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君の手を握る時に想うこと
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珍しい来客があったのは、その夜のことだ。
廃れたバス停に横たわっていた僕に、足音が近付いてくる。
こんな夜に何もない山道を歩いてくるなんて、どのみちただの人間じゃない。
壁に隠れて動向を伺う僕に、足音は言った。
「親もいねぇやつが家出か」
僕はその声を聞いて、すぐに言い返す。
「何しに来たんだ、若」
僕は脱力して、ベンチに腰を下ろす。
ところどころがひび割れた木製のベンチは、僕の脱力で小さな悲鳴を上げた。
「何しにもクソもあるかよ。友達に会いに来るのに理由がいんのか」
「こんな何もない山に友達が?」
見知った声が顔をのぞかせる。
「いるだろ、目の前に」
にっと不敵に歪めた笑みは、喧嘩を終えた時の若そのもので。変わらないその表情に、僕は言葉には表しづらいため息をこぼす。
どうやら僕も、少し疲れているらしかった。
「ああ、ろくでなしの友達だったね」
僕は熱に浮かされた瞳をきつく閉じて、朽ちた木に頭を預ける。
「やっと思い出したか」
若は珍しく嬉しそうに笑って、僕の隣に腰を下ろした。
片想いを終わらせた彼の表情からは、険しさが抜け落ちている。
「芽衣花は、元気?」
「お前よか、よっぽどな」
「若は? 最近何してた?」
「悪趣味なサーカス団から逃げ出した、どっかのピエロ探してたんだよ」
「ああ、そんな呼ばれ方もしてたんだったね」
懐かしい。
ふっと僕が笑うと、それまで安心したように笑っていた若の表情が陰る。
「なあ、お前何してんだ」
「喧嘩をしてるんだよ」
「ポリ公相手にか」
「いや」
否定から先の言葉は、息をしていなかった。
一つだけ平静を装うような咳払いをして、僕は訊ねる。
「あの子は、どうなってる?」
「氷雨か」
凪いだ心臓の鼓動が、一瞬だけ熱を帯びる。
それは唯一の心残りだった。僕は言葉もなくうなずく。
「お前と同じ、どこ探してもいやしねぇよ。新学期にもなりゃ、お前と駆け落ちしたって美談が出来上がるだろうな」
嘲笑うようで、けれどつまらなそうに若が鼻を鳴らす。
僕は自分がいなくなってからの夏が明けた日々を想像してみる。
上手く事態が進んで、氷雨が教室に復帰した時、噂好きのクラスメートから聞かれるのだろう。『二年の先輩とはどうなったの?』と。
けれどそこで氷雨が何と答えるのかは、致命的なまでに想像できなかった。
思い浮かぶどの言葉も彼女のものとは思えなくて、結局何もかも僕が望むように妄想しているだけに過ぎない。
それが僕の致命傷だったのだろう。
強がるように笑っておきながら、僕は座っているのさえ苦痛に感じるほどの悲しみに押し潰された。
廃れたバス停に横たわっていた僕に、足音が近付いてくる。
こんな夜に何もない山道を歩いてくるなんて、どのみちただの人間じゃない。
壁に隠れて動向を伺う僕に、足音は言った。
「親もいねぇやつが家出か」
僕はその声を聞いて、すぐに言い返す。
「何しに来たんだ、若」
僕は脱力して、ベンチに腰を下ろす。
ところどころがひび割れた木製のベンチは、僕の脱力で小さな悲鳴を上げた。
「何しにもクソもあるかよ。友達に会いに来るのに理由がいんのか」
「こんな何もない山に友達が?」
見知った声が顔をのぞかせる。
「いるだろ、目の前に」
にっと不敵に歪めた笑みは、喧嘩を終えた時の若そのもので。変わらないその表情に、僕は言葉には表しづらいため息をこぼす。
どうやら僕も、少し疲れているらしかった。
「ああ、ろくでなしの友達だったね」
僕は熱に浮かされた瞳をきつく閉じて、朽ちた木に頭を預ける。
「やっと思い出したか」
若は珍しく嬉しそうに笑って、僕の隣に腰を下ろした。
片想いを終わらせた彼の表情からは、険しさが抜け落ちている。
「芽衣花は、元気?」
「お前よか、よっぽどな」
「若は? 最近何してた?」
「悪趣味なサーカス団から逃げ出した、どっかのピエロ探してたんだよ」
「ああ、そんな呼ばれ方もしてたんだったね」
懐かしい。
ふっと僕が笑うと、それまで安心したように笑っていた若の表情が陰る。
「なあ、お前何してんだ」
「喧嘩をしてるんだよ」
「ポリ公相手にか」
「いや」
否定から先の言葉は、息をしていなかった。
一つだけ平静を装うような咳払いをして、僕は訊ねる。
「あの子は、どうなってる?」
「氷雨か」
凪いだ心臓の鼓動が、一瞬だけ熱を帯びる。
それは唯一の心残りだった。僕は言葉もなくうなずく。
「お前と同じ、どこ探してもいやしねぇよ。新学期にもなりゃ、お前と駆け落ちしたって美談が出来上がるだろうな」
嘲笑うようで、けれどつまらなそうに若が鼻を鳴らす。
僕は自分がいなくなってからの夏が明けた日々を想像してみる。
上手く事態が進んで、氷雨が教室に復帰した時、噂好きのクラスメートから聞かれるのだろう。『二年の先輩とはどうなったの?』と。
けれどそこで氷雨が何と答えるのかは、致命的なまでに想像できなかった。
思い浮かぶどの言葉も彼女のものとは思えなくて、結局何もかも僕が望むように妄想しているだけに過ぎない。
それが僕の致命傷だったのだろう。
強がるように笑っておきながら、僕は座っているのさえ苦痛に感じるほどの悲しみに押し潰された。
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