはただ芽衣花にフラれるのが怖いだけでしょ」
「黙れ。今アイツの名前出すのは違ぇだろ」
湿度のこもった声が叩きつけられる。僕は肩をすくめた。
月曜の学校は憂鬱だ。黒板隅の落書きに、もう使われなくなった班別の掃除当番表。何となく眺めた教室から、机に置かれたライターに目を移す。
「てかお前いつも凹んでんだろ。自分で自分の女殺しといてよ」
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鼻で嗤う。他でもない自分自身への嘲笑だった。
意図的に考えないようにして、僕は指先でライターを弾く。
チャイムに重なる、鉄琴のように澄んだ音。蛍光灯の薄い灯りが、ライターの上で跳ね回った。木目を滑るライターを受け止めて、若が僕を睨む。
「高ぇんだぞ、これ」
「だったら学校に持ってくるな。ここは禁煙だよ」
ほら、そろそろホームルームだ。
あしらうように手を振るう。物言いたげな顔が黒板を向いたタイミングで、担任のヨシザワが教室に入ってきた。
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