牡丹への恋路

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⑰最終話

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 目が覚めると見慣れた天井。

 干したての布団の香りが私を包む。



「――私」

「目が覚めたか…」



 声の主を振り返る。

 生成りのシャツを羽織り、椅子に腰かける龍と目が合う。

 断片的に思い出した自分の醜態に、顔に血が集まる。



「はは、その様子だと思い出しでもしたか?体は?大丈夫か?」



 頬にかかる髪を掬い、指先で頬を撫でる。

 優しい眼差しと目が合い距離が縮まり、下唇を甘噛みされ額にキスを落とす。



「――だい、じょうぶ、です」

「くっ、なんで敬語?」

「や、ちょっと、動揺、して」



 クツクツと笑いながら頭を撫でられる。



「あの後、移動して帰って来た。ここの方が安全だし、俺は後処理もあったからな」



 薬を盛られてからは記憶が断片的ではあるが、龍が助けてくれて、ずっとそばにいてくれていたことも覚えている。

 落ち着いてから移動したのだと龍は言う。私と龍の帰りに祖父も安堵したと。



「動けそうなら親父に会いに行くか?」

「うん、会いたい――話したいことも聞きたいこともあるし」

「…そうか、わかった。支度する」



 龍に手伝われながら母屋へと足を運ぶ。

 龍に手を引かれ祖父のいる部屋へと向かい声をかけた。



「親父、入りますよ」

「おじいちゃん――」



 振り返る祖父は目元を赤くし笑顔で出迎える。



「おう、藍、おかえり――龍も、よくやった」



 駆け寄り大きな腕の中に包まれる。



「ただいま、おじいちゃん――」



 雅人たちが雪崩込み生還を祝う、まだ泣き続ける祖父の背を宥めながら顛末を聞いた。



 今回の拉致・強姦事件は翔の独断ではあるが結局は組の吸収を目論んだ嶋田組の仕業だった。

 蓋を開けてみれば破落戸の寄せ集め、資金繰りも怪しく末端では薬にも手を出していた。

「俺の落ち度だ」と祖父は言ったが、全て解決したことだし私は特に気にしていない。

 それよりも龍があの場にいた工作員を一人で相手にしていたことの方が驚きである。

「また伝説ができました!」と喜んでいた雅人たちに笑顔を向けた。



「そこでな…」

「親父、俺から――」



 言葉を濁す祖父を止め龍が割って入る。

 首を傾げ見守ると、姿勢を正し私と祖父へと頭を下げた。



「今回の件、また今までの事も含め親父には申し訳ないと思っています。ただ、どうしても手放せないものが俺にはあります。どうか、許していただけないでしょうか」

「…龍――?」



 溜め息をつきながら呆れたように祖父が言う。



「まだ話は終わってないぞ馬鹿が。ったく。この事件の後、話題の丸山組深谷龍の安否は不明。孫娘の藍もだ。駆け落ちでもして野垂れ死んでるかもな――嶋田は落とし前を付けて組の解体と有り金全部を手切れ金としてうちに渡してきた。今は無理にしのぎをする必要もねぇほど金もある。――お前ら、どうしたい?一回死んでるんだ、これからどう生きるかは俺の口出すことじゃねぇな」



 龍の表情を見る限りその事実は知らされていなかったのだろう。

 互いに目を合わせる。

 戸惑う龍に微笑み私は答える。



「共に生きられるのなら、私はそれだけでいいよ」



 龍の目がこれまでにないくらいに開かれ、そして蕩けだす。



「親父。俺は――これからも藍と共に生きていきたい。ろくでなしの俺の、唯一の帰る場所です。どうか、許していただけますか?」



 祖父を見据え話す龍の横顔を見つめる視線を移すと祖父と目が合い、笑顔を向けられる。



「ったく、俺が口出すことじゃねぇって言ってんだろ分からず屋。俺は藍が笑っていられるなら、どこで生きてようが何していようがいいんだよ。ただ、泣かせたら許さないが」



 そう豪快に笑い、龍の肩を叩く。

 その光景に湧き上がるものを感じ、涙が頬を伝っていった。



 暗い道の先、苦しみながらも二人で耐え抜いたならばきっと――

 行きつく先が地獄だろうと幸せであると思う。



 ――――



「母さん、足元気を付けて。段差あるから」



 日差しが強く蝉の声が聞こえる。

 石畳の階段を上り、少し不器用な声が母親を気遣う。



「ありがとう、しかし暑いね」

「ん」



 手に持っていた花束を奪われ手が空になる。

 唖然としていると、その手を徐に引かれた。

 少し驚きながらも笑いを堪え、階段を上った。



 夏特有の蒸せるような空気と木々の香り、遠くに見える海の潮風が熱くなった頬を掠めた。



「今年も来たよ、おじいちゃん――」



 墓石に手を合わせ、線香に火を熾す。

 隣にある息子の熱と、お腹に宿る新しい命。

 線香の香りと共に下の方から騒がしい声がやって来た。



「お母さ―ん!!」



 合わせていた手を解き声のする方に足を向ける。

 背広姿の男たちの間を駆け抜ける少年を見つけた。



「走ったら危ないよ、気を付けて!」



 私の声に合わせるように、一人の男が少年を捕まえ、肩に乗せた。

 笑い合う二人にまた注意をし息をつく。



「遅い」



 隣で嘆く青年に苦笑いを送り彼らを待つ。



 上背のある男は幸せそうに肩に乗る少年と会話を楽しんでいる。

 少し目尻の皺を増やしたが、それがまた男の魅力となっている。



 何年も恋をする――

 何度でも恋をする――



「藍」



 そう呼ぶ声が幸せを運ぶ。



 彼らの奥に見える海面がキラキラと光りに反射し目を細め、涙を隠した。



 共に生きる幸せを噛みしめる。



「龍」





 ――終――









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